第492話 『僅かの間に得るものを得る』
テトラは、あっという間にあの凶悪な猿達を撃退してみせた。猿はやはりこの森を根城にする魔物で、パンディットモンキーというのだそうだ。クラインベルト王国では、生息していない魔物。初めてその名と凶悪さを知った。
しかしテトラは、もはやそんな猿の事をものともしていない様子だった。
テトラは、森の奥にキャンプを張っているからと私とセシリアをそこへ案内してくれた。
テトラの案内のもと、森の中を歩く。その間も、木の上から猿達が石礫や薪のようなものを投げてくる事があった。しかしテトラは、事前に察知してそのことごとくを手にする涯角槍で見事に払い落として見せた。
「驚いた。随分と腕をあげたのだな、テトラ」
「はい。手紙にも書きましたが、コルネウス執政官を救出する為に登ったモロロント山で、知り合って助けてもらった冒険者のレティシアさんに、色々と稽古をつけてもらいまして。ローザやセシリアがここへやってくる僅かな間ですが、それでもその間やってきた事は、身に着いたと思います」
テトラの後ろを歩いていたセシリアが急に、テトラのお尻を触った。
「きゃっ!! なななな、何をするんですか、セシリア!?」
「フフフフ。でも、こういう所は相変わらずなのね」
セシリアの言葉にテトラは、頬をぷーーっと膨らませる。
「レティシアさんが、この森でセシリア達が来るまでキャンプをしたら強くなれるって言っていましたから、やってみたんですけど……その間ずっとここに生息しているパンディットモンキーに、朝も昼も夜も襲い掛かられていたから……その猿の魔物に対しては、察知して対処できるようになったんですよ」
「それ、役に立つのかしら?」
セシリアの言葉。テトラは立ち止まり、なんてことを言うのかといったとても信じられないという顔で、セシリアを見つめた。対して、セシリアは少し笑っている。
この二人は本当に仲が良いのだなと思った。そんな二人の間柄に目をやると、私もアテナやルシエルの事を思い出す。
「なななな、私だってかなり強くなったと思いますよ! それに、本当に苦労したんですから! 起きてても寝てても、ご飯を食べていても襲われたりしますし、下着も何度も盗まれては追いかけて取り返したんですよ!」
「へえ。おトイレの時も狙われた?」
「そそそ、そんなデリカシーのないセシリアの質問には答えません!!」
二人の会話に少し笑ってしまいそうになったけど、テトラの名誉の為になんとか堪えた。
「着きました。ここです。ここが、私のキャンプです」
到着。密林のような森の奥に、テトラが暫く過ごしていたというキャンプがあった。しかし、テントは張っておらず、木や落ち葉などを利用して作ったシェルターがあり、そこがテトラの寝床になっているようだった。それを見るなり、こんな可愛らしい年ごろの娘がこんな所で寝ているのかと思って驚いてしまった。
「も、もしかしてテトラはここで寝ているのか? テントを張らないのか?」
「はい、ここで寝ています。最初はテントを張ってたんですけど、パンディットモンキーはいつでも私を攻撃してきますので、テントを破壊されかけたんです。それに焚火もしてましたので、下手をすれば焚火の火を奪われて、テントに火を放たれるかもしれないって思って……それでシェルターを作りました。土を被せたり生木を使えば燃える心配も、少なくてすみますから」
近くに小川がある。よく見ると、シェルターは生木を利用し組み立てられていて、その上に落ち葉や枝を乗せて屋根を作り、さらにその上に湿り気のある土が被さっていた。――なるほどな、これなら確かに火は点かない。
テトラは、この短期間で本当に色々な所を鍛え上げられたのだと思った。
しかしこんな森にテトラを連れてきて、凶悪な猿を相手に鍛錬させたレティシアという冒険者は、いったい何者なのだろうか? ……そう言えば、そのレティシアという冒険者は、テトラと一緒にいるのではなかったのか?
「テトラ」
「はい?」
「そう言えば、手紙にあったレティシアという冒険者は一緒にいるのではないのか?」
「ええ。この森に来てから少しの間、一緒にいました。でも、リベラルに行ってしまいました」
「リベラル? メルクト共和国、北部にある交易都市リベラルの事か? 確か、あそこは自治都市だったな」
「はい。彼女と最初であった時、彼女はモロロント山でガルーダの討伐に来ていたんです。ガルーダには私も襲われて、一緒に倒しました。だから報酬を受け取りに行くと言ってました。それで私には、このままこの森に残ってパンディットモンキーを相手に修練を続けるようにって言われたので、それを続けていたんです。そして私の仲間が来たら、一緒にリベラルに来るようにとも言っていました」
「どういう事だ? 私達にそんな暇はないぞ。私達はこれからコルネウス執政官の後を追ってボーゲンやメイベル、ミリス達と合流を果たして首都グーリエ奪還作戦に踏み出さねばならないんだぞ? レティシアという冒険者にその事を話したのか?」
「はい、信用できる人だと思ったので話しました。彼女は、執政官救出に大きく力を貸してくれましたし、ボーゲンやメイベル達もそれについては、問題ないだろうといった感じでしたので」
「それで、リベラルには行くつもりなのか?」
「レティシアさんが言ってたんです。このメルクト共和国を現在襲っている巨大盗賊団『闇夜の群狼』の幹部が、その都市にいる噂を耳にしていると。だから彼女は、リベラルに先に行って報酬を受け取ったらその後、私達の為にその件について本当かどうか調査しておくって。だから、仲間と合流したら後からリベラルに来てって……」
そういう事だったのか。しかし、このままメイベル達の後を追わず、進路を交易都市リベラルに変えるというのであれば、もう一つ確認しておきたい事があった。




