第522話 『お友達候補』
今、パッと思い付いた妙案だった。
「そう言えば、明日一緒にキャンプに行く約束だけど、もう一度確認しておかなきゃだよね。早朝からだからね。そう言えばクロエは、朝は苦手って言っていたよね。もし朝、起きられないんだったら、良ければ私達の泊まっている宿に一緒に泊まる?」
「え? そ、そんなのいいのでしょうか?」
私の唐突の発言に、クロエの母親は目を丸くして驚いている。
「クロエ、この人とそんな約束をしたの? 目の見えないあなたがキャンプだなんて……そんなの……」
怪訝な顔をする母親と違い、父親の方は私の言葉を聞いてニヤリと笑う。その笑みが何処と無く寒気を感じる。
「そうかそうか、キャンプか。健康的で、いいじゃねーか。行って来いよ、クロエ。行っちまえ、なあ」
「で、でもフランク。目の見えないこの子をキャンプなんてそんな……街の外に出るのでしょ? 魔物でもでたら……」
私はちょっとムっとした。だけど、抑えた。言っちゃなんだけど、クロエの両親はクロエがこんな雨の日に一人で出かけて、夜になっても帰ってこないのにろくに探しにも行かなかった。
しかも、母親の首には……三カ所ほど痣のようなものができている。私は、父親の唇を一瞬チラッと見る。
「キャンプには、あそこの喫茶店のマスター、ショーン・コナリーさんが同行します。それに私の仲間も一緒に行きますし、私こう見えてAランク冒険者なんですよ。大丈夫だと保証します」
「……Aランク冒険者」
「ほう、こんな細っこい身体でAランク冒険者とは、マジでたまげたな。それに雪のように白くて綺麗な肌に透き通るように青い髪だな、お嬢ちゃん」
父親が私の腕を触れようとした所で、母親がその手を叩くように振り払って止めた。クロエの父親に腕を掴まれる事は無かったけれど、なぜかまた一瞬寒気に似た何かを感じた。
「解りました! いいでしょう、クロエ! でもあなた本当に、この人達とキャンプに行く約束したの?」
母親の言葉に、戸惑うクロエ。私はカルビを抱き上げると、カルビの右前足を掴んでそれをクロエの胸にポンと当てた。
「きゃっ……グーレス?」
「エッヘッヘッヘ。クロエちゃん、ボクも一緒にキャンプがしたいワン……ウフフフ。グーレスもあなたと一緒にキャンプをしたがっているみたいよ。一緒に行こうよ。絶対に大丈夫だから」
「でも、私……キャンプなんて……目も見えないし……」
「目で見る事だけがキャンプの魅力じゃないんだよ。どう? クロエ、あなたからはっきり返事が聞きたいんだけど」
すると、クロエは恐る恐る手を前に突きだして、カルビの耳を触った。フニフニと触ると、カルビはそれに応えるようにペロっとクロエの手を舐めた。
「……うん、いいわ! 私、キャンプに行きます! これから、アテナさんの宿に泊まりますから」
「はい、それじゃ決定ね。キャンプなので明日一泊して、明後日にお嬢さんを家に送り届けますから。よろしくお願いしますね」
「明日も一泊⁉」
母親が再び怪訝な顔を見せたが、父親が母親を抱き寄せて宥める様に言った。
「いいじゃねえか、なあチェルシー。その間俺とお前で二人っきりだぜー。へっへっへ。しかもその間、このベッピンの姉ちゃん達がクロエの面倒見てくれんだろ? 至れり尽くせりじゃねえか。なあ」
「……そうね。フランクがそう言うのなら、そうよね。……それじゃあ、アテナさん。あなたに娘をお預けしてよろしいかしら?」
「ええ、もちろん! その間は、私が責任をもってクロエちゃんの安全を約束します。クロエも大丈夫だよね? カルビ……グーレスもいるし」
「は、はい」
クロエはカルビの頭を撫でると、とても嬉しそうな顔をした。私はクロエの両親に頭を下げると、クロエの手を引いて宿泊する予定の宿へと向かった。
私とクロエとカルビの後ろを歩いていたマリンが呟いた。
「明日は、ボクも一緒にキャンプについて行こうかなー」
「え!? ホントに! でも、マリンってキャンプに興味なんてあったっけ?」
「うん、実はぜんぜんあるよ。こう見えて、テトラやセシリアとも何度もキャンプをした事があるからね。ボク一人でだってやった事はある。それにこの街で購入した未読の本が何冊かあるからね。落ち着いてそれを読みたい。キャンプで、本を読んじゃ駄目なんてルールはないんだよね?」
マリンの言葉に私はケラケラと笑った。
「もちろんないよ。私もたまにキャンプで読書を楽しむし、それもキャンプを楽しむ要素の一つなんだよ」
「ふーん、そうなんだ。まあ言うまでもないかもしれないけれど、もちろんボクもその事を既に知っていたけどね」
あれ? なんとなく、ほんの少しだけどちょっとマリンの負け惜しみ的な事を言う所が、ファムと似ているかもって思った。少し、懐かしくなる。ミューリやファムに会いたいな。
クロエの小さな手を握り、宿に向かって雨の中を歩く。
「……アテナさん」
「ん、なーに?」
「本当にいいんですか、わたしがキャンプに行っても? わたし、目も見えないですし何もできないです」
「決めつけないで。そんな事はないでしょ? 目が見えなくたって感じる事はできるし、こうして手を握って歩く事もできる。現にクロエちゃんは、こんな雨の日に一人で家の外に出た。何もできない人は、何もできないよ」
「……ええ……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「フフフ、いいんじゃない。そのお陰でクロエちゃんはカルビと出会う事ができた訳だし、私はクロエちゃんみたいなとても可愛い女の子と出会う事ができた」
「……可愛い? わたしは、可愛いのですか?」
「え? 可愛いよ。透き通る様に綺麗な黒く長い髪に、綺麗な瞳。整った顔。クロエちゃん、同じ年ごろの男子に凄くモテルるんじゃない? 私がクロエちゃんと同世代の男の子なら、絶対にデートに誘うけどな」
「わ……わたし、そんな顔をしているんですか? でも、この街の同年代の子達はわたしからどんどん遠ざかっていって……今じゃ誰も、わたしのおうちに遊びに来てはくれないし」
確かに、目の見えないクロエをどう扱っていいのか解らないっていう恐れみたいなものもあるのだと思う。行動に制限もあるだろうし。
でも一番の理由は、言っちゃ悪いけどクロエの両親にあると思った。あの両親がいる家に来たがる子供は、なかなかいないかもしれない。
「私はクロエちゃん、とっても可愛い女の子だと思うけどな。カルビだけじゃなくて、良かったら私ともお友達になってください」
「そんな? いいんですか、こんなわたしで」
「それなら、ボクも立候補しようかな。ボクもクロエの友人になりたい」
ワウワウッ!
私に続いて、マリンとカルビもクロエの友人になりたいと伝えるとクロエは雨の降る中、満面の笑みを見せて「ええ。わたしの方こそ、是非お友達になってください」と返事をした。
気が付くと、もう私達の宿泊する宿の前にまで歩いてきていた。




