第499話 『雨降る夜のキャンプ その5』
うどんを調理し終えたので、自分の分に加えてノエルの分も器によそってあげた。
「食べるでしょ?」
「食べるに決まっている! はーーー、いい香りがするな。たまらん」
ノエルは、そのまま鼻でうどんを吸い込むのではないかと思ってしまう程に、うどんをよそった器に鼻を近づけて息を吸い込んだ。
私はその辺に落ちていた枝を手に取ると、パキッと折って箸を作りノエルに手渡した。
「それで、食べて」
「ふん、なるほど、こういう所もサバイバルって事か。徹底しているな」
「サバイバルじゃないよ。近くにあるものを利用しているだけ。キャンプの基本の一つだよ」
「キャンプ……そう言えば、キャンプ好きだとか言っていたな。……ああー、それでこんな場所でわざわざ雨の中、テントを張ってキャンプをしている訳か」
「フフ。雨の音に耳を傾けてみて。焚火やランタンの火を見つめてみて。どう、悪くないでしょ?」
ノエルはズルズルとうどんを食べると驚いた表情で言った。
「悪くない! っていうか、物凄く美味い!! こしがあって、喉越しもいい。汁もあたし好みに味がしっかりしていて、これはいいな。こんな味、どうすればできるんだ!?」
「あのー、キャンプの話だったんだけどな」
「ああ、キャンプな。キャンプも悪くない。ミューリやファム、ギブンと別行動をしていた時も、あたし独りでよくテントを張って焚火して肉を焼いた。あれはなかなか楽しい」
そう言えば、ノエルがテント張って肉を焼いていた時に、その肉をルシエルが食べちゃったんだっけ? それが彼女との始まりだった気がする。
ノエルはうどんと、ビッグボアの焼いた串肉を交互に食べるとまた葡萄酒をぐびっと豪快に飲んだ。
「あたしはアテナに勝手に挑んで勝手に負けて、勝手についてきた。……もっと、最初に聞いておくべき事だったと反省しているんだが、この際今聞いておく」
「何?」
「あたしがあんたらの旅についてきた事……やっぱり迷惑か? ノクタームエルドでは何度も敵対した。決して快く思っていないはずだろ? 鬱陶しいと感じているだろ?」
ノエルの言葉を聞いて私は、彼女の顔を覗き込んだ。さっき雨に濡れていたけど、まだ髪も服も乾いていない。ノエルの黒い髪から雨水が滴っていた。
「あっ、ノエル! あなた、まだ服乾いてない!」
「うわっ。なんだ、なんだ! やめろ、服を脱がすな! よせ、やめろ変態!!」
「はいはいはい。風邪引いたらそれ、一緒にいる私達にもうつるかもなんだからね。ちゃんと、乾かしなさい!」
「おい、やめろ!! うわーー!!」
ノエルの服を無理やり脱がした。そしてそのノエルの着ていた服を、私の服同様に焚火の前で乾かした。目の前には、顔を赤らめているノエル。下着には可愛いクマさんのプリントが施されていた。
「っぶ!!」
「こら、笑うな!! ちきしょーー、てめーー、あたしを見事に辱しめたな!!」
「あっはっはっは! ごめんごめん、あまりにノエルが、私が思っていた以上に可愛かったから」
「あたしが……このあたしが可愛い? そんな事、言われたのは初めてだ。あたしを知っているノクタームエルドの者は、あたしと敵対すると震え上がるぞ」
私はノエルを再び焚火の前に座らせると、彼女の隣に密着して座り一緒に毛布を羽織った。彼女の身体から、温もりを感じる。
「はあーーー、こうすれば暖かいもんね」
「そ、それでどうなんだ? さっきの質問! お前達があたしの事を嫌だと思っているなら、やっぱりあたしはノクタームエルドに……」
ノエルの肩を掴むと、引き寄せて言った。
「そんな事、だれも思っていないよ。あの剛拳ノエルが仲間になったんだもん。ルシエルなんてワクワクしているだろうし、ルキアだって凄く心強いなって思っているはずだよ。私もノエルの事を知らない事が多いけど、それはお互い様だしこれから知っていけばいいんじゃないかな」
「う……で、でもあれだろ? 本当はあたしなんかじゃなくて、ミューリやファムと一緒にこの先も冒険出来たらって思ってただろ?」
「それは、ちょっと違う」
「なっ?」
「ミューリやファムも――だね! 言葉では、『と』と『も』だけの違いだけど、意味合いは大きく違って来ちゃう。巡り巡って今ノエルとは一緒にいるんだから。これから、私はミャオの用事についてってその後は、パスキア王国に行くつもり……なんだけど、ノエルにも一緒に来て欲しい。私の大切な仲間として」
ノエルは口をポカンと開き、目を見開いて私を見つめていた。
「一緒に来てくれるかな? ノエル」
「行く! それなら私も行く!」
「フフフ。そこは、いいともーーって元気よく言う所だよ」
即答だった。そんなノエルを見てにこりと笑うと、つられて笑みを溢しそうになったノエルは、はっと我に返り顔を真っ赤にして再びうどんをずるずると食べて葡萄酒を飲み誤魔化した。
そして暫く2人で食事を楽しんでいると、教会の扉が開く音が微かに聞こえた。見ると、そこからこっちへ駆けてくる人影。その影のシルエットに、猫耳と尻尾がある事から、それがルキアだという事が直ぐに解った。
ルキアは私達のいるキャンプに辿り着くと、雨で濡れてしまった身体を払って焚火の前に立った。
「はあーー、やっと子供達皆、寝てくれました。クウやルンも、疲れていたのか一緒に寝てしまったので、私だけ抜け出してきたんですけど……やっぱりアテナは、キャンプしてたんですね」
若干責める目で私を見るルキア。
「あ、後で誘うつもりだったんだよ。ほ、本当だよ。でも、もう寝ちゃったのかなって思って」
「まだ寝てません! こんな所でノエルと二人でキャンプって……私も混ぜてください」
「ごめん、ごめん。それじゃ、良かったらまだ串肉もうどんもあるから、ルキアどうぞ」
そう言うと、ルキアの機嫌は回復し、「わーーい」と嬉しそうに焚火の前に座り早速器にうどんをよそった。
随分夜は深くなってきたけど、そんな中で仲間と食べるうどんは、格別だと思った。あと気づいたんだけど、深夜に食べる麺類自体が悪魔的に美味なのかもしれない。
美味しいとうどんを夢中になって食べるルキアを見て、私とノエルは顔を合わせて微笑んだ。




