第515話 『カルビは何処かな?』
そう言えば、コナリーさんの喫茶店を出た所でカルビは1匹で勝手に何処かへ行ってしまったのだった。だけど、そのうち戻って来るからって思っていた。
カルビはとても賢い子だから、放っておいても戻ってくると思うし、何か助けが必要な事があったとしても私達の所へ戻ってきて助けを求めると思っていた。
それにあの子は、勝手に街を出るような事はしないと思う。加えてこのブレッドの街は、クラインベルト王国内にある街の中でも、比較的治安がいい街で有名な場所なので大丈夫だと思っていた。
ウルフであるカルビの聴覚や嗅覚は鋭いし、ずば抜けている。街で迷っても、私達を探し出すはず。だから夜になれば、ひょっこりと戻ってくると思って特に気にもしていなかったけれど……
ルキアが言った。
「わ、私、今からカルビを探してきます!」
「駄目。いくら、治安のいい街だからと言っても全く犯罪が無いって訳でもないしね。もうすっかり夜になって辺りも暗いし、ルキアはクウやルンと部屋に行ってシャワーを浴びて先に休んでおいて」
「で、でも」
「いいの。コナリーさんと約束したでしょ? 明日の朝は早いし、約束を破るような事をしたくはないでしょ? だから先に休んでいて。ルキアの助けが必要になったとしたら、その時は遠慮なく頼むから……それならいいでしょ?」
「……はい。それなら、解りました」
しょんぼりしたように答えるルキア。すると、今度はミャオが言った。
「ニャーも手伝うニャ。シェリーにも頼めばいいニャよ」
「ううん、大丈夫大丈夫。きっとカルビの事だから、探せばきっとすぐに見つかると思う。さっきルキアに言った事なんだけど、もしも探せなかったら改めてお願いするわ」
「解ったニャ。それじゃ、気を付けて行ってくるニャ」
本当はルシエルの力を借りたかった。あの子なら、ハイエルフにこんな事を言うのはおかしいかもしれないけれど、動物的な感覚が凄そうだからサッと見つけてくれそう。だけど今ルシエルは、ノエルと一緒に部屋で気持ちよく酔い潰れているっていうし……
しょうがないか!
「それじゃ、行ってくるね。ミャオ達も私にかまわず、もう先に休んでいてね」
「ニャー。そうするニャー」
こう言っていても、ミャオはきっと私が帰るのを起きて待っているだろう。明日はミャオだって取引先との大事な商談がある訳だし、さっさとカルビを見つけて帰ってこないとね。
宿を出る。すると、ブレッドの街は更に人気が無く薄暗くなっていた。
空は相変わらずの曇り空。今にもまた雨が降ってきそうな天気と気配。街灯が所々になければ、きっと辺りは物凄く暗いだろうと思った。
ノクタームエルドに突入する前に、ロッキーズポイントで再会したモルト・クオーンから購入した腕時計、それを見る。――20時半。
「これ位の時間なら、王都やエスカルテの街だったらまだ賑やかな時間帯なのにな。でもまだ、皆起きている時間だからね。この間なら誰かにカルビの行方を聞けるかもだし、探して回らないと」
そう思い私は、薄暗く寂しい感じのする夜のブレッドの街を急ぎ気味で歩いて回った。周囲をきょろきょろと見回しながらカルビを探す。……本当に人気がない。
今空を見上げると、どんよりした曇り空――
昼間は、街のあちらこちらにある喫茶店や雑貨屋などの店の灯りに、何処からか漂って来る珈琲の香り。優雅で落ち着いた感じの街だと思っていた。
だけど、夜になると途端に店々は閉まり、人通りも極端になくなる。それにこの悪天候と、シックな感じの街並みが逆に一瞬不気味にも感じた。
街だけじゃない。森にも湖にも、朝と昼と夕方。それに夜で色々と顔も変わる。それは知っているけど、今晩は特にそう思った。
まず最初に向かった先――コナリーさん夫婦の営む喫茶店だった。店の前に着くと、扉をノックする。暫く返事を待ってはみたけど何も返ってこなかった。
お店から少し離れた位置まで移動し、建物全体を眺めてみたけど、店内からは灯りのようなものは何も見えなかった。きっとこの喫茶店は、住居と共になっていない。お店もクローズしているし、コナリーさん夫婦はもうお店を閉めて家の方へ帰ったのだと思った。
そして次は、珈琲専門店の方へ行きノックしてみる。だけど、喫茶店と同様で何も反応がなかった。
「うーーん、困った。こうなったら、次はこの周辺をちょっと探してみて回るしかないかな」
急に心細くなった。私は、普段はオバケとかそういうのは大丈夫な方だと思っていたんだけれど、今はなぜかルシエルが一緒に来てくれて探してくれていたらなあってちょっと思った。
ルシエルが傍にいてくれて、隣で騒いでふざけてくれて笑い声をあげてくれるだけでも、その周囲がパアッて明るくなる。
大通りの方をちらっと見てから、カルビがなんとなく潜んでいそうだなって直感で思う方へ向かって歩いてみる。
すると、たまたま通りかかった路地の先に人影が見えた。
探しているのは、子ウルフなんだけどなんとなく気になってもう一度その路地を覗いてみる。するとそこには、なんとも奇妙な仮面をつけた男が立っていた。
両手には、ナイフ。そしてマントを羽織っていたが、ちらりとその中が見えると、ベルトに更に何本ものナイフを突き刺し携帯しているのが解った。普通じゃない――
その物々しくも禍々しい男に目を奪われていると、仮面の男も私に気づいた。すると男は、両手に握るナイフを握りしめこちらに近づいてきた。




