第530話 『ミストキャンプ その4』
霧が少し晴れてきた。霞がかってはいるし、相変わらずの曇り空だけど、泉がある程度どんな形をしているのかっていう位には、見える様になった。
「や、やった! きっと火が点いている! だって、メラメラと音がするわ! それに、こうして手を少し翳してみると暖かいんですもの。火の温もりを感じる」
興奮している。クロエは一回で、見事に薪に火を点けて焚火を熾した。
白樺の木の皮にマッチで火を点けると、それを手探りで薪の状態を確認して、一番効率のいい場所へ入れた。
更に私が「火を熾すには空気も必要なんだよ」とヒントを伝えると、クロエは何かに気づいた様子で、焚火の前で四つん這いになると顔を火に近づけてフーーっと息を何度も吹き付けて、見事に炎を燃え上がらせた。
ボワっという音と共に、焚火の炎はメラメラと踊り出す。クロエとルンは、焚火の前で驚いてひっくり返った。向こうでその様子を目にしたルキアとコナリーさんの笑い声がした。
カルビはクロエとルンの間に潜り込むと、二人の顔をペロペロっと舐めた。ルンが飛び跳ねる。
「凄い凄い! クロエ、凄い! ルンも点けたいんだけど!」
「それじゃ、次はルンに頼もうかな」
「でもルン、クロエみたいに上手く火を点けれないかもしれない……」
「そんなのクロエがいるんだから、クロエに教わればいいんじゃない? ね、クロエ?」
困惑するクロエ。でもルンが、クロエに縋るように近づくと、クロエはルンがいるだろう方へ向いてにこりと微笑んだ。
「ええ。じゃあ次にまた焚火を熾す時に、わたしが手伝うから、今度はルンちゃんが火を熾してくれますか?」
「はーーーい!! もちろん、任せて!! 今度はルンがやるから!! クロエは、ルンが困ったらしっかりとルンを助けてね!」
なんとも言えないルンの言葉に、私とクロエは笑った。
そしてコナリーさんの方も、ルキアと一緒に焚火を既に熾していていたので、朝食の準備をする事にした。
クロエとルンに薪を渡して焚火の番をさせると、私はルキアと一緒に朝食の準備を始める事にした。装備を確認し、食べられるものを探しに行こうとするとコナリーさんが声をかけてきた。
「おや、何処かへ行くのかい?」
「はい。これだけ緑がある場所なら色々と食材を確保できるかなって思って。朝御飯の為に、ルキア達とちょっと調達に出てきます」
「ふむ。それなら、これがあるぞ。まだ朝も早いし、これで朝御飯を調達してみてはどうかな?」
コナリーさんはそう言うと、長い棒を3本手渡してきた。これは、釣り竿!!
「ええー!! もしかして、魚を釣ってって事ですか!?」
「ん? 何か問題でもあるかな?」
「いえ、ないです! そのコナリーさんの背負っている荷物の中に長い棒みたいなのがあったので、なんだろうなって思ってましたけど。テントかタープ用のポールかなって想像していたら、まさか釣り竿だったなんて。今日、ここで釣りができるなんて夢のようです!」
「ほう、君は釣りが好きなのかね?」
「はい。大好きで、今一緒に冒険者をやっている仲間とも渓流で釣りをしたりもしました。あの時は、タユラスの森の渓流で釣りを楽しみました」
「ほう、そりゃいい。はい、こっちが釣り道具だ。受け取りなさい。……タユラスの森か。あそこは沢山渓流があって、いいフィッシングスポットがあるね。イユナ狙いかな」
「はい。沢山釣って焚火で炙って食べました。調味料は塩だけですけど、美味しいんですよね。イユナ」
「ふむ、君は本当に面白い子だね。まだあどけなさの残る女の子なのに、なかなかにシブい趣味を持っている。本当に渓流釣りを楽しんでいたようだし、キャンプも好きだっていうし珈琲にも興味がある」
「フフフ。まるで、コナリーさんの娘みたいですよね」
「っは! それはなんとも嬉しい事を言ってくれるな君は。まあ、でも年齢的に考えれば私の娘ではなく、孫って感じじゃないかな。それじゃ頑張って、皆の朝御飯を釣ってきてくれ。ハハハ、期待しているよ」
「はい! 任せて下さい。頑張ってきますね」
そう言って、ルキアとクロエにも釣り竿を手渡した。
「ルンは! ルンの分は!! ルンの分がないんだけど!!」
「はいはい、焦らない焦らない。ちゃんと、ここにあるでしょ。ルンは私と一緒に釣りをしよう。私と一緒に釣ってくれる?」
「うん、アテナがそう言うならルンはいいよ」
えらそうにルンが言うと、ルキアが「もう、ルンってば!」っと言って困った顔をした。
「ルキアとクロエは、それぞれ釣り竿を使って釣ってもいいけど、霧も出てるし安全の為、二人一緒に行動をする事。いい?」
「はい、解りました!」
「ア、アテナさん!」
「なに、クロエ?」
「グ、グーレスも連れていっていいですか?」
グーレス……ふとカルビの方を見ると、カルビが何処からか縄を口に咥えて私の所へやってきた。なるほど。
カルビは、本当によくできた子だね。カルビの行動に感動した私は、直ぐにその縄をカルビの首が絞まらないように輪にして引っかけると、縄のもう片方をクロエの腰に巻いた。これで何かあっても、カルビがなんとかしてくれる。
……って言っても、ルキアも一緒だから心配はないと思うけど……カルビとクロエが一つの縄で繋がって歩いている様子も、なんだか可愛いからまあいいか。
「それじゃあ、ルキアチーム! しっかりと魚を釣ってきてくださーーい! 十分に気を付けて、何かあったら直ぐに叫んで知らせる。いいわね!」
『はい!』
ワウッ!
可愛らしい3人を見送ると、私は釣り竿を持ってルンと一緒に魚が釣れそうなスポットを探すことにした。
釣りなんて久しぶりだから、もの凄く楽しみだね。




