第468話 『縁談の話』
――――玉座の間。そこでお父様は、私を待ってくれていた。隣にはエスメラルダ王妃。
お父様は私の姿を捕らえるなり、玉座から立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。私が戻る話を聞いて、首を長くしてくれていたのだろう。
「おおーー!! アテナ!! 久しぶりじゃな、元気にしとったのか?」
「え? あ、うん! 元気だったよ、お父様も元気だった?」
「余は元気も元気、元気溌剌じゃー」
「あうっ」
お父様はそう言って私を抱きしめた。その両手には、ぎゅっと強い力がかけられていた。冒険者としての活動をしていいとは許可してくれたけど、どれ程私の事を心配してくれていたのか――それが伝わってくる。
「しかしー、あれじゃ。やはり、いくら健康面で元気といえども、最愛の娘がおらんというのは、しょんぼりじゃ。アテナよ、今回はいつまでこの城に滞在するつもりじゃ? お前の事だ、冒険者をやめて帰ってきた訳ではないのだろ?」
私を抱きしめ、髪の毛を何度も撫でつけながらお父様はそう言った。私は抱きしめながらも、エスメラルダ王妃に目をやる。
すると、エスメラルダ王妃は私とお父様の親子の再会を、死んだ魚のような目で眺めると、やがて口を開いた。
「あなた。アテナに帰ってくるように呼び戻したのはわたくしですわ」
「な、なんとな? まさか、お前……鎖鉄球騎士団を使って、陰で何やらやっておるのは知っておったが……それでも、娘の事が心配で後をつけさせておるのではと思って……違ったのか」
以前ここへ帰ってきて再び出立した時に、お父様の言葉を無視して追ってきたゾルバ・ガゲーロ率いる鎖鉄球騎士団。
お父様もその事は、あの時に駆け付けてくれたローザから話を聞いているだろう。
だけど、ガンロック王国を旅する時にカッサスの街で再びゾルバ達に追われ、戦闘になった事をきっとお父様は知らない。まあ別に私も、今更ねちねちと言いつけたりはしないけど。
「アテナは、わたくしと約束をしましたのよ。兼ねてからわたくしが進めていたパスキア王国との縁談。アテナはドワーフの王国へ行って、見事にリザードマンやドゥエルガルから、ドワーフの王国を救ったそうですわ。それでもう気も済んだでしょう」
「そ、それは知っておる。既にドワーフ王ガラハッド・カザドノルズからその事での感謝の言葉が綴られた書状が余のもとに届いておる。しかしそれとパスキア王国との縁談、何が関係あるんじゃ」
お父様がそう聞くと、エスメラルダ王妃はニヤリと笑みを浮かべた。
「アテナは、ドワーフの王国を救う為にわたくしの直轄の部下達、ゾルバ率いる鎖鉄球騎士団の助力を乞うたそうです。その条件として、ドワーフの王国の一件が解決したらクラインベルト王国へもどり、兼ねてからわたくしがアテナに望んでいた縁談の話を呑むと」
また、勝手な事を言うなー。
一度王都へ帰り、エスメラルダ王妃に会うとは約束したけど、パスキアの王子との縁談を進めるなんて約束はしていない。話を聞くと言っただけ。だけど、あの時の約束はこうなる事を物語ってもいた。私はそれに気づいていて、条件を呑んだのも事実。
そう……エスメラルダ王妃に会えば、ドワーフ王国で手を貸した代償として、この条件を突き出してくる事は解っていた。
ドルガンド帝国の東に位置する国、パスキア王国。その国の王子と私を、政略結婚させるという事をエスメラルダ王妃はずっと以前から考えて進めている。
もちろん私は、いくら一国の王子だと言ってもそんな会った事もない人とお付き合いはしたくはない。だけど……あの時一人でも多くのドワーフの国の人達を助ける為には、背に腹は代えられなかった。
ミューリ、ファム、ギブン、ノエル、ジボール、ベップさん、ユフーインさん、メール、ミリー、ユリリア……デルガルドさんは心配なさそうだけど、他にも沢山のドワーフ達やルキアの友達のドゥエルガル達。
あの人たちの命を救えるのだとしたら、私の運命なんて二の次だと思った。……あの時はとりあえず、そう思っていた。だって命より重いものなんてないのだから。
だけどいくら約束とはいえ、私はまだ冒険者も続けたいし結婚はちょっと……っていうか、絶対に嫌だ。
うーーん困った、どうしよう。エスメラルダ王妃は、続けた。
「既にパスキア王国には、後程アテナを連れて伺う事になっております。既に先に馬を走らせ、パスキアにはそう伝えているのです。ですので、わたくしはこれよりアテナと共にパスキア王国へ向かい、アテナの婚約の準備を整えて参ります」
「いや、その……」
婚約はちょっと……ドワーフの国でゾルバの助けを借りた事で、こうなる予感をしていた事は事実。だからいくら嫌でもここで、でもそれは……っていうのは、むしが良すぎるかもしれない。考えを巡らせ苦しんでいると、お父様が溜息をついて言った。
「縁談というても、アテナはまだ16歳じゃろ? 余は誰ぞと結婚をするにしても、もう少し世の中を見て経験を積んで、更には徳を積んでからにすればいいと思っておる。それは王族にとって不可欠な事じゃ。そして何より当の本人は、パスキア王子との婚約を望んでいるのか?」
「望んでいるも望んでいないも、これはわたくしとアテナとの間で決めた約束なのですよ!」
エスメラルダ王妃の言葉に私は力無く俯くと、お父様がまた溜息を吐いて更に続けた。
「約束って言うけどもな、娘が望んでも無い結婚を親が無理強いして進めること自体間違っていやしまいか?」
「わたくしはそうでしたわ。わたくしの父、エゾンドとあなたによって、わたくしの意思など無視して進められた政略結婚をさせられましたわ。もちろん、わたくしは国の為、ヴァレスティナ公国の繁栄の為に、その結婚を受け入れましたけれどね。アテナ、あなたはどうかしらね。この王国の未来を考えているのであれば、簡単な決断だとは思いますけれどね」
エスメラルダ王妃の言葉を聞いて、お父様も私の隣で俯いた。お父様とエスメラルダ王妃は、クラインベルト王国の未来と平和の為に、政略結婚をしたのだ。
自分達の意思ではなく、国の繁栄と民を思うが為に――
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〚下記備考欄〛
〇セシル・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王。アテナ、モニカ、ルーニの父でエドモンテの義理の父。
〇エスメラルダ王妃 種別:ヒューム
クラインベルト王国の現王妃。エドモンテとルーニの実の母。アテナとは、特に仲が悪く関係が上手く行っていない。政略結婚でセシル王と再婚した。
〇ガラハッド・カザドノルズ 種別:ドワーフ
ノクタームエルドにあるドワーフの王国の王。息子の裏切りとリザードマンの帝国であるザーシャ帝国に攻められ、そしてドゥエルガルの反乱でピンチに陥った。しかしアテナ一行が窮地を救い、ガラハッドはアテナ達に感謝をした。アテナは、今後世界征服を目論むドルガンド帝国に対してドワーフの王国とクラインベルト王国が手を結ぶ事ができれば帝国の侵攻も防げると提案し、ガラハッドを喜ばせた。




