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第513話 『クロエとグーレス その4』



 雨が降ってきた。小雨なので、また直ぐに止むかもしれない。


 しかし雨を感じた瞬間、クロエが何かにぶつかったり転んだりしないだろうと思われる範囲で、カルビはクロエの持つ縄を引っ張って目的地へと急いだ。


 カルビにとっては、別に雨などものともしない。ルシエル・アルディノアと出会う前、野生でいた頃は雨風に晒される事などざらだったからだ。しかし、クロエはそうではない。


 細い手足、痩せこけた身体。そして、住んでいる家を出るだけでもかなりの気構えと勇気のいるクロエは、これまであまり家を出たことがない。だから身体も弱く、雨に長時間打たれえるようなことがあれば、そこから病にかかる事もあるかもしれない。


 クロエ自身はもちろんそうなる事を知っている。だから今日、自分の家を一人で出ようと決めた所でそうなるかもしれない事は既に覚悟していた。


 だが、カルビは覚悟をしていない。自分は雨風に晒されることをそれ程、大変な事だと考えていないがこのブレッドの街でできた小さな友人、クロエを雨に打たせる覚悟はできていなかった。何としても雨が本降りになる前に、彼女を(うち)へ送り届けようと思っていた。


 暫くすると、雨が止んだ。しかし、相変わらずの曇り空。急ぐに越したことはない。そして、あの喫茶店が見えてきた。店の灯りがなんとなく薄暗い。カルビは縄をちょいちょいと引っ張ってクロエに合図する。



 ワウッ! ワウッ!


「どうしたの、グーレス? もしかして、コナリーさんの喫茶店まで戻ってきてくれたのかしら?」


 ワウッ!


「本当に? 凄い! 本当にお利巧さんなのね、グーレスは」



 クロエはそう言ってカルビを撫でた。すると、カルビはクロエの手をペロッと舐めると再び縄を引っ張って喫茶店へと彼女を誘導した。


 喫茶店の前までくる。カルビが到着した事を報せる為に、クロエの方を向いて吠えた。



「良かった。コナリーさんならお母さんと顔馴染みだから、きっと家まで連れていってくれる」


 ワウッ!


「それじゃ、ノックしてみるね」



 クロエは手を伸ばして、扉を触るとノックした。



「すいません。クロエです、クロエ・モレットです。コナリーさんは、いらっしゃいますか?」


 …………



 聞こえていないのかもしれない。クロエはもう一度、扉をノックする。それでも、返事がないので店に入ろうとした。しかし、扉には鍵がかかっていた。


 クロエは、気づいた。クロエには自分で時間を確かめる事ができないが、もう夜になっているのではないか。もう、店は閉店してしまっているのではないか。


 店の扉が閉まっているという事は、そういう事だ。



 ワウーッ


「残念だけど……コナリーさん、いないみたい。お店ももう閉店しちゃっている。わたしには解らないけれど、もう辺りは暗いのね。あはは、わたし自分で解らないから」


 クウーーン。


「大丈夫。だってグーレスがここまでわたしを連れてきてくれたんだもの。コナリーさんのお店からあたしのおうちまでは、直ぐなのよ。だから、もうここまでくれば帰れるわ。わたしのお家は、屋根にある風見鶏と煙突が目印なんだけど……グーレスは、風見鶏って解る?」


 ワウッ!


「そう! グーレスは、色々な事を知っているんだね。わたしね、わたしなんだかグーレスがいれば何も見えなくても、前を向いて生きていける気がする。どんな場所へも行ける気がある。グーレスは、わたしとこのままずっとわたしと一緒にいてくれる?」



 クロエの言葉をカルビは理解していた。だけど、返事はしなかった。ルシエル、ルキア、アテナ……カルビには、帰る場所があるから――



「あれー? もしかしてクロエちゃん?」



 その時、クロエの名を知る誰かの声がした。若くて張りのある女の人の事。



「だ、誰ですか?」


「ウフフフ、お姉さんは誰でしょう? 当ててみて」



 気さくに話しかけてくれる。そしてこの声……クロエは、それが誰なのか解った。そして、ホッとした安堵感が身体を巡る。



「も、もしかしてアンお姉さんですか? 珈琲専門店のアン・サーウェイさん?」



 言った瞬間、いきなり声をかけてきた黒髪ポニーテールの女性は、クロエに抱き着いた。びっくりするクロエ。



「正解!! よくわかったね、クロエちゃん。アンよ! こんな時間に一人で何をしているの? お母さんは? コナリーさんに何か用事があってきたの?」


「い、いえ……実は……」



 クロエは、コナリー夫婦が営む喫茶店から近くに店を構える珈琲専門店のオーナー、アン・サーウェイにこれまでの事を話し、カルビの事を紹介した。



「へえ、それは大冒険だったわね。しかも、可愛いワンちゃん……っていうか、このワンちゃん、犬じゃなくて魔物じゃない?」


「ま、魔物⁉」



 てっきり犬だと思い込んでいたクロエは、アンにカルビは犬ではなく魔物だと言われて、飛び上がるほどに驚いた。


 いつも母親には、街の外には狂暴な魔物が徘徊していて人を襲うので、絶対に外に出ては駄目だと言われていた。とうぜん、魔物の恐ろしさや凶暴さも、街の中でも多々耳にする。


 だから、クロエも魔物はひじょうに危険なものだと理解していた。



「グ、グーレスは魔物なんですか? で、でもグーレスを触ったり抱き着いたりしたけど、犬にしか……」


「私は、冒険者じゃないし珈琲専門店の店員だからね。魔物には詳しくないけど、クロエの友達の事は知っているよ。割とポピュラーな魔物だし。ウルフっていう狼の魔物だね、だからクロエは犬に思えたんだね」



 確かにそれなら……でも、クロエは納得がいかなかった。母親も他の街の人も皆口を揃えて魔物は、狂暴で危険で人を襲うって言っていたのだ。


 でも、カルビは違ったのだ。クロエに優しかった。



「でもグーレスは大人しいし、とても賢くて優しいよ。魔物だなんて……」


「うん、やっぱりこのグーレス君? グーレス君が身に着けているものだけど、魔装具だと思うよ」


「魔装具?」


「そう。人間に対して友好的な魔物がたまにいて、冒険者なんかが使い魔にするらしい。グーレス君はきっと、この街にいる誰かの使い魔だね。おそらくは、冒険者かな」


「そ、そうなんだ……」



 クロエは家に帰ったら母親を説得しようと思っていた。犬を飼ってもいい? っと……


 折角出会えた優しい友達なのに……クロエは、絶対にカルビの事を失くないと思った。……どんな事をしても……

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