第5話 『スペシャルブレンドをあなたに……』
アテナのキャンプに到着した。
そこには、すでにアテナによってテントが設置されていて、焚火の準備もしてあった。
「なんとか、キャンプまでたどり着けてほっとした。正直、レッサーデーモンにやられまくった傷で、身体中が痛い。気を失いそうだ」
「フフフ。ここまで来れば、もう大丈夫よ。キャンプを張る前にバッチリ聖水を撒いてあるから、ちょっとした魔物程度なら寄ってこないはずだよ。たまに、聖水撒くの忘れちゃって、寝ている間にウルフとかゴブリンに囲まれてましたって事も何度かあるんだけどね。エッヘッヘッヘ」
あどけない少女の笑い顔を見ると、やはりこんな子があれ程のレッサーデーモンを簡単に殲滅するなんて信られないと思った。
アテナは、マッチを擦ると焚火に火を付けた。そして、布に水を染み込ませると、それで俺の体の傷を丁寧に拭いてくれた。顔もそうだが、傷口に泥や砂がついているからだ。
「ぐ……」
「ごめんなさい、痛むよね」
「いや……かまわん。続けてくれ」
「それじゃ、始めるね」
アテナは、こちらを向いて両手を傷口の部分に翳し、魔法を詠唱し始めた。
「おい! まさか、回復魔法を使えるのか⁉」
「《癒しの回復魔法》!!」
アテナの翳した両手の掌から、キラキラと輝く緑色の光が放たれた。傷口を癒していく。アテナは、あんな凄まじい剣術が使える上に回復魔法まで使えるのか。やはり、只者ではない。いっそ、Sランクの冒険者というのであれば、納得もできるのだが。
「ふう……よし、こんなもんでしょ! これで深い傷は、ある程度塞がった。次は、これを飲んで」
「お茶?」
「ただのお茶じゃないわ。私が色々な薬草を採取して、ブレンドして作った薬茶よ。ポーションは、今は生憎切らしていてね。でもこのお茶は即効性ではないけれど、飲めば身体の内側からじんわりと癒されるよ」
「な……なるほど、遠慮なく頂こう」
ゴクゴクッ
「む……これは」
薬草というだけあって苦みは、ある。だが、このお茶は乾燥させて作ったもので、味わってみると程よい香ばしさもある。嫌な味ではない。むしろ、俺の好みだ。美味い。
テント周辺を見ると、木と木にロープを張ってそこに数種類の草が干してあった。その中には、見覚えのあるものもあるな。俺も以前、何処かで採取した事のある薬草だ。
「なるほど、数種類の薬草をブレンドするとこんな味になるのか。そして……ゴクゴク……美味いな。これは、アテナが考えて作ったのか?」
アテナは、得意げに胸を張って笑って頷いた。
「良質な効能と、この味に仕上げるまでにけっこー苦労したんだよ。私は、キャンプ好きが高じて冒険者になったんだけど、森とか色々な薬草が自生してそうな所へ行く度に、何種類もの薬草を採取しては、ブレンドして美味しいお茶の開発をして楽しんでいるんだよ」
「ふむ。つまり、薬師か医者かを目指してはいるが、今はその勉強と足がかりで冒険者をしているということか」
アテナは、キョトンとしたかと思うと、笑い出した。
「え? なんで、そうなんの? だから、キャンプが趣味なんだってば。お茶の開発は、楽しんでるって言ったでしょ。キャンプするのが大好き、食べる事が大好き、冒険する事が大好き。だから、私は冒険者をやっているのよ」
「ううーーん。じゃあ、薬茶作りは、キャンプする事と何か関係があるのか?」
アテナは、クスクスっとあどけなく笑う。
「あるよー。テントを張って、焚火の準備をして拠点を作る。水の確保もしなきゃだし。それから、ご飯の下準備をしたり作ったり、ゆったりとお茶したり、本読んだり、武器の手入れをしたり……」
俺は、ポンと手を叩いた。
「採取してきた薬草を干して、美味しくなるようにブレンドしてみたりか……」
「そう! そういうこと!」
アテナは、ウインクしてみせた。
そんな会話をしつつ、アテナは薬草を擦って出来上がった物を傷口に塗り込み包帯を巻いて処置してくれた。
傷の手当てが完了すると、アテナは、肉を焼き始めた。グレイトディアーの肉だ。最初に飯を食べるかと聞かれた時は、死ぬ思いをしたこともあって食欲が無かった。だが、そのうちに肉が焼けてくると美味そうな匂いが辺りに充満し始めて、その匂いを嗅いでいると猛烈に食欲が湧き始めた。
晩飯を食べると、アテナは俺にあとは一晩しっかり休めば治ると言って、自分のテントを使えと言って俺に寝床を譲ってくれた。
大丈夫だって何度も言ったのだが、テントに無理やり押し込まれてしまった。その後アテナは、外の焚火の前でマントにくるまっていたが、いつの間にか寝ているようだった。可愛らしい寝息が聞こえてくる。
手厚い治療をしてもらった上に飯まで作ってもらい、テントや毛布まで貸してくれた。アテナには、とんでもない大きな借りができた。本当に申し訳ない。
…………申し訳ない。そう何度も思っているうちに、俺も寝てしまっていた。
翌朝、テントの外でする物音と、なんだか無性に食欲を掻き立てられる匂いで目が覚めた。
身体をゆっくりと動かしてみると、問題無く動いた。痛みはあるが、もはやどうということもない。アテナのしてくれた回復魔法と薬草の治療は、かなり効果的だったようだ。
テントから、表に出るとアテナがいそいそとフライパンで何やら美味しそうなものを調理していた。それを見てごくりと唾を呑み込む。自分が思っているよりも腹が減っているのかもしれない。
「おはようございます。……っで、よく眠れた?」
「ああ、君のお陰だ。ぐっすりだよ。それで……起きて早速で悪いが、一つ聴きたい……この美味そうな匂いの正体はなんなんだ?」
「コッコバードの卵で作った、アテナちゃん特製のスクランブルエッグ。それと、はい。パンと珈琲。朝ごはんね、遠慮せずに食べてー」
アテナからそれを受け取ると、早速食事をした。
森の新鮮で澄んだ空気に、晴れた天気。森の木々の葉の間を通り抜けて光が差し込む。
「アテナ。君には、途轍もなく大きな借りができた。この途轍もなく大きな借りを、いつ返せるかは解らないが、この先何かあれば俺を頼って欲しい。君の為なら、この命を賭ける事も厭わない。君は、他に類を見ないほどの素敵な女性だ」
アテナは、一瞬驚いた顔をしたあとに頭を摩って照れながら答えた。
「ウィリアムだって、私と逆の立場ならそうするでしょ?」
「……そうだな。……確かに。あと、そうだ。君が大好きだと言っていたキャンプだが……昨日は、それを聞いても何処がいいのか理解できなかったが、今日起きてテントを出た直後に、やっとその良さが俺にも解ったよ」
「え? ほんとに?」
「ああ。本当だ。美味い珈琲とスクランブルエッグを味わった時にね」
「なにそれー」
アテナは、無邪気に笑った。
今にして思えば、ネバーラン遺跡に無謀にも挑戦した事は、後悔しかなかったが、その事によりアテナと言う素晴らしい女剣士に出会えた事は、何よりの幸福だったと思った。
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〚下記備考欄〛
〇ウィリアム・ハーケン 種別:ヒューム
Cランク冒険者で、クラスは【ウォーリアー】。絵にかいたような戦士でウォーハンマーを愛用の武器としている。腕力には自信もあって、仲間と一緒にネバーランの遺跡に眠るまだ手が付けられていない財宝に目が膨らみ挑むが、その遺跡のトラップで大量のレッサーデーモンに襲われる。命からがらに脱出を図るが、仲間の盾になるもその仲間には見捨てられた。絶望の中、アテナに偶然出会い助けられ次第に元気を取り戻す。
〇アテナ 種別:ヒューム
Dランク冒険者。お茶にできる薬草をつみにネバーランの森を一人徘徊していた所で、ウィリアムの悲鳴を聞いて駆けつけた。年齢は16歳だけど、それにしては物凄くしっかりしている。正義感も強い。だけど、食欲も旺盛。
〇レッサーデーモン 種別:魔族
下級悪魔。下級と言っても、悪魔は幽体アンデッド程ではないが物理攻撃に強く、魔法にも耐性があったりするので神聖系魔法などで対抗しないといけない。ウィリアムが遭遇したレッサーデーモンは、トラップで償還されたレッサーデーモンでトラップに引っかかって呼び出してしまったものを襲うという呪いも同時にかけられている。
〇コッコバード 種別:魔物
鶏の魔物。魔物と言ってもそれ程、鶏と見た目も大差はない。あえて挙げれば、鶏よりも若干気が強くその身体も大きい。そして丈夫で病気や怪我にも強いので、クラインベルト王国やその他の多くの国では鶏よりも家畜とされている。卵も濃厚で美味しい。
〇聖水 種別:アイテム
街のアイテムショップ、教会、冒険者ギルドにて販売している。その辺に撒くと、低級の魔物を寄せ付けない効果があり、キャンプをしたりする時に魔物の襲撃をうけないように使用するのに重宝する。旅にはかかせないアイテム。
〇薬茶 種別:アイテム
アテナが色々な森で様々な効能を持つ薬草を集めて、味も美味しくなるようにブレンドして作ったお茶。香ばしさもあって、飲むとほっこりするし心も身体も癒される。
〇ポーション 種別:アイテム
薬草を薬師が調合し作り上げた回復アイテム。青色や緑色の液体で、通常は専用の小瓶に入れて売られている。これも魔物討伐や、ダンジョン探索など冒険者達にはかかせないアイテム。
〇癒しの回復魔法 種別:神聖系魔法
黒魔法とは異なり、怪我など癒すことができる魔法。クレリックやプリースト、シスターなどの聖職者が一般的には使用できる。冒険者がパーティーを組む場合、回復魔法を使用できる者がいればありがたがられる。