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第511話 『クロエとグーレス その2』



 ブレッドの街の少女、クロエが倒れていたその道――その近くには、彼女のものと思われる杖が転がっていた。白い杖だ。


 カルビはそれを咥えると、クロエのもとに持って行き手渡した。手渡されたクロエは、杖を両手で触って確かめる。そして、はっとした顔をして言った。



「あっ、これ……わたしの杖だわ。もしかして、グーレスがこれを探して持ってきてくれたの? ありがとう! グーレスってとても優しいのね、わたし本当にあなたが大好き!!」


 ワウッ



 クロエは再びカルビに抱き着いて喜んだ。カルビにしてみれば、杖はクロエの物だとすぐに解ったので特になんて事ない事だった。


 杖は彼女の直ぐ近くに転がっていたもので、彼女が感謝をしたように、探してきてくれたというような大それた事ではなかった。しかしカルビは、クロエがそう言った事を否定するような態度は見せなかった。


 クロエは自分の杖をようやく手にすることができたので、それを使って立ち上がった。身体がブルブルと震えて覚束ない。それを見たカルビは、もしも彼女が倒れた場合にクッションの代わり位にはなれるだろうと隣に移動して見守った。



「よ、よし。何とか立ち上がれたわ。はあ……はあ……ごめんなさい、わたし生まれつき身体が丈夫じゃなくて。だからあまり他の子みたいに走ったり、作った木剣で勝負したりして冒険者や兵士の真似とかそういう遊びをした事がないの。おいかけっこすらないわ。だから運動も苦手で…………」



 俯くクロエ。暫し沈黙――――するとクロエは唐突に焦り始めた。



「グーレス? どこ? 近くにいるよね、グーレス?」


 ワウワウッ!!


「グーレスーー!! わたしから離れないで、お願いだから!! グーレスがいないとわたし……」



 またカルビに抱き着くクロエ。


 カルビは、考えていた。あの、ニガッタ村近くでルシエル・アルディノアと初めて出会った時の事。


 それまでは、他のウルフと一緒にいた時の事。あの時、群れとして一緒にいた他のウルフは仲間とは呼べなかった。


 まだ幼く身体の小さな自分は、他のウルフにいつも煙たがられ邪魔な存在だというような扱いを受けていたからだ。ついてくるなと仲間に、噛みつかれた事もあった。


 本来なら、誰しもに親がいる。そして、子供の面倒をみる。でもカルビの親は、いつもの間にかいなくなっていた。気が付くとカルビは、カルビ一人だったのだ。


 群れでは、役立たずとして嫌われてのけ者にされていた。だけど、生きていくためにはその群れにいるしかなかったのだ。そこにいれば、まだ自分で獲物を狩る事ができない自分であったとしても、他のウルフが獲物を仕留めて皆が食事をした後に、食べ残しを漁って生き伸びる事ができたからだ。


 その後、カルビは先に言ったようにニガッタ村の近くまで獲物を求めて群れについて行った。すると、おかしなハイエルフと出会った。名前はルシエル・アルディノア。彼女は、自分に弓矢を向けて追っ払おうとした。蹴られもした。


 だけど彼女は、カルビが同じウルフの群れでは決して与えてもらえなかった優しさをくれたのだ。魔物として生を受け、優しさを感じたのは初めての事だった。親の事は記憶に残っていない。


 あのルシエルがくれたサンドイッチの味は、今でも色褪せず忘れる事ができない極上の味。


 それからカルビは、人間に興味を持ち始めた。


 今もカルビは子供ではあるけれど、あの頃は更に幼かった。だから、優しさを求めていたのかもしれない。単純な優しさでいい。


 同じ種の魔物なのに、群れからは優しさなんて微塵ももらえなかった。感じなかった。だけどルシエルに出会った事で、人間となら優しさを分かち合えるのかもしれないとカルビは思ったのだ。だから、あの時カルビはルシエルを助ける事に決めたのだ。


 そして今、この街でクロエという少女の助けを求める声を聞き、なんとかしようと彼女のもとに駆けてきた。


 そう、カルビは今もそう思っている。自分がルシエルやアテナ、ルキアにいつも優しさをもらっているように、自分も誰かが助けを求めていたら全力で応えたい。


 だから、クロエの力になる。


 カルビは自分を抱きしめるクロエに対して吠えた。驚いてクロエはカルビから手を離す。その隙をついてカルビはすり抜けて、彼女のスカートを噛むとグイグイっと引っ張った。そろそろ行こうというカルビの意思表示だった。



「グーレス……行こうって言っているのね。ありがとう。そうね、いつまでもこんな所にいられないし、お家(おうち)へも帰らなきゃならないし。でも、どっちだっただろう。転んだ拍子に方向感覚が解らなくなっちゃった。わたしのお家、3階建てで煙突がある家なのよ。もともと引っ越してきて住んでいる場所だから、私はその煙突を見たことがないんだけれど、きっと素敵な煙突だと思う」



 煙突というものがどういう物かカルビは知っていた。アテナ達のパーティーの一員としてクラインベルトにガンロック、ノクタームエルドと旅してきたのだ。煙突ならドワーフの王国でも沢山目にしている。


 カルビはクロエの後ろに回ると、彼女のお尻の辺りを鼻で押した。



「あっ……そうね。ここで、こうしていてもお家には戻れないし、きっとお母さんも心配している。とりあえず、歩いて探してみようか。そう言えば、お母さんがわたしのお家の屋根には風見鶏がついているって言ってたわ。あと、近くにコナリーさんっていうとても優しい夫婦が経営している喫茶店があるんだけど……グーレスにこんな事を話しても流石にどうしようもないよね? あはは」



 コナリー夫婦。喫茶店――カルビは、あそこだと気づいた。



 ワウッワウッ!!



 カルビはクロエのお尻をまた鼻で押すと、そのあと彼女のスカートの裾を噛んで引っ張った。そして、もう一度吠える。



「も、もしかしてグーレス……コナリーさんの喫茶店を知っているのかしら?」


 ガッルウ!!



 カルビは、自信一杯「任せておけ!」とばかりの表情で吠えた。


 彼女には、カルビのその表情を目にすることができなかった。だけどおそらくそういう顔をしていて、自信満々に意気揚々とそこまで案内してくれようとしている事は十分に伝わっていた。






――――――――――――――――――――――――――――――――

〚下記備考欄〛


〇クロエ・モレット 種別:ヒューム

ブレッドの街に住む、盲目の少女。


〇グーレス 種別:魔物

子ウルフ。またの名をカルビ。というか、カルビの名前を知らないクロエが勝手にカルビの事をグーレスと呼んでいる。

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