第497話 『雨降る夜のキャンプ その3』
「薪ですか? それなら沢山ありますから、いくらでも使ってください」
「ありがとうございます、シスターケイト」
「これ良かったら……さっき皆で食べたんですけど、アテナさんもどうぞ」
「何ですかこれ? もしかしてうどん?」
「ええ。大量の小麦粉や片栗粉などをミャオさんから頂きまして、それを使って子供達が一生懸命うどんを作ったんです。上手くできているので、お嫌いでなければ遠慮なさらずにどうぞ」
「ええー、嫌いだなんてそんなの!! うどんは私、大好きですよ! 食べたいです! なので、遠慮なく頂きます、シスターアンナ」
シスターケイトの後ろから、ニュッとシェリーが顔を出した。
「嘘だろ? こんな雨の降る日に、外でキャンプするのか? ルシエルやルキアも中で子供達と遊んでいるぞ」
「うん。なんだか唐突に雨の日のキャンプを楽しみたくなって。これでも私は、キャンパーだから。もしも皆が心配していたら、私は直ぐ外にある森にいるから大丈夫だよって伝えてくれる? シェリー」
「解った。でも、風邪を引きそうだとか思ったら戻ってこいよ」
「うん、ありがとう」
「あと、そうだ。魔物がでるかもしれん。もし、魔物に襲われたら悲鳴をあげろ。直ぐに駆け付けるから」
「うん。お気遣いありがとうございます、シェリー・ステラ!」
シェリー・ステラ。ミャオが少し店を留守にしてブレッドの街へ行くと言った時に、クウとルンがついてくると言いだした事で、バーンが護衛につけたCランク冒険者。
バーンがなぜ彼女を、ミャオ達の護衛につけたのか少しずつ彼女と接してみてそれが解った。
彼女は気配りができて、心配性で優しい。クウやルンだけでなく、教会に戻ってからはこの教会の孤児達の事もよく見ている。
本人は、子供は苦手だとか嫌いだとか言っていたけど、とてもそんなふうには見えない。むしろ、その逆。バーンの見る目と人選は大したものだと思った。
知らず知らずに、エルカルテのような大きな街のランクS冒険者のギルドマスター捕まえて、上から目線で評価をしてしまったことに対して笑ってしまう。まあ、バーンだからいいけどね。
再び雨の中を駆けて、森の方にある自分のキャンプへ行こうとした時、シェリーが私の腕を掴んだ。
「え、なに?」
「そうだ。さっき馬を返しに街まで戻っただろ? その時に肉を買って来てな」
「ニクーーーー!? ニクってお肉のこと!?」
「ああ、他に何かあるのか。この教会の事は既にバーンさんに話してある。馬を返しに行った時に、バーンさんに会ってな。今日はアテナ達と教会へ一泊すると言ったら金をくれた。それで、教会の子供達やシスター、皆に肉でも買ってやれって言っていたからな、その通りにした」
「ありがとう、シェリー。じゃあ、お肉も遠慮なく頂きます」
「ああ。ほら、どうぞ」
「じゃあ早速焼いて食べようっと。シェリーも食べる?」
そう聞くと、シェリーは張ったお腹を見せてきた。どうやら、私がキャンプ設営に悪戦苦闘しているうちに、教会にいる皆は一足先にお肉やうどんを食べたりしていたようだ。まあ、大勢子供達がいるものね。当たり前と言えば当たり前か。あはは……
シェリーに手を振ると、私は再び雨の降る中を駆けて森に入って、自分のキャンプに飛び込んだ。
「ううーー、寒い!」
長時間、雨に晒されていたからか少し寒気が走る。早く焚火を熾さないと――
ボボッ!!
地面に少し窪みを作り薪を組む。着火材にスギの葉を少し持っていたので、それをザックから取り出すと薪の間に挟んでマッチでそれに火を点けた。スギの葉はみるみるうちに燃え始めて、やがて薪にも炎が燃え移った。
張ってあるタープの外に、使えそうないい感じの長めの棒を見つけたので、雨をさけるようにさっと手を伸ばして取る。そして濡れた服を脱ぐと、それを棒に通して焚火の前に置いた。これで、そのうち渇くはず。
本当なら下着も乾かしたいところだけど、流石に子供達やシスターも近くにいるしそれはできないと思った。っていうか、一国の王女が素っ裸で焚火にあたっている姿を国民はだれも見たくはないだろう。でも、パンツ位は許してねと思った。
靴も脱いで、枝にさして焚火の前へ。すると、解放感と言うか巣足でいると、なんだか凄く気持ちよかった。
「うう、それにしても一向に雨が止む気配無いし、寒い……」
毛布を取り出して羽織る。そして、鍋に雨水をためると、それをそのまま焚火にかけた。お湯が沸くと、まずは暖かい紅茶を一杯。ほっと一息ついてから、シェリーから頂いたお肉を焼こう。
その辺にある平らな石にシェリーからもらったお肉を出しておいた。
「あっ! これは、もしかしてビッグボアの肉!!」
ビッグボアは、森に出没する猪の魔物。猪なので、豚に比べて脂身が多い。でも、ジューシーで凄く美味しい。
一般的には沢山の野菜と一緒に鍋にするのが知られているけど、もちろん焼いても美味しい。そして、私は今日は、このお肉を使って豪快に焚火で焼く事を一目見て決めていた。そして網は使わない。あくまでも豪快な感じで焼くよ。フフフ。
ナイフを取り出すと、石の上に置いたビッグボアの肉を綺麗に切り分けた。そしてその辺に沢山ある枝を手に取り、ナイフでお箸位の長さ位の串を作る。それで、その串にビッグボアの切り分けた肉をブスリブスリと順に刺していくと、塩胡椒それに唐辛子の粉末を軽く振って焚火で焼いた。
厚みのある上質な肉からは脂が滴り、焼ける匂いが食欲を掻き立てられて煙が充満する。
タープの下、雨音に耳を傾けながら私はペロリと舌を出して、どんどんシェリーにもらったお肉を調理していった。
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〚下記備考欄〛
〇ビッグボア 種別:魔物
猪の魔物。人間を見ると、突進して襲ってくるひじょうに短気な魔物。しかしその肉は、とても美味しい。脂も凄く乗っているのでヨルメニア大陸北方などでは、好んで食されている。脂は食べる事もできるが、燃料にもできるのだ。




