第458話 『シスターケイト』
教会は、寂れていた。幽霊が出そうな位に――
そして、外壁の所々にひび割れや崩れている箇所などの劣化も目立ち、廃墟のように見えた。ここに孤児たちが本当に住んでいるのだろうか。
馬車を廃墟……ではなく、教会のすぐ隣に横づけすると降りて、正面にまわった。シェリーがキョロキョロと辺りを見回す。
「しかし、こんな所に教会があっただなんてね。ここならエスカルテの街からも、そう遠くはないが……アタシも、こんな場所に教会があっただなんてまったく知りもしなかったよ」
街道から少し離れている。何もない所だし、近くには森もいくつかあって魔物も出そう。冒険者が何か依頼でも受けてこない限り、街道を外れてこんな場所にわざわざやってきたりはしないだろう。
シスターアンナは、この教会にシスターケイトというもう一人のシスターと共に、孤児たちの面倒を見ていると言っていた。だけど、気配がしない。
「本当にここに、孤児たちがいるのかニャ。気配がぜんぜんしないニャ」
「ええ。ここには、たまに盗賊達がやってきたりするんです。魔物もでますが、その場合は教会へ避難すればやり過ごせます。ですが盗賊達にもしも気付かれでもしたら、何をされるか解りませんから。だから、普段は教会の中で身を潜めているように言ってあるのです」
「そ、そうニャンニャー。それは可哀そうだニャ」
「仕方がありません。エスカルテの街で住む資金もありませんし、ここなら雨風はしのげます。魔物との遭遇は恐ろしいですが、森などに入れば食べられる野草などは手に入ります」
シスターアンナはそう言うと、寂れた教会の前に立ち扉をノックした。コンコンという通常のノックではなく、リズムがある。きっとそれは、中で潜んでいるシスターケイトと孤児たちに、シスターアンナが無事に戻ってきたという事前に決めていた合図をしているのだと思った。
これほど用心しているという事は、本当にここには盗賊が出没する可能性があるのだろう。
ギイイ……
シスターアンナが扉を叩き終えると、暫くして中から鍵を外す音が聞こえる。そして扉が少し開いて、シスターアンナとは別の年老いたシスターが顔を出した。この人がシスターケイト。
シスターケイトは、ニャー達の顔を見て戸惑いを見せた。だけど一緒にクウやルンという年端もいかない子供を連れていた事で、少し警戒を緩めたように見えた。
「シスターアンナ。この方たちは?」
「はい。この方たちは、私が森で野草を集めた後、戻る途中に魔物に襲われていた私を見つけて救ってくれた方々です。まだ魔物がつけてきているかもしれないからと、ここまで馬車で送ってくれました」
シスターアンナのその言葉に、シスターケイトは完全に警戒を解いたようだった。扉が完全に開く。すると、教会の中の方で先程まで感じなかった何人もの気配を感じた。
「まあ、それはそれは。神の思し召しですね。ありがとうございます。シスターアンナを救って頂きまして感謝いたします。わたくしは、シスターケイトと申します。立ち話もなんですから、良かったら中へどうぞ。見ての通り、貧しい暮らしをおくっておりますので、大したおもてなしもできませんが」
クウとルンの顔を見ると、頷いていた。
「それじゃ、お邪魔させてもうニャ」
「はい。こちらへどうぞ」
教会の中へ入る。すると、その奥から孤児達が顔を出した。4~5人程度だろうと思っていたけど、20人はいる。皆、骨と皮だけなんじゃないかと思える程にやせ細っていた。
ニャー達はシスターの案内で、教会の中へ通され椅子に座った。そして、まず自己紹介をして気になった事を聞いてみた。
「ニャーは、エスカルテの商人、ミャオ・シルバーバインニャ。この二人の娘は、ニャーのお店の従業員のクウとルン。そしてこの頼りになりそうな女冒険者は、シェリー・ステラと言ってニャー達の護衛だニャ。見た通り、外にとめている馬車に商品を積んでいて、それを売るためにブレッドの街へ向かっている最中だったニャ」
シスターアンナが、ニャー達に何か飲み物を運んできた。お礼を言って受け取り飲んでみると、なんの変哲もない水だった。痩せ細った孤児たちは、物陰に隠れながらもずっとこちらを見ている。
クウとルンは、ニャーの袖を引っ張った。
「ミャオ、何か私達にできる事はできないですか?」
「あの子達、ガリガリだよ。馬車に確か、食べ物が積んでいたよね」
「ニャニャ……でも、あれは売り物ニャ。商人として、なんの利益も考えニャいでそんニャ事を……」
「で、でも」
こそこそと喋ったが、シスターには聞かれていたようだった。
「わたくし達は、大丈夫ですよ。今日はシスターアンナが野草を沢山手に入れてきてくれましたからね。野草でも、工夫をすれば美味しく食べられますし、何か口にできるだけでも神に感謝をしなくてはなりません。ただ残念な事は、シスターアンナを救ってくださり親切にしていただいた心優しきあなた方に、わたくし達はお礼にこんなお水位しか、お出しする事しか叶わない事を許しください」
「そ、そんニャ事はないニャ!! ちょ、丁度喉がカラカラだったニャンニャ。ニャーー、シェリー?」
「あ? ああ! そうだな、アタシも喉が渇いていたから潤って良かった。しかも、凄く美味い水だ。こんな水、今まで飲んだ事がないな! きっと、上質な水に違いないだろう! アハハ」
シェリーの言葉にシスターケイトは優しく微笑んだ。そして、隠れている孤児たちに目をやる。
「朝方は危険な魔物も少ないですし、盗賊達に合う事も今までありませんでした。だから毎朝この子達が早起きしては、川まで水を汲みに一緒に行ってくれているんです。ですから、特に美味しいのかもしれません。この子達の優しさと、神の祝福を宿したお水ですから」
「そ、そうですか。だから、こんなにも美味しいんだ。なるほど、納得した! ハハ……」
そして、沈黙。
武芸者が武を重んじるように、商人は利を重んじる。ニャーは、その商人なのだ。
うーーん。さてはてどうしたものかと、頭を掻いた。
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〚下記備考欄〛
〇シスターケイト 種別:ヒューム
聖職者。エスカルテの街近くにある森の中にある教会に住むシスター。シスターアンナと二人で、20人以上の孤児の面倒を見ている。




