第469話 『落とし処』
唇を強く噛み締める。
「その……私は……」
私が答えようとした所で、お父様が割って入った。
「確かにエスメラルダ、お前には好きでもないこの余と結婚しなくてはならなくなった事、すまないと思っておる。しかし、だからと言って余やそなたが経験した事を子供に押し付けるのは、気が進まん。それにドワーフの王国でアテナは、多くのドワーフ達を救ったと聴く。パスキアとの友好関係を築く為に、アテナを政略結婚させるというのがお前の策略なら、アテナは結婚なぞせずにしてドワーフ王国と我がクラインベルト王国との友好関係を築いてきおったわ。それは、素直に凄い事だと評価できぬか?」
お父様のその言葉に、流石にエスメラルダ王妃は押し黙った。
「ゾルバとの約束はそれで事足りるのではないか? 余は、おつりが来る程の事だと思うがどうだ? ん? 多くの民を救い、ドワーフの王国を救って見せただけでなく、友好関係まで築いて帰ってきたのだ。そんなアテナに対して、手を貸してやったんだからと婚約前提の話を進めるなんていうのは余は好まん」
「じゃあ、あなたはこの縁談を白紙に戻せと言うのですか? この事は以前からずっと進めていた話なのですよ」
「お前とエゾンド公爵がであろう? 余は、アテナをパスキア王国の王子になぞやりたいと一言も言ってはおらぬぞ」
エスメラルダ王妃は、真っ赤な顔をして怒りを露わにした。ドレスの両端を握り、その手も震えている。この二人の間には、ルーニという私の可愛くて愛おしい妹ができた。でもそこには、愛は無かったのだろうか。私にはよくわからない。
お父様とエスメラルダ王妃が私の事で、バチバチと火花がでそうな位に睨み合っていると、唐突に扉が開き何者かが入ってきた。爺が、声をかける。あれ、そう言えば爺ってこの部屋にいたんだっけ?
「こ、これはエドモンテ様」
「爺、ご苦労。ここはもうよいぞ。さがって良い」
エドモンテだった。エスメラルダ王妃同様に私の事を良く思っていない、可愛くない義理の弟。
エドモンテが爺にそう言うと、爺は私とお父様に頭を下げ玉座の間を出ていった。
「実に珍しい。随分と激しく父上と母上で言い争われているのですね。部屋の外にいても、話の内容が聞こえてくる程でしたよ。メイドにでも立ち聞きされれば、また良からぬ噂が城内を駆け巡りますよ。そしてまた、姉上の事でもめているのですね。まったく姉上は――」
「まったくってなんなのよ、エドモンテ!! 文句があるなら、はっきり言って!」
「姉上はもとより王族たる自覚が足りておりませんでしたが、冒険者に身を落としてからは、更に拍車がかかりましたね。なんとも弟として、嘆かわしいことです」
「ちょ、ちょっと実のお姉ちゃん捕まえて、嘆かわしいってなんなのよ!! そんな事をいうなら、モニカにも言えば!! 言える? あなた私に今言ってるような事をモニカにも言える?」
モニカと聞いて、目が泳ぐエドモンテ。エドモンテは、私の事を軽く見ていて隙さえ与えればこうやってちょっかいをかけてくるが、モニカの事は恐れている。敵に回したくないと思っているのか、あまりモニカの話題にも触れてこない。
「や、やめんか! 二人とも!! 二人とも王族なのだぞ、口喧嘩とは言えみっともないまねはよせ」
「それを言うならお父様もじゃない!!」
「それを言うのであれば、父上と母上もではありませんか!!」
私としたことがエドモンテとハモってしまった。……暫し沈黙。気まずい空気が充満する――エスメラルダ王妃がエドモンテに目をやると、言った。
「エドモンテ、あなたからも父と姉に言いなさい。どうすればこの国の利益になるのかと言うことを」
「姉上とパスキア王国王子との縁談の件ですか?」
「そうよ。エドモンテ、あなたも一緒にパスキアに行くのですからね」
エスメラルダ王妃の言葉にエドモンテは、言葉を失った。まさか、自分も付き合わされると想像だにしていなかったようで、口をパクパクとさせた後、私の顔を見たのでプイっと横を向いてやった。
お父様が言った。
「兎に角、余はアテナの縁談は反対じゃ。そもそも本人が望んでおらん」
すると、また火に油が注がれたようにエスメラルダ王妃が、怒りの形相でお父様を睨み付ける。私は可愛くない弟エドモンテの腕をつついた。すると、エドモンテは溜息を一つ吐くと、エスメラルダ王妃の前に立った。
「もう良いではありませんか、母上。父上も当の本人の姉上も、どうやらこの縁談はかなり乗り気ではない様子。母上がどれ程、事を進めようとしても王が嫌だと言えばそれはどうにもなりません」
「エドモンテ! わたくしがどれ程、この政略結婚の準備を進めてきたのか解りますか?」
「解りますとも。ですが、この王国の王であられる父上や当事者である姉上が反対する以上、どうにもならないのでは。それにこのことを知れば、モニカだけでなくルーニだってきっと反対するに決まっております」
「じゃあ、わたくしに引き下がれと言うのですか? パスキア王国にはなんと説明をするのですか?」
エドモンテは、溜息混じりに答えた。
「ならばこういうのはどうでしょう。父上と姉上は、パスキアとの縁談が乗り気ではない。しかしながら、母上は縁談を成立させたいと――それならば、間をとってパスキア王国には行くだけ行ってみて、その王子とやらに会うだけ会ってみればいいのではないですか? それで姉上が気に入らなければ白紙にすればいい」
「エドモンテ!! あなたはこの血を分けた母とどちらの味方なのですか?」
エスメラルダ王妃のその言葉に、お父様は一瞬怒りの表情を見せた。お父様は私の事もエドモンテの事も実の子供だと思っている。だけど、エスメラルダ王妃はそうではない。それは皆解っているけど、口にする事はお父様を怒らせた。
エスメラルダ王妃もそれに気づいて一瞬、お父様に怯えを見せた。お父様がエスメラルダ王妃に何か言おうとした時、エドモンテがお父様とエスメラルダ王妃の間に入って言った。
「落としどころを何処か見つけないと、この話はどちらにしても流れますよ母上。姉上は兎も角、母上はこの国の王に逆らおうとしているのですか? 独断で姉上を連れ戻そうと私兵を動かした事、父上と姉上で交わした約束をないがしろにした事。王妃でも許されない事もありますよ」
「エドモンテ、あなた!!」
「だから!! だから、落としどころを見つけなければ!! もう決まっているというのであれば、気は進みませんが私もパスキアに同行いたします。ですから、姉上がパスキア王子と会って気が変わるようであれば縁談へと進めればいいのではないですか? それに、場合によってはパスキア王子の方がこんな冒険者などという下賎な者に身を落とし、野宿ばかりやっているような変な王女、嫌だと言って一方的に断られるかもしれませんしね」
こ、こんのーー!! エドモンテ!! 変な王女とか言うなーー!!
エドモンテのお尻を叩いてやろうかしらと思った。だけど、エドモンテのその言葉にお父様もエスメラルダ王妃も顏を落とすと、少し考え込んでやがて頷いた。
「余は、アテナが嫌だというなら変わらず反対だ。アテナは、どうしたい?」
「……解った。とりあえず、会うだけでもいいっていうのであれば……」
「そ、それでいいのか?」
「……うん」
こうして、私はエスメラルダ王妃とエドモンテと共にパスキア王国へ行く事となった。
……おのれー、エドモンテめ。っっとに、可愛くない弟!! 後で、羽交い絞めにして死ぬ程くすぐってやろうかしら!
しかし、うーーーん。ルシエル達になんて言おう……帰るなり、大変な事になってしまった。
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〚下記備考欄〛
〇エドモンテ・クラインベルト 種別:ヒューム
エスメラルダの実の子で、セシルやアテナ達とは血が繋がっていない。ルーニだけ母親が同じとなる。もとの名前はエドモンテ・ヴァレスティナ。セシル王とエスメラルダの結婚は政略結婚であったが、ヴァレスティナ公国のエゾンド公爵との結婚の条件で、エドモンテの父が誰なのかは明かされていない。口が達者で、よくアテナと言い争いをするが、いい負かされそうにアテナがなると、アテナはエドモンテをくすぐろうとする。
〇パスキア王国 種別:ロケーション
エスメラルダ王妃は、アテナをこのパスキアの王子と結婚させようとしている。もちろん、政略結婚である。




