第520話 『この子はグーレス』
「向こうの方に、僅かに魔を感じるよ」
マリンは、そう言って指をさした。
マリンのクラスは【ウィザード】。黒魔法のスペシャリストで、水属性魔法を得意とするみたい。
でも本人の話によると、マリンは他の【ウィザード】と比べるとかなり特別なようで、黒魔法を使用する上でそれに伴った魔力が必要になるんだけれど、魔力以外に精霊力も使用して魔法を唱えているそうだ。
水というのは、もともと癒す力を持っていて、悪魔や邪悪なるものに対して効果も発揮する。逆に火は、その種類によってや低位魔法などであれば悪魔には一切通用しなかったりしたり、逆に糧とされる場合が多い。なぜなら、火をとくいとし、司る悪魔が多いからだ。
だからあの鰐の仮面を被った男が召喚したインプを、マリンが得意の水魔法で攻撃した時に、かなり効果があった。
しかも私の想像よりも、遥かに悪魔達にはダメージがあるように見えた。そのからくりについては、もう私の中では解決している。
マリンが使用していた魔法は、悪魔に有効的な癒しの力を含んだ水属性魔法である上に、更に魔法を発動させる為に使ったエネルギーは魔力だけでなく、精霊力を上乗せしていたからだろう。精霊力は神聖なる力と共に、悪魔やアンデッド等に絶大な効果がある。
マリンにその事についてもっと聞いてみたが、はぐらかされてしまった。
そうしようと思ってやっているのか、それとも無意識にそんな魔法の発動をしているのかは解らないけれど、魔力と精霊力を合わせて発動させるなんて一介の魔法使いにできる事ではないと思った。……やはり、そう考えるとマリンは天才魔法使いなのだろう。
魔力だけでなく精霊力も扱える彼女には、魔の力を感じる力がある。だからマリンは、このブレッドの街で僅かに感じる魔を感じ取り、その方を向かって指をさしたのだ。
マリンが指し示した方角、それはコナリーさん夫婦が営む喫茶店がある方角だった。
「マリンが僅かに感じる魔っていうのは、きっとあれだよね」
「そう、あれだよ。カルビだと思う」
「やっぱり! それなら、急いでそこへ行ってみよう!」
雨も結構降ってきていた。どちらにしても、カルビを見つけられたのなら急いでそこへ行って、宿へ連れ帰る。私とマリンは、そのマリンが魔を感じるという方へと駆けた。
雨が降り、薄暗いブレッドの街を急いでコナリーさん夫婦の喫茶店の方へ進むと、道の脇に何かが見えた。――カルビ。それに、一緒にそこに誰かがしゃがみこんでいる。女の子? びしょ濡れになっている。
「アテナ、誰か女の子がいるようだね。カルビと一緒だ」
「こんばんは。こんな時間にどうしたの?」
しゃがみこんでいる女の子に声をかけると、女の子はビクッとして驚いた。こちらの方を向いたがなんとなく視線があっていない。どうしたのだろうかと思う。
「えっと……私達は、怪しいものじゃないよ。私は冒険者のアテナ。そしてこっちの水色の魔法使いの子が、マリンっていうの」
「アテナ……さんに、マリンさん?」
「そう。私達は友達を探していたんだけど、あなたが一緒にいてくれたみたいだね。ありがとう」
「友達……もしかして、グーレスの事?」
グーレス?
マリンと共に、カルビの顔を見る。すると、カルビは目を細めていた。……うーーん、なんとなく察した。
「それで、あなたのお名前は?」
「わ……私は……」
警戒しているようだった。すると、マリンが言った。
「心配はいらない。ボクらは、ちゃんと冒険者ギルドで登録されているきちんとした正式な冒険者だよ。ここにいるアテナに関しては、エスカルテの街でも有名だし、ギルドマスターとも仲良くしている。だから、大丈夫だよ。このボクが保証しよう」
警戒されているのはマリンも一緒なのに、ボクが保証しようっていうのはちょっと……と思った。だけどマリンのその喜作な言葉で、少女は少し警戒を緩めたような表情を見せた。そして彼女がグーレスだと言っているカルビを抱きしめる。
「それで、どうしたのかな? こんなに雨が降っているし、家に早く帰ってお風呂に入って暖かくしないと風邪ひいちゃうよ。何があったか話してくれれば、力になれるかもしれない」
「は、はい。実は私……いつもはおうちで大人しくしているんですけど、今日はなぜだかおうちの外に出てみたくなって……それで、勇気を出して表に出てみたんです。そしたら、おうちに帰れなくなって……」
やっぱりそう言うことか。でも、それなら気になることがある。
「あなた、お名前は? 私とマリンは名乗ったから、あなたも名前を教えてくれると嬉しいな」
「……クロエ。クロエ・モレット……です」
「クロエちゃんね。それで、あなたのおうちは、何処かしら? 何処か近くの村かもしくはエスカルテの街にあるの?」
「いえ、このブレッドの街にあります」
え? 少女の言葉にマリンと顔を見合わせた。
この子は自分の住んでいる街で、自分の家が解らなくなっている。少女の手には、杖。そして視線が合ってない事から私とマリンは、このクロエという少女は目が見えないのだと察した。
「もしかして、クロエちゃんは目が……」
頷くクロエ。そして、ギュギュギュとカルビを強く抱きしめる。カルビはちょっと苦しそうな顔をしたけれど、少女にされるがままになって、我慢している様子だった。そんなカルビを見て、私はカルビの事が益々好きになった。うん、いい所あるじゃない。
「それじゃ、私達があなたのおうちまで送って行こうかな? ううん、是非送らせてくれない。随分とカルビがお世話になったみたいだし」
「カルビ?」
「その子供のウルフ、私達の仲間でカルビっていう名前なの」
「カルビ……ううん、違う! この子はグーレスですよ! 私の大切な友達、大好きなグーレスです!」
少女は豹変した。更にギュギュギュとカルビを抱きしめる。私達からカルビを取り上げられまいと、必死になって抱きしめているのだろうが、カルビはもう限界だった。このままじゃ、カルビから何かがはみ出てきそう。
「駄目だよ、クロエちゃん! そんなに抱きしめたら、カルビが潰れちゃう! ほら、息遣いを聞いて、苦しそうにしているでしょ? カルビはとても優しい子だから、我慢しているんだよ」
「そ、そうなの? グーレス」
すると、カルビは圧死しそうな感じになりながらも、クロエの顔をペロリと舐めた。
私は雨が降る中、もう一度クロエにちゃんに解ってもらう為にカルビの事を話し、クロエを送り届ける為に住んでいる家の特徴を聞いた。




