第442話 『ファニング家の姉妹 その9』
――――翌朝。
おじさんは、僕らのキャンプに泊まった。僕らは洞穴で寝ようとしたけど、おじさんは焚火の前で寝ると言ったので僕らも同じように焚火の周りで寝た。おじさんがいるなら、特に危険はないと思ったから。
おじさんはあんなに重い戦斧を軽々と持つことができる位に強いし、星空が綺麗に見える程天気も良かったので、僕もファムもそうしてみたかった。
起きると、おじさんは早速出発の準備をし始めた。だから、僕とファムは必死におじさんを引き留めた。
「おじさん、何処かに行くの? 僕ら、もう少しおじさんと一緒にいたい!」
「ファムも!」
すると、おじさんは少し考える素振りを見せたが、直ぐに答えてくれた。
「ならば条件がある。村人達がそなたらにした事は、全て村と自分達の家族、そしてそなたらを守る為にした事だ。もう察しておろう? だから、そろそろ許してやれ」
「許すって……」
「ナスタ村へ帰れという事だ。だが、直ぐには無理だろう。それも解る。だから、一週間だ。一週間、儂はここでそなたらと共にキャンプをしよう。その代わり、一週間が過ぎればそなたらは村へ帰るのだ。それが条件だ」
僕とファムは顔を見合わせると、おじさんに頷いて見せた。すると、おじさんは両手でそれぞれ僕とファムの髪の毛を雑に弄ると、にっこりと笑った。
「それで、今日は何処かへ行くの? 何か用事があるって言ってた?」
「ああ。用事とは別だ。今日は、あの大蛇を探す」
グリーディーボア。おじさんと出会った時に、おじさんはその蛇の魔物に襲われ足を踏み外して山の斜面を転がって倒れ込み、意識を失っていた。
「グリーディーボアを探してどうするの?」
「退治する。あの大蛇は危険だ。それに、あの種の魔物は人を平気で襲う。そなたらの村もここからそう離れてはおらんしな。退治しておいた方が良い。それが余の務めだ」
余の務め? 変な言葉と使うとは思った。だけど、ドワーフと言う種族に会うのも初めてだから、これがドワーフなのだとそれ以上特に何も思わなかった。
「それじゃ、行って来る。必ず戻るから、そなたらはキャンプから動くな。少なくとも大蛇を退治した後、儂がここへ戻ってくるまでだ。それまで辛抱せよ。それと、何か今日の分の食べ物も見つけてくる」
解った……そう言おうとしたが、ファムがおじさんの腕を強くつかんだ。
「ファム達も行く!! ファムとミューリも一緒に行って、グリーディーボアを倒す手伝いをする!!」
「いや、それはならん! そなたらはまだ幼い。ここで大人しく待っていろ」
しかし、ファムは頑として言う事を聞かなかった。
本当は僕も一緒に行きたかった。だから、ファムを押しておじさんを説得する事にした。駄目だというおじさんの腕にファムが張り付いている。まるで、森の小猿みたい。
時間をかけて説得し続ける。すると根気よく説得し続けたからか、ようやくおじさんは折れてくれた。
ちゃんと、おじさんの言う事を聞く事と、辺りを十分に警戒し、少しでも危険を感じたらおじさんを置いてキャンプまで走って逃げるという事を条件とし、必ず約束するという事で、ついていける事になった。
だけど僕らは、この日はそのおじさんを襲ったグリーディーボアに遭遇する事は無かった。
でもその代わり、僕とファムとおじさんの少し可笑しくて楽しいキャンプ生活が続いたのだ。
――――おじさんとの共同生活5日目。
その日の夜、僕とファムとおじさんはこの小さな湖の畔で3人川の字のように横になって星を眺めていた。僕はおじさんと知り合って、ようやくある事に気が付いた。
そう言えば、おじさんの名前を聞いていない。ずっと、僕もファムもおじさんの事をおじさんと呼んでいる。だから、この機におじさんに聞いてみる事にした。
「ねえ」
「ん? なんだ、ミューリ」
「そう言えばおじさんの名前を聞いて無かった。教えてくれる?」
「ファムも! ファムも知りたい!」
「ほう。そう言えばそうだったかな。ずっと、おじさんだったからな。儂……余の名は、ガラハッドだ」
「ガラハッド……」
おじさんの名前をそう呟くと、隣に転がっているファムも僕と同じように呟いていた。
そうして、また暫く星を眺めていると、ファムが言った。
「おじさんは、夜空だけじゃなくて、よく空を眺めている。そんなに空が好き?」
ファムの質問におじさんは、大笑いした。
「余は、ノクタームエルドの大洞窟に住んでいる。今はちょっとやる事があって外の世界にいるが、普段は地底のような所にいるんだ。だから、外の世界に出た時はこの時とばかりに空を見ているのだよ」
「やる事って? あのグリーディーボアを退治する事?」
「それは追加任務だな。もっと大事な事があってやってきた」
それは、なんだろうか? おじさんは一番大きく輝く星空を一点に見つめてそう言った。それは何? 更に聞こうとすると、目の前に何者かが現れた。
僕とファム、そしておじさんは直ぐに起き上がり斧を手に取り構えた。
「そろそろもう間もなく一週間になる。いい加減、つらくなってべそをかいて村へ戻ってくると思ていたが……まさか、何処かのドワーフの冒険者と共にここでの暮らしを続けているとはな」
老婆。ノーマだった。
「そろそろ帰ってこい。村の皆も村長も……毎日お前達の事を心配しているぞ。両親の事についても、もう一度お前達と話をしたいと言っていた。病が広がらないうちになんとかしなければと、それだけに気を取られてお前達の気持ちをちゃんとくんでやれなかったと何度も言って後悔していたぞ」
僕とファムは、ノーマの話を聞いて視線を落とした。本当は、もう僕達も理解している。どうしようもなかった事だって。
そして、時間だけでなくこの山で知り合ったおじさん……ガラハッドに十分に癒してもらった。
ノーマが話し終わると、おじさんは僕とファムの肩にそれぞれ手を置くと何度も頷いた。
僕とファムは、ノーマの目を見つめると「心配をかけてごめんなさい」と謝った。




