第444話 『ファニング家の姉妹 その11』
山の中に崖があり、その下に水が流れていた。
なんとか、下におりて水を補給しようと思い、覗き込むとその崖下になんと奴がいた。おじさんを襲ったグリーディーボア。
「いたよ! おじさん!!」
「いたな。しかし、この崖下で奴と戦うのは不利だ。狭い所じゃ、蛇の方が有利に戦える。だから、この場所まで奴をおびき寄せ戦おう。ミューリとファムは、向こうの岩陰に隠れよ。そして余が、あの蛇を見事に仕留める所をしかと目に焼き付けよ」
「うん、お父さん」
――!!
暫し沈黙。僕は、顔から火が出るかと思った。
すると、おじさんは僕を抱きしめて言った。
「余もそなたらの事を、失ってしまった娘の生まれ変わりかもしれないと思った。一緒に夜空に浮かぶ満天の星々を眺めている時に、ふとそう思った」
「ファム、ファムもーー!! お、お父さん!!」
「グワーッハッハ!! なんとも二人とも、甘えん坊だな」
ファムも我慢できなくなったようで、おじさんに抱き着いた。おじさんは、僕とファムを優しく包んでくれた。そして、頭をクシャクシャっと雑に触ると背中を押した。
「ほれ、あの岩の陰にいってるんだ。この山から、お前達の住む場所は近い。よって、あの危険な大蛇はこの場所には不要だ。退治するから、見ていなさい。……ノーマ。そなたもだ」
「ヒャッヒャ。あたしゃ、こう見えても冒険者だって言っただろ? あの蛇を退治するなら、あたしも手伝うよ。ただし、年齢的にももう限界を感じているからね。魔物退治は、これで最後にするよ」
おじさんは解ったと首を縦に振り、グリーディーボアの注意を引く為に崖下に向かって何かを投げ落とそうと、周囲を見回して大きな石を探し始めた。すると、ノーマが杖を翳して崖の方へ進み出た。
「奴に何か投げつけて注意を惹きたいのなら、それこそあたしの出番だ。あたしゃ、こう見えても【ウィザード】だ」
ノーマは、崖下を這いずるグリーディーボア目掛けて杖を翳し、魔法詠唱した。
「炎よ! 悪しきものを焼き払え! ≪火弾の魔法≫!!」
ノーマの翳した杖の先端に魔力で生成した火が集まり、火弾になると崖下のグリーディーボア目掛けて飛んだ。僕はノーマの生み出した火を見て、心がざわつく。お父さんとお母さんが、焼かれた炎。
だけど、もうノーマが悪くないという事は十分に理解している。ファムも同様。ノーマの炎を見て動揺しても、乗り越えなければならない。僕らはもっと強くならないと――
ノーマの放った火弾は、崖下を這いずるグリーディーボアの背に直撃した。グリーディーボアは、その直撃した痛みと炎に身を包まれて、身体を激しく捩っている。そして、崖下に流れる水で火を消すとこちらを睨みつけてズルズルと物凄いスピードで崖をよじ登ってきた。
「く、くるぞ!! ミューリとファムは決してこちらに出てくるな!! それとノーマ、そなたも無茶をするな!!」
「心配をするなら、自分の心配をどうぞ。あたしゃ、こう見えてもベテランだ!! そろそろ蛇が崖からあがってくる!! ほら、来た!! ≪岩の針≫!!」
ノーマの言ったように、グリーディーボアが崖から這い上がってくる。するとノーマは、魔法を詠唱した。
地面が盛り上がり、それが無数の大きな針となって突き立った。しかし、グリーディーボアは器用に身体を捩り、かわそうとする。完全には避けきれず、長い身体のあちこちを岩の針で傷ついたが、グリーディーボアは躊躇せずにノーマに襲い掛かった。
「これでも向かって来るか!!」
「下がれ!! ノーマ!!」
そう言って、おじさんが前に出る。グリーディーボアが、大きな口を開けてノーマに喰いつこうとした所で、おじさんは背負っていた金属製の盾を前に突き出して防いだ。そして、盾を持つ逆側の腕で重量感のある戦斧を振るった。
シャアアアアアア!!
おじさんは、グリーディーボアに傷をつけた。そこで、ノーマが更に攻撃魔法を唱える。
「電撃よ!! 魔物を貫け!! 《電撃魔法》!!」
ノーマが翳した杖から、稲光のようなものが放たれグリーディーボアの身体を貫いた。すると、グリーディーボアは雷に撃たれたかのように、その長い身体を痙攣させる。
「ここだあ!! うおおおおおおっ!!」
おじさんは、チャンスとばかりに盾を放り出すと両手でしっかりと戦斧を握り、近くの岩に飛び乗りグリーディーボア目掛けて思いきり跳躍した。
そして、力一杯に戦斧を振り下ろしグリーディーボアの首を切断した。
グリーディーボアは首を切断されてからも少し暴れたので、おじさんやノーマは僕とファムの隠れている方へ走ってくると一緒に身を隠した。すると、ようやくグリーディーボアは絶命した。
僕とファムは、おじさんとノーマの勝利に喜んだ。そして、ノーマに聞いてみた。
「ぼ、僕もノーマみたいに魔法が使えるようになりたい」
「ファムも、ファムも!!」
僕がそういうと、ファムも遅れまいとノーマに言い寄った。ノーマは、笑いながら言った。
「かまわんが、魔法は素質が必要だ。それに、努力ももちろんいる。それこそ、一朝一夕では覚えられんぞ。それでも、覚えたいか?」
僕とファムは、顔を見合わせるとノーマに「うん、お願いします!」と頭を下げた。おじさんは、そんな僕達を横目に見ながら微笑むと、倒したグリーディーボアに近寄った。
「良かったな、二人とも。さてと、それじゃこの蛇を解体して肉をキャンプへ持って帰ろう」
僕は、それをそうするだろうなと思ってはいたけれど一応聞いてみた。
「ほ、ほんとにこの蛇の魔物を食べるの?」
「もちろん、食う。こいつは、きっと美味いぞ」
僕とファムは、おじさんのそのセリフを聞いて笑うと、早速肉を切り出す作業を手伝った。
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〚下記備考欄〛
〇火弾の魔法 種別:黒魔法
下位の火属性魔法。魔力を注いだ火の弾を撃ち出して目標を攻撃する魔法。下位の黒魔法の中ではかなりポピュラーな魔法だが、遥か昔からある魔法であるから古臭いと思われているのか、あまり若いウィザードは好んで使用しない。
〇電撃魔法 種別:黒魔法
下位の雷属性魔法。手から電撃を放ち、敵を攻撃する。ダメージを与える以外にも相手によっては、痺れさす事も可能。




