第447話 『ファニング家の姉妹 その14』
「このような場所におられましたか。方々探しましたぞ、陛下!」
――陛下!!!!
ノーマはそれを聞いて、持っていた杖を地に転がした。僕とファムは、まだピンときていない。
陛下? 陛下っていうのは……お、王様!? まさか、おじさんが王様!? それは流石に信じられなかった。おじさんを凝視すると、おじさんはドワーフの兵士達一人一人の顔を見回している。
僕らの住むこのナスタ村は、丁度国境付近の村でいまいちノクタームエルドなのかドルガンド帝国に属するのか定かではない。特産品がある訳でもないし、村民も少なく豊かな村でもないので、どちらの国も特にはっきりと主張する者もいなかった。
だけど、この村に住んでいる者達は僕らを含めて皆、ここはノクタームエルドだと決めつけていた。
理由は簡単。お父さんやお母さんも口を揃えて言っていたけど、ドルガンド帝国の国民性は自国こそが絶対至上主義であり、他の他国民に対しては価値がないと見下しているから。そして、敵になれば冷酷残忍な行いを苦も無く実行するという――
対してノクタームエルドを治めているドワーフ王国の王様は、猛々しく豪胆。慈悲深く、平和を望んでいると聞いた。実際に、多くの人達が絶賛し、慕っているのだ。だから僕達は、どちらか選ぶことができるのならば、ノクタームエルドの民でありたいと思った。この近隣にある村々は、皆同じだと思う。
……ドワーフの王国の王様……おじさんは、確かにドワーフだし、とても高価そうな鎧兜を身に着けている。そして、今現れた精強なドワーフの兵隊達もおじさんにひれ伏している。それで全てを立証していた。
ファムの小さな手をしっかりと握るおじさん。僕はおじさんの顔を見つめた。
「おじさんは、ドワーフ達の王様なの?」
おじさんと聞いて、何か言おうとした鉄のゴーレムみたいなドワーフの戦士を、おじさんは制した。そして、僕に答えた。
「ドワーフの達の王ではない。このノクタームエルドの王だ。ガラハッド・カザドノルズ、それが余の名だ。黙っていて済まなかったが、部下を振り払い単身でドルガンド帝国の動向を探っていた。すまなかったな、ミューリ、ファム。でも、それ以外でそなたらと語った事は全ては本心だ」
王様と聞いて、他のドワーフの兵隊のように僕は慌てて跪く。ファムもそうしようとしたが、おじさんはファムを抱きかかえて笑顔を向けた。
「これよりミューリとこのファムは、余の娘とするのでな」
その言葉に兵隊達がどよめく。そして、鉄のゴーレムのようなドワーフの戦士が言った。
「そのような事、勝手に申されましては混乱を招きますぞ!! ガラード様に何と言われるか!!」
「かまわん。正式に王族に迎え入れるという事ではない。内々の話だ。この幼い姉妹を、今後は余の保護下に置く。この【ウィザード】もだ。王国に、彼女の店を出店させられるように手配せよ」
「内々……そういう事であれば。お世継ぎは、ガラード様でお代わりはないという事ですね」
「戦士長ギリム!! くどい!!」
「御意!!」
おじさん……王様は、僕とファムを娘と言ってくれた。保護下に置くという事も。それは、凄く嬉しかった。山で偶然出会った僕らに、こんなにも親身になってくれるなんて。
でも僕は、ナスタ村をこんな風にした者が何者なのかを知りたかった。こんな事をする者達を、決して許せないからだ。
王様が僕達にやる事があると言っていたのは、この者達の動向を探っていたという事。
「一つ、教えていただきたいのですが、王様」
「グワッハッハ! そなたらはまだ子供であろう? 子供は子供らしい言葉遣いをすればよい。王国に行き、人目のある公然の場では余の立場を理解し、協力して欲しいが今みたいな場所では、子供らしく接してくれぬか。これは、余の折り入っての頼みだ」
僕はファムと目を合わせる。そして、頷いた。
「そ、それじゃあ……王様は、ここへ何しに来たの? 何かあって来たと言っていたけれど、それって僕らの村を襲い、焼き払った者達を探そうとしていたか、そうさせないように見張ろうとしたんじゃないのかと思って。そうなんでしょ? それなら村の皆の命を奪い、村に火を点けて家を焼き払った者達を知っているでしょ? そんな酷いことをする者達が、何者なのか教えて欲しい」
「ふむ、知っている。だが、それを知ってどうするというのだ? 復讐でもするのか?」
僕は真っ直ぐに王様の目を見て頷いた。
「復讐と言うのなら、教えたくはない。余は、国境付近の村々が襲撃されるのを予測し、そうさせまいと以前から警戒していた。だから、なんとか先に動いてそうさせないように手を打とうと反対意見を持つ者達を振り切って単身やってきた……だが、守れなかった」
国境付近の村々が襲われる……それで、理解した。
「僕らの村を襲ったのは、ドルガンド帝国だね……そんな、いったい何のために!! 僕らがいったい帝国に何をしたっていうの!?」
「我が国と帝国の国境付近の村々は、帝国の行いを恐れ皆自分達はノクタームエルドの民だと公言していた。しかし民がノクタームエルドだと主張するのなら、その民が住む土地もノクタームエルドという事になる。正式には定められていなくてもな。つまり……領土拡大を目論む帝国の……単なる見せしめだ。襲われたのは、そなたらの村だけではないだろう」
見せしめ……そんな理由で僕達のナスタ村の村人は殺され、村は焼かれたの?
……僕とファムは結局、村の皆や村長に謝る事もできなかった。間違いをしたのに、謝ることもできないなんて。王様は言った。
「これより余は、このドワーフ兵達を率いて近隣の村々を見て回る。この国境地帯はどちらの国に位置するのか定められていない場所だが、民が余を頼ろうとしてくれている以上放ってはおれん。兵士をつける。ミューリとファムは、先に我がドワーフの王国へ行き余の帰りを待っていてくれ」
「王様! それは少し待って欲しい!」
「ん? なぜだ? ノーマも一緒だ。それにここは危険なのだぞ」
「僕らはあのキャンプに戻りたい。そして、ノーマに魔法を教えてもらって強くなる。だから、少しだけ待って欲しい」
王様は暫く考える素振りを見せると、ノーマの顔を見て言った。
「ノーマ、二人を頼めるか? そして、二人に魔法を教えてやってくれ。それで納得したら、二人を無事にドワーフの王国へ連れてきて欲しい。内々なるものだが、余とそなたらはもう身内だ。余がそなたらを招きたい」
「は、はい!! 陛下!! ありがとうございます」
ノーマは、王様にそう答える。先程まで、ノーマも王様の事を冒険者のドワーフのおじさんとして接していたので、この光景がなんとなく不思議に思えた。
僕は、ファムの手を引くとノーマの傍に行き彼女に頭を下げた。
「ノーマ、僕にあなたの魔法を教えて欲しい! 火属性の魔法を教えて欲しい!!」
僕とファムの両親の命を容赦なく奪った憎むべき病気。その病気を炊き払ったのが、火だった。そして、僕らの生まれ育った村を焼き払ったのも火。
火は、使い方次第で薬にも毒にもなる。僕は、その火を操れるようになって、これ以上自分の大切なものを傷つけられないように強くなりたいと思った。
「ファムも!! ファムも教えて欲しい、ノーマ!!」
「解った。ミューリにもファムにも教えそう。それじゃ、ここは危険だし早速移動するぞ。それから山にあるあたし達のキャンプに戻って、魔法の特訓を始めよう。それでは、陛下」
僕とファムとノーマは、こうしてガラハッド王と一時的に解れた。魔法を習得したら、王様のいるドワーフの王国へ行ってみる。
力を付けた時、その力で帝国が僕らにしたように奴らを焼き払って同じ気持ちにさせてやりたいとも思った。だけどその反面、大切なものを守る為に魔法を習得したいという思いがあるのも事実だった。
魔法を習得し終えればまた会えるというのに、王様は僕らが行く姿をずっと見送ってくれていた。
「ミューリが火属性なら、ファムは風属性を覚えたい」
「え? なんで?」
「だって、火と風は相性が良さそうだから。そうしたら、ノーマのようにファム達も凄い冒険者になれるかもしれない」
「うん、確かに色々と手を出すとかじゃなくて火とか風とか属性魔法一つに絞り込んで練習していけば、それに関して言えばエキスパートになれるかもね」
ファムの言葉に僕は、本当にそう思ったことを口にした。
ノーマは自分が凄い冒険者と言われた事に、少し恥ずかしそうな顔を見せた。だけど、とても嬉しそうだった。
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〚下記備考欄〛
〇ギリム 種別:ドワーフ
アイアンゴーレムの異名を持つ、ドワーフ王国最強の戦士長。その身体は鋼のごとくガチムキで、その上に鋼鉄のフルプレートアーマーを着込んでいるので、鉄の塊と見間違える。肉が大好物で、よく部下のドワーフ兵を連れてはドワーフ王国の飲食街の焼肉屋へ行く事が多い。そこへ行けば部下と共に、大量の肉と共に樽で酒も注文するという。一人称は「自分」。
〇ガラード・カザドノルズ 種別:ドワーフ
ドワーフ王国の王、ガラハッドの息子。父親譲りの武勇があるが、喧嘩っ早く短気。かつてガラハッドにはガラードの他に二人の娘がいたようだが……




