第505話 『ブレッドの街の喫茶店 その3』
マスターは、珈琲を落とし終えると、それを専用の珈琲を温める……なんと言うか、小さな手鍋のような柄杓型のポットのような入れ物に入れて火にかける。私は次々と溢れ出す好奇心を抑える事ができずに、マスターに聞いてみた。
「すいません。ちょっといいですか?」
「何かな?」
「その今珈琲を温めている道具ですけど……初めて見る道具なんですが、なんていうものですか?」
「ああ、これかい?」
マスターはそう言うと、使用していない別のそれを手に取って私にじっくりと見せてくれた。私はそれを手に取りまじまじと見つめて調べる。なんとも独特な形。材質は……銅でできている。
「イブリックというんだよ」
「イブリック……」
「珈琲を温める為に使う専用の道具だよ。銅でできているだろ? 銅は熱伝導率が高いからね。温めるのにも適しているし、冷たいものを冷たくしておく事にも長けているんだよ。現にこの店のアイスコーヒーは、銅のカップでお客様にお出ししているんだよ」
「な、なるほど。勉強になります」
「しかし……本当に君は珈琲が好きなんだね」
「ええ。私達、冒険者なんですけどキャンプが趣味でして。それでキャンプと言えばご飯もそうなんですけど、珈琲も外せないかなって。実際に珈琲も毎朝飲みたい位に大好きですし」
「ほう、君達はキャンパーか。先程、確かにキャンプの話をしていたね。なるほど。実は、私もキャンパーなんだよ」
「そうなんですか! マスターもキャンパーだったなんて、意外……でもないか。アハハ」
口の周りに蓄えられた白い髭。優し気な眼差しに、清潔感のあるこの感じ。このお店に入ってマスターを初めて目にした時に、この人がキャンパーだったら凄く雰囲気があって似合うのになとは正直思っていたのだった。
珈琲が温まると、イブリックから湯煎していたコーヒーカップに直接珈琲を注ぐ。そのタイミングに合わせて奥さんが、色々なケーキが並んでいる専用のショーケースから、私達の注文したケーキを取り出しお皿に乗せてマスターの入れた珈琲と、ルンの注文したオレンジジュースと一緒にトレンチに乗せてテーブルまで運んでくれた。
オレンジジュースは、目の前でマスターが専用の道具を使って果実を絞ったもので、グラスに氷3つと砕いた氷3つを入れて注いだものだった。凄く美味しそうな上に、マスターがアイスピックで氷を砕いている姿は、本当にかっこいいと思った。
次に、カルビのミルクとハムエッグのオーダーもできあがると、奥さんが私達のテーブルに運んで手招きする。
「それじゃあ、お客様。美味しいケーキとお飲み物をお持ち致しましたので、お召し上がりください」
「はーーーいっ!」
ルンが元気よく手を挙げて返事をすると、私とルキアもそれに続いてカウンター席から自分達のテーブル席へと移動した。
「それじゃあ早速、頂こうか!」
「はい、それじゃあ頂きましょう」
「頂くーーー」
ワウッ!
レアチーズケーキ。私はいつもこれを先の尖った方から食べていく癖がある。早速フォークでその部分をカットすると、口へと運んだ。あうー、舌がとろけそうな位に甘くて美味しい。
「お、美味しい!! これは驚く位に美味しいケーキだわ!」
「本当に美味しいです!! アテナ、私これ大好きです!!」
「ルンも! ルンもルンの頼んだこのショートケーキ美味しいよ!! 苺もとびきり大きいんだけど!」
ワウワウッ。ムッシャムッシャムッシャ!!
私達3人がケーキを食べる中、カルビだけがハムエッグを食べていて笑ってしまった。しかもそれが、また美味しそうに見える。なんでだろうね。
ルンは、ショートケーキの上に乗っている苺にまだ手を付けていなかった。フフフ、きっとお楽しみにしているのだろう。
そして、ルキア。ルキアは、ベイクドチーズケーキのカリっとしたお尻の部分からフォークを入れて食べていた。こういう自分とは違う、他の人の食べ方を観察するのもまた面白い。ルキアは、口の周りにベイクドチーズケーキの欠片をつけながらも目をうるうると輝かせている。
「ルキア、良かったら私のレアチーズケーキ、少し味見してみる? それで、できれば私にもルキアの食べているベイクドチーズケーキを、一口食べさせてもらえたらなーって思っているんだけど」
「はい! もちろんいいですよ! 私もアテナの注文したレアチーズケーキ食べてみたいですし」
「それなら良かった! じゃあ、どうぞ!」
ルキアとお互いの食べているケーキを交換し、少し味見させてもらった。なるほど、ベイクドチーズケーキもとても美味しい。こうなってくると、スフレチーズケーキとか他のも制覇したくなっちゃうなー。
まったり――ここでマスターの入れてくれた珈琲を一口。
「っはあ……これはいいものだ……」
酸味、苦み、コク、香り。全てが高い次元でまとまっている。
いつも私がキャンプで入れて、自画自賛している珈琲と比べてみても、恥ずかしくなる位に差がある味だと思った。
まあでも、相手は珈琲のプロなんだもんね。珈琲が好きなだけの素人と比べる事自体がおこがましい。でも今沸き上がってくる、より美味しい珈琲を入れたいという気持ちは、間違っていないよね。
「珈琲も美味しいですね、アテナ。いつもキャンプで飲んでいる珈琲も美味しいんですけど、このお店の珈琲は洗練されていて、何て言うかとても芳醇な感じがしますね」
ミルクと砂糖をたっぷりと珈琲に入れて楽しむルキア。私は何も入れないでブラックで飲んでいる。だけど飲み方については、どちらも正しい。飲む人が最高の珈琲を、一番美味しいと思う飲み方こそが一番の正解なのだから。
パスキア王国に出発するまでは、まだ結構な時間がある。
私は、ケーキと珈琲をルキアやルン、カルビと楽しんだ後、思い切ってマスターに美味しい珈琲の入れ方を教えてもらえないか聞いてみた。
もちろん、キャンプもするというマスターの言葉を聞いたのでキャンプのお誘いも合わせて――




