第516話 『鰐の仮面 その1』
私は、その男が被っている仮面のモチーフとなっている動物を知っていた。
子供の頃に、王都にサーカス団がやってきた。私はその事を知ると、お父様を説得してサーカスを見に行った。サーカスのショーでは、猛獣使いが登場して獅子や狼などを巧みに操っていた。その中にいた動物。
路地裏で無数のナイフを装備する男の付けている仮面、それは鰐の仮面だった。
「ミーーターーナーー」
「鰐!? 何者⁉」
帯刀する剣の柄に手をかけたと同時に、鰐の仮面を被った男は、問答無用で私目掛けてナイフを放ってきた。
ギィイン!! キィイン!!
左右それぞれに握っていた2本のナイフをツインブレイドで打ち払う。すると、男はもう私の目の前まで接近してきていた。手には、無数のナイフ。
「ちょっと、いきなり襲って来るなんて!! 絶対に、何か良からぬ事を考えていたって感じね!」
「ミラレターー、ナラーーー、コーーローースーー」
二刀のナイフ。こちらも二刀流で、応戦する。ナイフの方が短くて軽い分、有利。つまり接近戦は分が悪い……そう思ったけれど、意外と攻撃を弾き返す事ができた。しかも、隙だらけの腹。
「攻撃はなかなかだしトリッキーだけど、お腹がガラ空きよ! 隙ありーー!!」
素早く剣を返すと、峰内で男の脇腹に打ち込んだ――はずだったが、男は二本のナイフで起用に私の一撃を受け止めている。
どういうこと? 男の動きは武術などからは、程遠いと思える程に素人に思える。だけど反射神経や運動能力は、凄まじい。それだけで、私の攻撃を防いで攻撃を仕掛けてきているように思えた。
「コーーローースーー」
男は二刀のナイフで、連続で突き刺してきた。その攻撃ひとつひとつをよく見ると共に、必要な分だけ後ろへ引いて避ける。すると、いつの間にか路地から外の通りに飛び出していた。
男も私を仕留める為に、路地から通りの方へ飛び出してくると思った。だけど男は、私の方へ背を見せると全速力で路地の奥へと走り始めた。
しまった、裏をかかれた! 逃げられる!!
私は慌てて路地に引き返すと、男を追った。一応、何かあった時の為にと懐に忍ばせていた果物ナイフを取り出して、逃げる男の足を狙って投げた。
投げた果物ナイフが男の足に突き刺さる。そう思った所で、果物ナイフは何かによって弾かれた。まるで何かが仮面の男を守っているみたいに――
路地は、通りの方よりも暗闇が広がっていて、よく見えない。でも相手に背を向けて逃げながらも、後方から足に投げられたナイフを振り返りもせず弾く事ができるなんて……そんなのどうすればいいのか答えが解らない。
「待ちなさい!! ちょっと待ちなさい!! あなた、絶対に悪いことを考えているでしょ!! 逃がさないから!!」
男を追って路地の奥まで駆ける。男が曲がり角を曲がったので、私も同じように曲がった。すると、唐突に私の目の前に何かが勢いよく飛んできた。
咄嗟に避けると、後ろの壁に数本のナイフが突き刺さっていた。……あ、危ない。ナイフ使いという事はもう十分に解ったけど、これはかなりトリッキーな相手に違いない。
再び男を追わなければと思い、振り返ると目の前にナイフを振りかぶる男がいた。
「イケニエトナリテ、ワガチカラトナレーー」
「ええ!! 来ると思ったら逃げて、逃げると思ったら襲って来るって、何てやりにくいっ!!」
路地での戦闘では、思うように剣が振れない。こういった狭い場所での戦闘は、ナイフの方が圧倒的に有利だ。私は、男の攻撃を後ろに避ける。曲がり角を曲がった所だったので、背が壁に当たった。男の投げたナイフが無数に突き立っている壁。
「モウニゲラレナイーー。チト、ニクヲササゲロ」
「あら、私が逃げる必要なんてないでしょ! 私は追っている方なんだから!」
ツインブレイドを素早く鞘にしまうと、壁に突き刺さっているナイフを両手でそれぞれ抜いて、それで男の攻撃を受け止めると共に反撃した。
サッと突き出したナイフが男の仮面をかする。本当は、真っ二つに仮面を割って素顔を見てやろうと思ったけれど、やはり並じゃない反射神経をしている。致命打にもならなかった。
だが、男は急に豹変した。
「キサマーーーー!! カメンヲ、キズツケヨウトシタナ!! ユルサナイ、ユルサナイ!! オロカモノヲ、マッサツセネバ!!」
たちまち、男の身体から何やら黒い霧のようなものが立ち昇り始めた。ドス黒く、禍々しい霧のようなもの。
「シシテ、ワガイケニエトナレ!! 《スローイングダガー》!!」
男が思いきりナイフを振りかぶると、自分の眉間がピリリとした。――狙われている! 刹那、凄まじいスピードで私の眉間目掛けてナイフが飛んできた。
私は咄嗟に二本のナイフを重ねて、こちらへ目掛けて飛んでくるナイフをガードしようとした。私の持つナイフに、男が投げたナイフが接触すると、甲高い金属音が鳴り響く。男の投げたナイフは止まらずに、軌道を変えてその先の壁に深々と突き刺さった。
「な、なんて威力というか貫通力……【シーフ】とかが使うナイフ技ね。でも、どうにか防いで見せた。次はどうする?」
そう言うと、男は狭い路地の壁を素早く蹴って、建物の上の方へ器用に昇って行く。
う、嘘でしょ? もしかして【シーフ】じゃない!? 【アサシン】かそれとも、東方の国にいるという【アサシン】によく似た、【忍者】というクラスなのかもしれないと思った。でないと、単なる盗賊にこんな真似はできない。
っていうか、このままではこんな怪しい男を逃がしてしまう!! 逃がせば、何かとんでもなく悪い事をするかもしれない!! いや、たまたま目の合った私を殺そうとしているんだから、きっと悪い事をしでかすに決まっている。生贄とかとも言っていたし……
どうしよう。男が逃げた先、建物の上にどうにか昇る方法を見つけないと。そう思って周囲に何かないか探していると、男は路地の壁を蹴ってあっという間に建物の屋上まで上がり、そこから私の事を見下ろした。
「な、なに? なんだか嫌な予感がするんだけれど……」
「ギヒヒヒ……クシザシ、クシザシ……」
その言葉で、男が次に何をしようとしているのか察した。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ! そんなこと!!」
「ギヒヒヒ……ヤメナイ。アナダラケニナレ。《ナイフシャワー》!!」
男はそう言って、一度に何十本ものナイフを建物の屋上から、私のいる場所へ向けて放った。何十本ものナイフが頭上から降り注ぐ。
全方位型魔法防壁で、防げば問題ないと思った。だけど、それを使用するとこの路地の狭さから言って、魔法発動と同時に建物の壁を削る事になる。
「ええい! こうなったら、しょうがない!」
リバースグリップ――両手のナイフを逆手に握って構えると、降ってくる何十本ものナイフを睨みつけた。
しかし男は、逃げずに屋上からこちらの様子を見ていた。私が逃げずに降り注ぐナイフを打ち払おうとしている事に気づくと、男の被っている鰐の仮面が一瞬歪な感じに曲がったかのように見えた。
まるで、鰐の仮面そのものが笑っているかのように……
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〚下記備考欄〛
〇アサシン 種別:クラス
暗殺者。
〇全方位型魔法防壁 種別:防御系魔法
強力な防御系上位魔法。自分の周囲にドーム状(実は球体)の光の幕を張り、物理攻撃や炎や冷気などの攻撃も防ぐ。とても強固な防御魔法で、なんとアテナはこの魔法を瞬時に発動できる。アテナは、魔法は得意ではないらしいが、王宮にいた頃に教育係の爺にスパルタで教えられて扱えるようになった。




