第475話 『クラインベルトであった事 その1』
「ぎゃああああ!!」
ザブーーーン!
ルシエルを背負い投げた。フフフ、組み技――というか、素手での格闘戦で私に勝てると思うなんて、甘い考えだよ。
「ち、ちっきしょーー!! ちょっとばかり、投げ技が得意だからってえええ!! オレは、そんな技使えないんだぞ!」
「アハハ、それはしょうがないよ。ルシエルはその代わりに弓やナイフが得意でしょー? 私は剣と組み技が得意なの」
「ちきしょーー!! こうなったらーー!! よーーし、決めた。アテナを投げ飛ばしてやる! よし、ミラール、ロン! アテナを捕まえろ!!」
『え!?』
ルシエルにいきなりそう言われた二人は、どうしていいか解らず戸惑いながら私の方を見た。
「よし、行け! ミラール、ロン! お前達の獣人の底力を見せてやれ!!」
「ミラールとロンは、私にそんな事をしないよね?私、二人の事を信じているもん」
目をキラキラさせて少し上目遣いに二人を見つめる。すると二人は、顔を見合わせて頷くと一斉にルシエルの方へと襲い掛かった。
「うわっ!! こら、ミラール、ロン!! お前らやっぱり、アテナに寝返りやがったな!! 女の子女の子している方が好みか、好みなのか!! この野郎、マセガキ共が、やっぱお前らも可愛いタイプが好みなんだな!!」
「違います!! 僕らはアテナには恩があるんです!! 返しきれないくらいのね!!」
「そうだ! アテナは俺達の姉ちゃんなんだ!!」
「嘘つけ―――!! ホレてやがるくせに!! お前ら、ホの字なんだろ? アテナにホの字……って、ガボガボガボ……やめろ、溺れるうううう!!」
ルシエルと戯れるミラールとロンを見て、お腹をかかえて笑った。本当に平和だな。
ドワーフの王国を、なんとかリザードマンやドゥエルガルから守ることができたけど、ガラハッド王が守ろうとしていたものも、こういう何気ない幸せな時間だったりするのかなと思った。
とりあえず、ルシエル達とも遊んだし再び私は水桶を手に取ると川で水を汲み、ルシエル達を置いて一足先にキャンプ場へと戻った。
焚火は二つ。お父様とゲラルドが何やら話している方ではない、空いている方の焚火の前に行って川でビショビショになった服を乾かす。乾かしながらもお湯を沸かして、紅茶を入れた。
ごくごくごく……
ふう、落ち着く。
更に二つのカップに紅茶を注ぎ、お父様とゲラルドに手渡す。すると、ルーニ達が手伝いたいとやってきたので、ルーニ、ルキア、リアの可愛らしい3人の少女達に他の皆への紅茶のサービスを頼んだ。
私は紅茶を手に、自分の設営したテントの近くにある木で、もたれかかる感じで座った。するとその次の瞬間、私の膝の上に走ってきたカルビが飛び乗った。私は、そんな甘えん坊のカルビを優しく撫でてあげた。
近くで、コーンコーンという音。木こり? 雑木林の中にあるなんかいい場所で、ノエルが薪割りをしている。本当に今日はいい日だな。目を細めて微笑むと、カルビが顔を近づけてきたのでその可愛い鼻にキスをした。
「おっ! いいな。俺もここに並んでいたらカルビの次に膝枕とチュウしてもらえんのかい?」
このちょっと、なんとも言えない感じの言葉遣い。
振り向くのと同時に、私の隣にバーンがあぐらをかいて座った。今日は大剣を持ってきていないようだけど、帯刀している剣が座るのに邪魔だったようで、外して横へ置いた。
「バーン、久しぶりね」
「ああ、久しぶりだな。ルシエルもルキアも元気そうでなによりだ。それに、無事マリンとも合流できたみたいで良かったよ」
マリン……
「バーンもマリンの事、知ってたんだ」
「ああ。テトラとセシリアの友人だ。ちょっとした手違いで、俺はあの少女ながらに恐ろしい魔力を秘めているマリンと戦った事もあるんだぜ。まあ本気でやりゃあ、俺が勝ってたがな」
「へえ。そんなに強いんだ、あのマリンって子」
「あん? お前の仲間じゃないのか? 一緒にパーティー組んでいるんだろ?」
そう言えば、ドワーフの王国からマリンとは一緒に行動を共にしている。ノエルに関しては、私達と一緒に行くと彼女の口からはっきりと聞いたけど、マリンからは聞いていない。
一緒にいたければ一緒にいてもいいし、テトラやセシリアとは親友みたいだから、合流したければ会いに行けばいいと思う。それは、彼女の自由だから。だけど……
「そういえば、バーンはテトラとセシリアって今どこで何をしているのか知っているの? ノクタームエルドを旅している時に、ヴァレスティナ公国の伯爵令嬢と友達になって教えてもらったんだけど、ルーニが攫われてドルガンド帝国に連れ去られたとか。それでテトラとセシリアとマリンが、ルーニを助け出してくれたって聞いたから、一言でもお礼を言っておきたくて。久しぶりにローザにも会いたいし」
バーンは懐から煙草を取り出すと、咥えて火を点けた。そして煙をフーーーっと吐くと、そのことについていろいろと教えてくれた。
ルーニを攫ったのは、『闇夜の群狼』という、このヨルメニア大陸でもっとも悪名高い巨大犯罪組織だったそうだ。確か、ルキア達の村を襲った賊と同じ者達。
そしてその『闇夜の群狼』の背後には、ドルガンド帝国がいたという。ルーニは、帝国領内国境付近のトゥターン砦まで連れていかれ、牢に入れられていたのをテトラ達が助け出したという話だった。
テトラとセシリアはそれから王都に戻り、お父様にもルーニにも感謝されたそうだ。
だけどテトラとセシリアは、ルーニと一緒に救い出したルキアの妹リアの為に、その後も賊と戦った。
リアの住んでいた村、カルミア村へ出発しその周辺を荒らしまわっていた『闇夜の群狼』を蹴散らして、アジトも壊滅させたのだという。
そこではバンパっていう名の幹部を倒して捕らえたみたいだけど、バンパという男は私が初めてルキアやミラール達と会った時に、ルキア達を奴隷にして売り飛ばそうとしていた男だった。
あの時の事はしっかりと覚えている。ルキア達が捕らえられていた馬車にたまたま遭遇した私は、皆を助け出した。その時に、襲ってきた男がバンパ。戦闘になって、追い込むとバンパは火球魔法を詠唱してきた。だから防がないとと思って備えたら、その隙に逃げられてしまったのだ。
そうなんだ――テトラとセシリアは私の知らない間に、そんな物凄い旅を続けていたんだと思った。あの私が取り逃がしたバンパという男も倒して捕えていたなんて――
あの王宮メイドの可愛らしい二人がそんな事になっていただなんて、とても信じられない。だけど本当にあったこと。あの二人は、正義の為に戦っているんだ。
そう思うと、余計にテトラとセシリアに会いたくなった。
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〚下記備考欄〛
〇リザードマン 種別:魔物
人型の蜥蜴の魔物。人間同様に剣や盾を使い、鎧兜などを身に着けている者もいる強力な魔物。中には極めて知力の高い個体もいて人の言葉を話す。
〇ドゥエルガル 種別:種族
灰色ドワーフと呼ばれている。ドワーフよりも戦闘能力が高い。ドワーフより乱暴なイメージもあるようだが、酒好きな部分も含めてそれはあんまり変わらない。戦闘力に特化したドゥエルガルを恐れて、ドワーフが勝手につけたイメージなのかもしれない。




