第440話 『ファニング家の姉妹 その7』
おじさんは、なぜ僕達がここに住んでいるのか理由を聞いた。僕達は、ナスタ村であった事をおじさんに話した。
――焚火を囲う。
僕とファムの両親がとても重い病におかされ苦しんだ。村の者達は助けてくれるどころか、僕らの両親を家に閉じ込め見殺しにした挙げ句、ノーマと言う魔女に僕らの両親の亡骸を焼かせた事など話した。
おじさんは、僕らの話を聞いている間ずっと聞きに徹して言葉を発しなかった。
全て話し終えると、おじさんは焚火をじっと見つめて暫く沈黙した。
その沈黙を破るかのように、僕とファムのお腹がぐーーっと鳴った。お腹を押さえると、おじさんは大笑いした。
「ウワーーーッハッハッハ。そう言えば、もう日も暮れてきているな。儂も腹が減ったわ。そう言えば、そなたらはここで何を食べているんだ?」
僕とファムは、山で採った葡萄や木の実、キノコなどを見せた。
「ほう、これはなかなか。……しかし、あれだな」
「うん。僕らもそろそろお肉が食べたくて。それで、兎なら獲れるかなと思って追ってはみたんだけど……」
「獲れたのは、倒れていたおじさんだけだった」
ファムがそう付け加えると、おじさんはお腹を抱えて笑い、ファムの頭を雑に撫でた。
「やめて。髪の毛がボサボサになった」
「ウワッハッハ。それじゃあ、特別に儂がそなたらにいいものを食べさしてやろう」
「え? おじさん、何か作れるの?」
「お肉、持っているの?」
僕とファムの質問に、おじさんはウインクした。普段、そんな事をしないのだろう、かなりぎこちないガッチガチのウインクだった。
「一応、肉などの食材を持ってきておる。だが、そんな事よりも儂は、普段は人に料理なぞをしたりはせん。だから、これは本当に特別な事なのだぞ」
「へえー」
どういう事だろう? 僕の代わりに、ファムが適当な相槌を打った。
おじさんは、重そうな自分の荷物を焚火の近くまで持ってくるとゴソゴソとそれを漁り始める。中から、3人分の皿とスプーン、コップを取り出すとそれをファムに預けた。
「え? なにこれ?」
「うむ。目の前に湖があるだろう。それを洗ってきてくれ。綺麗だとは思うが、折角水源があるしな」
「え? ファムが? ファムが洗うの?」
「そうだ。儂の特別な料理を食べるのだろう? 働かざる者、食うべからずだ」
「え? でもミューリは? ファムだけ働くの?」
おじさんは、プクククっと笑いを堪えるとまな板と包丁を取り出して、ミューリに渡した。そして、葱、玉葱、大蒜、人参等の野菜も手渡す。
「ミューリは、ファムより少しお姉さんだからな。少し、難しい仕事を与えよう。この食材を、微塵切りに切れ」
「み、微塵切り? 僕が? やり方が解らないよ」
「なんだと、母親に習わなかったのか?」
そう言われて一瞬、顔を曇らせてしまった。おじさんは、直ぐに察して僕の頭をポンポンと軽く叩いた。
「よし、いいだろう。儂が自ら教えてやろう。いいか、ミューリ。じゃあ二人ともまず、手を洗うんだ」
「おじさんもでしょ!」
「そうだ、おじさんも手を洗う」
3人で仲良く手を洗い、食器を洗い、調理をし始めた。最初は不満げなファムだったが、手伝いを始めるとおじさんにべったりで、楽し気にしている。表情で直ぐに解った。
僕も知らず知らずのうちに、笑顔になっていておじさんに手取り足取り、調理を教わった。でも野菜の皮むきはまだ早いと言われ、人参や玉葱の皮むきはおじさんがやった。おじさんは凄く偉そうにしていたが、剥いた野菜の形は少し歪だった。
玉葱を微塵切りにする作業は酷かった。僕もおじさんも、目から涙が溢れて止まらなくなり、ファムはそれを見て笑い転げていた。
楽しい下準備が終わると、おじさんは荷物から大きな鍋を出した。まるで、鉄製のスモールシールドのような形をした変わった鍋。それに取っ手がついている。
焚火に薪を足すと、そこに鍋を乗せ、脂を放った。鍋全体に油が行き渡ると、さっき頑張って切った野菜を放り込む。ジュジュジューーっと食材の焼ける音。更におじさんは、そこに僕らが作業していた間に準備していた小さく刻んだ肉ブロックを放り込んだ。
金属製のヘラで鍋の中の食材を慣らし、炒める。いい匂いが辺りに漂う。ファムは、興奮し始めて焚火で大きな鍋を片手に扱い調理を続けるおじさんの周りを、ぐるぐると飛び跳ねて回った。
「凄い、いいにおい!! なにこれ、なにこれ? いったい何ができるの!?」
僕も興味津々だった。
「これは、もしかしてドワーフの料理なの?」
おじさんは、首を横に振る。
「ドワーフの料理ではない。だが、ドワーフは製鉄技術を得意とし、火と共存し炎を操るのも得意だ。それは、料理にも繋がる。例えばこの鍋は、我らドワーフが作り出したものだ。鉄の他にマグマンド鉱石という特殊な鉱石を使用して作り上げている。マグマンド鉱石を利用して調理器具を作れば、より熱を上昇させて更に美味しい料理を作り上げる事ができるという訳だ」
僕もファムも、もうおじさんのその言葉と調理に目が釘付けになっていた。
そんなこんな夢中になっていると、気づかぬ間に辺りは次第に暗くなり、空にはもう月が見えている。
辺りも寒くなり始めていたが、おじさんがいる事と焚火の火力でいつもよりも段違いで、暖かく感じた。それがまた、とっても不思議に思える。
「さーーて、ここからが見せ場だぞ!!」
おじさんはそう言うと、荷物から調味料と卵、そして包み紙を取り出す。
包み紙を広げると、中には冷えたライスの塊がいくつも入っている。それを全て鍋に投入すると、いくつかの調味料を加えて、金属製のヘラと鍋の取っ手を掴み、巧みに動かしてその鍋に入った全てを炒めてみせた。
これは、とんでもないものができたと僕とファムは、ポカンと口を開けて驚いていると、そこに更に卵を3つ割って入れて、食材と一緒になって色鮮やかになった炒められたライスに、絡めた。
僕とファムは、もうこれは神様の食べ物だと思った。




