第498話 『雨降る夜のキャンプ その4』
いい感じに少し焦げのついたお肉。そのビッグボアの肉が刺さった串を一本掴むと、かぶりついて頬張った。
モッチャモッチャモッチャ……
「うまいっ!! これは、最高のお肉だわ!! これを調達してくれたシェリーには、感謝しないといけないわね」
ザーーーーーーッ
強くなる雨。暗闇が広がる森の中で、私のいる場所だけが焚火とランランの灯りで暖かく照らされていた。そして、いつまでも止まない雨音。
うーーん。いい! 私の師匠ヘリオス・フリートが、晴れの日は晴れを楽しみ、雨の日は雨を楽しめって言っていた。
私もキャンプの魅力に取りつかれてからこの境地に至るまでには、それなりの月日がかかったけれど、今は雨の日のキャンプは、雨の日のキャンプしか味わえない良さがあると感じている。
何と言ってもタープやテント、焚火がある事によって雨が降っていても安心感がある。それに雨音は、私に癒しを与えてくれる。
お茶を一口。パチパチと薪の燃える音。
「さてと、それじゃまだまだお肉はあるけれど、ここの教会にいる子供達が作ったっていう自慢のうどんも頂こうかなー。うどんなんて久しぶりだから、ニヤついちゃうよ」
鍋を更にもう一つ用意し、計二つの鍋に雨水を溜める。そしてそれを、それぞれ焚火にかけた。
なぜ、鍋を二つも使ってお湯を沸かすのか? それは、うどん用のスープを作る為のものと麺を茹でる用のものだった。
スープを作る方には、以前購入しておいた出汁を作れる粉末に、醤油、砂糖、生姜などを入れる。そしてノクタームエルドをミューリやファム達と旅した時に、地底湖の近くで見つけたキノコを採取し干したもの。
ファム曰く、旨味茸と言って、物凄く旨味のあるキノコだと教えてもらった。ドワーフ達は、それをスープや鍋によく入れると聞いたので、私もそうしてみようと干しておいたのだ。
キノコは干す事で、より旨味を倍増させることができる。そこまで詳しい事は解らないけれど、キノコが本来蓄えている水分を飛ばしてしまう事で、より旨味が濃縮されて旨味の塊になるらしい。
スープの中へ干した旨味茸を投入。すると水を吸った旨味茸は、プク―――っともとのプリンプリンのキノコに戻った。それがあまりに滑稽で笑ってしまった。なんだか可愛い!
「何笑ってんだ? しかも裸で……痴女か? 痴女なのか?」
「え!?」
いきなりの声。驚いて振り返ると、雨の降る中にノエルが立っていた。
「ちょっと、ノエル! そんな雨の中に立ってないでタープの下へ! ノエルもビショビショになっちゃうからこっちに来て! あと、私は痴女じゃないからね」
「ああ、そうなのか? 裸なのにな」
「裸じゃないでしょ。ちゃんと下着は身に着けているし、毛布を羽織っているでしょ」
焚火の隣でずぶ濡れになった服を乾かしている。それを指さしてノエルに見せた。
「なるほど、そういう事か。てっきりムラムラしてこんな所で、一人で裸になってなんかしているのかと思った」
え? なんかってなに?
「兎に角、こっちへ来て焚火の前に座って温まりなさい。ノエルもビショビショじゃない」
「そうだな。それじゃ邪魔をする。……邪魔するがこんな夜中に森で一人何やってんだ? しかも雨も降っているというのに? 皆がいる教会の方へはいかないのか?」
そう言う事か。ノエルは、私の事を心配して見に来てくれたんだと思った。シスターとシェリー、それにミャオにはちゃんと言ったんだけどな。でも、ノエルが私の事を心配してくれているのは素直に嬉しい。ノクタームエルドでは、彼女とも何度か戦ったしどちらかと言えば敵みたいな関係だったから。
だけどドワーフの王国の一件が解決して、クラインベルトへ一時帰国しようってなった時に、ノエルは私達についてきてくれた。
正直その時、私はまだノエルの事をよくは知らなかったし、ルシエルと殴り合いをした事や、ガラードの件でミューリやファムと一緒に私達を捕らえようとした事などから考えて、上手くやっていけるのかも不安だった。
でも、いつまでノエルが私達と一緒に行動するかも解らないし、私達は彼女を嫌ってもいない。どちらかというと、仲良くなりたい。しかも、デルガルドさんの孫娘という話も聞いて、余計にそう思った。
あれから、クラインベルトまで戻ってきてもずっとノエルとは行動を共にしている。それなら少しでもノエルの事を今以上に知ることができるし、何か新たなものが見えるかもしれないと思った。けれど……
もしかしたら、ノエルも私と同じような事を考えてくれていたのかもしれない。
「おっ! やっぱりいい匂いだな! 肉を焼いてやがったのか!!」
「もしかして、ノエル。あなた私の事を気にしてじゃなく、このお肉の焼ける匂いで誘われてきた訳?」
「い、いや。そんな事……ないぞ」
最後の言葉の部分でノエルはごくりと唾を呑み込んだ。私は、目の前の焚火で焼いているビッグボアの肉を刺してノエルに言った。
「食べたいなら食べていいよ。でも、私はまだ食事をしていないから全部は食べちゃだめだよ」
「おおーー、いいのかーー!! アテナ、お前やっぱりいい奴だな。はっはー、やっぱり肉だよな! 肉を喰わねえと力がでねえよな」
食べていいと許可がでるなり、ノエルは目の前の肉をむんずと手に取り噛みついた。モッチャモッチャと音を立てて、うんめーーっという。そして背負ってきたザックを隣に置くと、ゴソゴソと中を漁って酒瓶を取り出した。
「呆れた……お酒何て持ち歩いていたの!」
「これは、酒じゃない。あたしの身体を動かす為の燃料だ。アテナも飲むだろ?」
「アハハ、ものはいいようね。それじゃ、頂こうかな」
屈託のないノエルの笑顔にやられる。私はマグカップに入っているお茶を一気に飲み干すと、カラになったそれをノエルの前に差し出した。
ノエルは、ご機嫌な様子でマグカップに葡萄酒を注いでくれた。
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〚下記備考欄〛
〇旨味茸 種別:食べ物
とんでもなく美味しいキノコ。うま味成分が並みではないので、スープを作るのに使用するなどが一般的。もちろん普通に焼いて醤油やタレで食べても最高。抗酸化作用も並みじゃないようで、健康にもすこぶる良いと評判のキノコ。主な生息地はノクタームエルド。




