第53話 『タユラスの森の集落 その2』
――――コボルトの集落。
セルディックが閉じ込められている檻は、コボルト達が何処かで手に入れてきたもので、鉄製の丈夫なものだった。試しに叩いたり引っ張ったりしてみたが、逃げ出すのは絶望的だった。
かれこれ2日経っていた。水も食べ物も与えられず、トイレも行かせておらえず檻の中で糞尿を慣れ流し、精神的にも体力的にも限界をこえていた。ボスコボルトと、その取り巻きらしいコボルトがたまにセルディックを覗きにきては、笑って立ち去っていった。
そして、時折聞こえる恐ろしい何か大きな獣のような雄叫び。この集落にはなにか恐ろしい化物がいる。万が一、逃げ出せたとしても、あの得体の知れない化物に喰われるのではと脳裏に過った。
檻に入れられ3日目の朝を迎えるセルディックは、自分自身の糞尿にまみれ、どうすれば楽に死ぬことができるかだけを考えていた。このまま生きながらえても、あの大きなコボルトは最後に想像を絶する方法で、自分を処刑する。自殺するのであれば、自殺する体力が残っているうちに行わなければならない。
セルディックの目から、涙がこぼれた。朦朧とする意識の中で、娘と妻の顔が浮かんだからだ。
「……死にたくない…………生きたい。生きてうちへ帰りたい…………うっ……」
――――コトッ
ふいに、何か音がした。セルディックはぼやける目を擦り、音の辺りを確認する。すると、そこには、水の入った器と果実や木の実が入った器が置いてあった。
セルディックは、器に飛びついて一心不乱に貪った。ほんの少し元気を取り戻した。
「いったい誰が……誰が持ってきてくれたんだ」
セルディックは、周りを見渡すと洞穴の入口にいる3匹のコボルトの姿に気が付いた。縄を切ってくれようとしたコボルト。セルディックは、その3匹のコボルトが立ち去るまで、ずっとそのコボルト達を見つめていた。
4日目。集落内で、凄い騒ぎがあった。セルディックは最初、何が起こったのか解らなかった。しかし、少しすると、自分の入れられている檻の横に人間の死体が運び込まれてきたので、何が起こったか理解した。
商人の一隊が、この森で魔物に襲われて殺された。死体は放置されていたので、それを誰かが発見し冒険者ギルドへ報告すると、ギルドはコボルトの仕業だという事まで調査し、コボルト討伐依頼を出したのだ。
それで、依頼を受注し派遣された冒険者がコボルトを討伐する為に、この集落を攻撃したのだ。しかし、冒険者達は予想外のコボルトの戦力に返り討ちにあった。
いくつも運ばれてくる冒険者達の亡骸。ボスコボルトの雄叫び。
5日目。コボル達3匹が、セルディックに水と食糧、薬草まで与えている事がボスコボルトにバレた。ボスコボルトの怒りは、凄まじくその3匹を殺す勢いだった。
コボル達は、セルディックを助け出そうと、檻まで行きナイフやハンマーなどで檻をどうにかしようとした。だが、鉄製の檻を破壊する事は叶わなかった。
「もういい。今まで、ありがとう。コボルトにも君たちみたいなものがいる事が解って良かった。このままじゃ、君たちも殺される! 逃げるんだ!!」
ガルオオオオオオ!!
ボスコボルトの雄叫びが近づいてくる。3匹のコボルト達は、それでも諦めずに檻を叩き、斬り、突く。
「やめろ!! 早く逃げろ!! 私はもう助からないだろう。君たちは、まだ逃げれば助かる! 早く逃げるん……だ」
そう言った時、セルディックと3匹のコボルト……コボル達の目前に、ボスコボルトが現れた。
ボスコボルトは、大きな斧を手に鬼の形相で、セルディック達の方へ近づいてくる。コボル達は、怯えてセルディックの檻に張り付く。
ボスコボルトは、非情にも斧を振り上げた。
ギャアアアアアアア!!!!
唐突の仲間達の悲鳴に、ボスコボルトが洞穴の外の方を振り向く。集落で何かが起きている事に気づいたボスコボルトは、再び冒険者が凝りもせずに襲撃してきたのだと思った。
裏切り者の3匹のコボルトと、商人の処刑は一旦中断。集落に戻ってみると、そこには黒いマントを羽織った冒険者が一人立っていた。
年齢は、60代。髪の毛も髭も白くなっているが、その身体は大きく服の上からでも、筋肉が盛り上がっているのがよくわかる体格だった。
眼光鋭く、両手には立派な剣が握られている。二刀流。周りには、両断されたコボルトが何十匹も転がっていた。
「ほう。ボスが出てきたか。これ位の巣なら、このレベルのやつがいても不思議ではないな。さて、魔物のボスよ。どうする? 逃げるか? 戦うか?」
ボスコボルトは、その冒険者から計り知れない程の、何か恐怖の塊のような気配を感じ取った。汗が噴き出す。
「どうするんだ? なあ? 逃げるか? 戦うか? だが逃げる場合、俺はお前を地の果てまで追撃するぞ。それ位の事をしたんだ。ちゃんと責任をとれよ」
恐怖がボスコボルトを包み込んだ。
気づくと、ボスコボルトは雄叫びをあげて、その冒険者に斧を振りおろしていた。
――――一閃。
冒険者の方が、遥かに早かった。ボスコボルトの斧を握っていた腕が宙に飛ぶ。鮮血。もう一方の腕。冒険者目掛けて、拳を放とうとしたが続けて二振りの剣が走る。ボスコボルトの残っている腕と共に、首も斬り飛ばされた。
冒険者はボスコボルトを始末すると、まだ襲い掛かってくるコボルトを始末しながら洞穴を目指した。途中、集落中を逃げ惑うコボルトが何十匹もいたが、冒険者は一切手を出さなかった。
セルディックが捕まっている檻の前まで行くと、冒険者は剣を鞘に納めた。構える。そしてそこから収めた剣の柄に手を添える。
「あなたは…………」
「おい。かがめ」
「え? は……はい!」
冒険者にそう言われたセルディックと、檻に張り付いていたコボル達もただならぬ何かを感じとって、慌ててその場に身を屈めた。
冒険者は重心を落とす。手は剣の柄。集中!!
――――っ斬る!!
「そりゃあっ!!」
――――剣を抜く。そして一閃。
鉄製の檻は、見事に横一文字に切断された。
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〚下記備考欄〛
〇黒いマントを羽織った冒険者 種別:ヒューム
白髪目立つ60~70位の老剣士。二刀流で、恐ろしい剣の使い手。セルディックを捕え、その仲間を殺したコボルト達を片っ端から殲滅。貫禄のある髭を貯え眼光は鋭く、鷹のような眼をしている。
〇コボル 種別:魔物
セルディックを助けたいと思った心優しき3匹のコボルトのうちの1匹。
〇木の実 種別:アイテム
商人セルディックに興味を示した3匹のコボルトが、捕らえられているセルディックの為に何か食べられるものを用意した木の実。タユラスの森の中で採取できる木の実で、魔物だけでなく獣や人間も食べる事ができる。
〇薬草 種別:アイテム
回復アイテム。商人セルディックの為に3匹のコボルトが探して来た薬草。タユラスの森の中には、数種類の薬草が自生しているが、3匹のコボルトそれらをよく知っている。怪我をすれば、自分達でも使用している。
〇居合 種別:剣術
黒いマントを羽織った冒険者がセルディックを助ける為に放った、相手を一刀のもとに高速で両断する剣術。凄まじい抜刀術だが、発動するのにタメをつくらなければならない。セルディックを捕えている鋼鉄製の檻をも簡単に両断してみせた技。……何処かで誰かが使っていたような気もするけど…………おうん?




