第501話 『馬車に揺られてブレッドの街』
――翌日、朝。雨はもう上がっていた。
でも、天気は相変わらずの曇り。また空が泣き出しそうな気配がしていた。
私は隣で転がっていたノエル達を起こすと、キャンプを畳んで教会へ向かい、シスター達と子供達に会いに行った。
そして暫くしてからミャオやシェリー、クウやルンもやっと起きてきた。なるほど、皆も私達同様に夜更かししたな……
ミャオが挙手する。
「ニャニャー、そろそろ出発するニャー。皆用意はできてるかニャ。出発準備はいいかニャー」
「それはいいけど、ミャオこそいいの? シスター達と話す事があるんじゃないの?」
ミャオは、この教会で暮らすシスターと子供達の生活支援をしてあげるのだそうだ。そしてその見返りとして、シスターや子供達にここで野菜の栽培をして収穫してもらったり、今はうどんだけだけどそういうものも作って、商品にしてミャオと共に街や村で販売するのだそうだ。
商品を売るにしても卸売りするのであれば、ミャオには、彼女のこれまで培ってきた知恵と商人同士の繋がりがある。だから、やる気さえあればすぐにでも、その計画は軌道に乗せる事ができるだろうと思った。しかもこの教会からは、ミャオの本拠地であるエスカルテの街も、これから向かうブレッドの街も近い。
「それなら問題ニャイニャ。その件については、昨日十分に話し合ったニャ。とりあえず、作物の種を渡してあるからそれを育ててもらって、残りの小麦粉は全部使ってうどんを作ってもらうニャ。それでも小麦粉は大量にあるから、そのうち釜土を作ってパンとか作っても売れるかもしれないニャねー。そウニャると、酵母や塩などの必要な材料も手配もしニャいといけないんニャね」
パンと聞いて、子供達の表情が明るくなる。うどんも美味しいけど、子供達にとってはパンの方がもっと好みなのかな。
「色々考えているのね。それじゃここの子供達の事は、ミャオに任せても大丈夫そうね」
「ニャニャー。それでも一応、アテナの支援も欲しいニャ。ニャーンさんには、シェリーから伝えてもらっているけど、ここの教会と周辺の土地を、正式にシスターと子供達が使用してもいいという許可がちゃんと欲しいニャ」
それを聞いていたシェリーが、シスターケイトとアンナに言った。
「そう言う事だが、馬を返却したついでに確認済みだ。エスカルテの冒険者ギルドにもその件については、了解済み。皆この場所で暮らしていいとの事だ。後程、今後のトラブルも考えてバーンさんが土地の使用許可書を用意してくれるとの事だ」
「ニャニャんとニャー!! 流石シェリーニャ!! できる冒険者ニャーー! ゴロゴロゴロゴロ」
「わかった、わかったからよせ! 顔をこすりつけるな、起きてから顔は洗ったんだろーな!」
「ニャ?」
「ありがとうございます! 何とお礼を言えばいいか……」
「ニャハハ。いいニャ、いいニャ。これからしっかりと働いて稼いでもらうニャ。だからいいんニャよ」
素直じゃないなとミャオの事を思ったけれど、まあ私の周りにはそういう子ばかりがいるのかもしれない。
「それじゃあ皆、ニャー達はもういくニャ。また後程ここに寄るから」
「それじゃあ……待ってますね、ミャオさん。それにアテナさん達もお元気で」
「シスターケイト、シスターアンナ。皆、それじゃあまた」
「またねーー!」
「また来てね――」
子供達も皆見送りに来てくれた。ミャオはまたすぐ戻ってくる事になるしと、軽く手を振ると馬車に乗り込んだ。
ルキアやクウやルンは、馬車の中から教会の子供達にいつまでも手を振り返している。私達も乗り込むと、馬車は動き出しブレッドの街を目指した。
ミャオが御者をしてくれている。私は、馬車の荷台から前の方へ移ると彼女の隣に座った。空を見ると、やはりいまひとつ……また雨が降り出してもおかしくない天気。
「それで、皆にはちゃんと会えたかニャー。今度はパスキア王国に行くんニャ?」
「うん。だから皆に会っておきたくて、会って回ってるよ。セシリアとテトラには、私のいない間に色々とルーニの事やらでお世話になってしまったみたいで……だから、二人とも会いたかったけれど、それはまた次の機会になっちゃった」
「そうニャね。テトラとセシリアニャら、今はメルクト共和国に行ってしまってるニャからね。でも必ずまた用が済んだら、クラインベルトに帰ってくるニャよ」
「うん、そうだね。二人に会いたいなー」
ミャオの口ぶりから、ミャオもテトラとセシリアとは既に知り合っていて、いい友達になっているのだと思った。
……別にそんな事はないんだけれど、それを聞いて私は少し自分だけのけ者にされているような……それに近い感覚に襲われた。やっぱり、今すぐにセシリアやテトラに会いたい! 会いたいよーー!!
無性に何か我慢できなくなって、隣で御者をするミャオの胸に顔を埋める。
「ニャニャ!! ニャにをするニャ!! ニャーは今、運転中ニャ!! やめるニャ!!」
「スーーハーースーーハーーー」
はあ……ミャオからは干し草のいい匂いがする……落ち着く。
「ニャニャーー!! アテニャはニャーのにおいを嗅いでいるニャ!! 変態ニャ!!」
「変態じゃないよ、ちょっと癒されていただけでしょ! ミャオって干し草のいい匂いがするんだよね!」
「そんなの知らないニャ!! やめるニャ!!」
ミャオと騒いで……もとい、戯れていると荷台の方から頭が二つ飛び出してきた。ルキアと、ルシエルだった。
「え? 干し草の匂いってなんですか?」
「へ、変態!! 何処だ、何処にいるんだ!! そんなおもしろ……ふてえ野郎、オレがとっちめてやる!!」
「危ないニャ!! 前の席は二人までニャ!! 皆、こっちに来るんじゃないニャ!!」
左右に揺れる馬車。身を乗り出してきて騒ぐルシエルとルキアを、荷台へ押し戻そうとするミャオ。荷台の方からはマリンやクウやルンの楽し気な会話。また居眠りしようとしているノエルとカルビ。
フフフ。うん、楽しい旅だね。
更に荷台の方から顏を出してきたシェリーが、遠くを指さして皆に聞こえる声で言った。
「おいおい、戯れるのもそろそろおしまいにしろ。ブレッドの街が見えてきたぞ!」
「え? 本当! 見せて見せてー!」
「こ、こら、ルン! 危ないから気をつけて!」
ルンも身を乗り出してきた所を、ルキアが危なくないようにしっかりと支えてあげた。
私達はミャオの目指していた場所、ブレッドの街へと到着した。
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〚下記備考欄〛
〇干し草の匂い
香ばしくて、やっさしーーー匂い。落ち着くし、安眠効果もありそう。




