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第487話 『とってもスイートな、スイートインパラ』




 まるで鹿だけど、鹿ではない。


 獲物を目にしたセシリアがそんな、なぞなぞのような事を呟いた。



「こんな時になぞなぞか? なぞなぞは好きだが、何も今それをしなくてもいいのではないか?」



 セシリアにそう言うと、彼女は私の顔を一度見てまた獲物に目を移した。気になったのは、その私の顔を見た瞬間、僅かに口角が上がった事だった。


 ま、まさか笑われた!?


 セシリアはボウガンに矢を装填すると、少し先で何かを頬張っている鹿に標準を向けた。



「あれは、スイートインパラよ」


「え? なんだそれは?」


「あの食事をしているインパラだけど、スイートインパラっていう魔物よ」


「ま、魔物? あれが魔物なのか? 普通の鹿に見えるけどな」



 セシリアは片目を閉じてスイートインパラに標準をあてたまま、会話を続けた。



「鹿に見えるけど、鹿ではないわ。生物学的には牛の仲間らしいわ。でも、どちらかというと私にも鹿に見える。とても不思議な生き物」


「な、なるほど。それがさっきのなぞなぞの答えか」



 手をポンと叩いた。すると、セシリアは更に続ける。



「ほら、見えるかしら。何か食べているでしょ? あれが何か解る?」



 先程からそのスイートインパラなるものが、何かを必死に頬張っているのはよく見えている。セシリアに言われてもう一度、よく眺めて観察する。


 もっと近づいてみれば、それが何か一目瞭然なのだろうがこれ以上近づくと、獲物に感づかれて逃げられてしまいそうだ。


 それにしても、こうやって身を隠して狩りをしていると、アテナやルシエルと旅したりキャンプしたりした事を思い出す。とても楽しかった。



「うーーん、木の実かなんかだろうか?」


「果実よ。あのスイートインパラっていう魔物は、果実だけを好んで食べるの。あの体毛、黄色がかっていて所々に赤やオレンジの斑点も見えるでしょ?」


「た、確かに見えるな」



 よく見てみれば、とてもカラフルなインパラだと思った。そう言えば、昔パパと王都の市場を歩いて買い物を楽しんだ時に、とても色鮮やかな鳥を見た。


 不思議に思って店主に話を聞いてみると、その鳥は南国に住む種類のものでフルーツなどを好むと言っていた。


 つまり、果実などそういうものを好んで食べて生きている動物は、こういうカラフルな色になるのかもしれない。そう考えると、凄く面白く思える。



「果実などを好んでそればかり食べているような魔物や動物は、全てではないけれどカラフルな色をしているそうよ。スイートインパラが、そういう色をしている理由がそれかしらね。あと、とても美味しいらしいわ」


「おいしい……? あの鹿……じゃない、インパラがか?」


「ええ。私は食べたことがないのだけれど、とても美味しいらしいわ。あのインパラは果実ばかりを食べるからそのお肉もとても柔らかくて、そして甘みがあるそうよ。スイートと名付けられる理由もきっとそれでしょうね」



 ゴクリ……



 リーティック村を出てから、ろくに食事をしていなかった。空腹だという事もあったが、セシリアの話を聞いてますますお腹が減ってきてしまった。


 こうなったら、何が何でもこのスイートインパラを逃せない。



「それで、その矢で仕留められそうか?」


「どうかしら……ここからだと、少し距離があるわ。急所に当たればいいのだけれど……」


「わ、私はどうすればいい?」


「矢を当てたとしても一撃で仕留める事ができるかは、解らないわ。だから私が矢を放ったら、ローザは獲物目掛けて走っていって、まだ息をしているようならとどめをさしてくれるかしら?」


「よ、よし! 解った、任せておけ!」



 なるほど、私は猟犬の役目か。剣を抜く。それを握りしめると、セシリアが矢を放つのを待った。


 ――緊張。


 スイートインパラの耳が微かに動いたように見えた。矢。次の瞬間、スイートインパラの胸には矢が深々と突き立っていた。獲物が横に倒れるのを目で捕らえながらも、私は隠れている草葉の陰から飛び出して一直線に走った。


 そして、スイートインパラの前まで行くと僅かに息をする獲物の心臓に、すっと剣を突き刺した。


 傍らには、とても甘酸っぱそうで美味しそうな柑橘系の果実が転がっていた。これを食べていたのか――



「セシリア!! 見事だ、一撃で仕留めたな!!」



 セシリアにそう言って振り返ると、セシリアは着ているメイド服のスカートの裾の両端を両手で軽く摘まんで持ち上げて見せた。


 私はニヤリと笑うと、剣を鞘に納めナイフを取り出すと、目の前で横たわるスイートインパラの解体を始めた。このまま引きずっていくより、ここで小分けにした方がより効率的だからだ。


 セシリアも解体し肉にするのを手伝ってくれたが、彼女の手は非常に綺麗で指も細くて長く美しい形をしていたので、こういう作業を頼むのに気が引けた。


 肉の解体が終わると、陽が落ちかけていた。



「それじゃ食糧も調達できた事だし、そろそろ川に移動してそこでキャンプを張ろうかな」


「川は、ここから近いのかしら?」


「30分位の距離だ。この辺は街道からも逸れた場所だし、魔物があちらこちらに生息している場所だ。暗くなる前に移動してしまおう」


「ええ、解ったわ。お肉は私も持つわ」


「ありがとう」



 お礼を言いつつも、さりげなく私が多めに担いだ。セシリアは細くて筋肉があるようには見えない。それに比べて私は、日々鍛錬を重ねているし騎士団の訓練も団員と共に定期的に行っている。腕力には男にも負けない自信があるのだ。


 ここから川までおよそ、30分。セシリアと私は肉を背負って陽の暮れてきた草原を移動する。






――――――――――――――――――――――――――――――――

〚下記備考欄〛


〇スイートインパラ 種別:魔物

とってもとってもスイートなインパラ。そのお肉は、とってもスイーティーでとろけそうと冒険者や狩人の間でももっぱらの噂。何も人に言わずに食べさせると、美味しい鹿肉という印象だが、実は生物学上は牛の魔物。

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