第437話 『ファニング家の姉妹 その4』
草木の生い茂る山の中を歩いて行くと、山道に木漏れ日が差し込んできた。そして鳥たちのさえずりが聞こえる。
「気持ちいい陽気だね、ファム」
「うん。でも、お腹が減った」
「それじゃ、ファムも辺りをよーく見て、葡萄とか実っていないか探してみてね。ぼーっとしてると、見落とすかもしれないから、注意して探してみよう。でもあの洞穴からは、あまり離れない方がいいからそうしよう。魔物がでたら、怖いし」
「うん。これだけ自然豊かな山だと、きっと魔物はいるよ」
ファムの手を強く握る。そして、自分のザックから家で見つけた調理用のナイフを取り出すと、それを湖畔で見つけた棒の先に縛り付けて槍を作り、護身用の武器にした。
「ミューリ」
「なに、ファム」
「その素敵な槍。ファムもそれ欲しい。魔物、でるかもしれないし、そうなったらミューリだけに戦わせられないし、二人で戦った方がより確実で安全。だから、ファムもファム専用武器が欲しい」
「でも、ファムはまだ小さ……」
「ファムは戦える! 足りないのは武器だけ! だから武器が欲しい!」
何処かのレジスタンスのセリフかと思って笑ってしまった。ファムは、こう言い出したら何を言っても聞かない。性格は好奇心旺盛だけど、それに匹敵する程に極めて頑固なのだ。
「解った。じゃあ、僕がファム専用の武器を作ってあげるから。ちょっとここで、待ってて!」
「やった。ありがとう」
その辺をキョロキョロと見回すと、また杖にも槍にもできそうな手ごろな長さの棒を見つけた。試しに折ろうとしてみたけど、折れない。これは丈夫な棒。それを手に取ると、槍の方をファムに渡した。
「はい、ファム。こっちが、ファムの槍ね」
「素敵な方の槍……いいの?」
「うん、どうぞ。ファムの方がなんとなく、槍を使うのに適している感じがするし、この丈夫な棒……杖としても武器としても上手く使えそうだから気に入った。僕はこれがいい」
そう言ってファムに微笑みかけると、ファムも笑った。お父さんとお母さんが病になった日から、始めて笑った気がした。
「それじゃ、これで武器も手にして強くなったことだし、食べ物を探そうよ」
「うん、ファムに任せて。ファムは見つけるのも得意」
一緒に草が生い茂る場所――木々が何本も連なって生えている場所を探した。すると、ようやく見つけた。
「あった!! あったよ、ミューリ!!」
「どこどこ!!」
ファムの手を見ると、山葡萄。本当にあったんだと思って、その隣の細い木を見るとその木に巻き付いている植物の蔓に葡萄が沢山実っていた。
「早速、間違いでないか調べてみよう。似ているだけで、毒とか食べられないものかもしれないし」
「それならファムに任せて!」
ファムは、興奮している様子だった。なんであれ、元気を少しでも取り戻してくれて良かったと思った。
ファムは色々動植物の事が記された本を開くと、そこに描かれているものと今手に持っている葡萄が同じものか入念に確かめた。
「どう、ファム」
「うん、間違えない。これは食べられる山葡萄」
「本当に、大丈夫?」
「ファムとこの本を信じて! ちゃんと食べられる」
そうは言ったものの生まれてこの方、村の外でこんな事をした事はなかった。お父さんに連れられてたまに山を歩いたり、狩りの手伝いをした事はあったけど……
僕とファムは、それぞれここで見つけた葡萄を手に取ると思い切って同時に食べてみた。少しでも、痺れや苦みのようなものがあれば、吐き出そうと思った。
ムグムグムグ……
葡萄は、少し酸っぱくてとても甘かった。そう、美味しかったのだ。
僕はファムと顔を見合わせると、採れるだけ山葡萄を取ってお互いのザックやショルダーバッグに押し込んだ。
「よし、大漁大漁! これだけあればお腹も満たされるかな。それじゃ、僕らのキャンプへ戻ろう」
「うん」
洞穴に戻る途中、ついでに薪を拾った。
そして、キャンプに戻ると洞穴の前の石にノーマがまた腰掛けていた。僕らが戻ってくるのを待っていたのだ。僕らはノーマに近づくと、彼女を問答無用で睨みつけて言った。
「帰れ! 村へ帰れ!」
「ミューリ……それにファム。お前達と話がしたい」
「話などない!! この魔女め!!」
「お前達はまだ幼い。お前達は、あたしがお前達の両親を殺した風に思っているんだろうがな。それは、既に手遅れだったんだよ。お前達の両親は既に、病に侵されていた」
またこの話!! そう思った刹那、ファムが今にも泣きそうな顔をした。だから、ノーマを追い払った。
「うるさい、うるさい!! 帰れ!! 村に帰れ!! 僕らは、魔女の顔なんて見たくもないんだよ!! 早く帰らないと、この棒でひっぱたくよ!!」
「あー、わかったわかった。じゃあ、また来るからね」
「来なくていい!! 早く、向こうへ行け!!」
僕らの両親を死に導いた魔女。ノーマを追い払うと、僕はファムを慰めた。そして、機嫌をとろうと集めてきた薪を組むと、焚火をしようとした。
しかし、焚火をしようにも火が無い事に気づく。夜になれば、きっと寒くなる。しかも、灯りも月明かりだけになるし、獣避けにも火は必要。
「ファム。マッチ持ってる?」
首を振るファム。
「……もってない」
僕は、歯を喰いしばると思いきり溜息をついた。こんな時に、もし僕が火の魔法が使えたら――
!!
僕は火を点ける方法を思い付いた。できれば、それはしたくない。でもこのままじゃ、夜になってファムが寒さで眠れないし、魔物に襲われる可能性もある。
僕は思いきって、今追い返したノーマの後を急いで追いかけた。考えたくないけど、ノーマは火の魔法は使える。それで、お父さんとお母さんを焼いたのだから。
後ろから後をつけてくるファムの顔を、ちらりと伺った。
……絶対にあんな魔女に頼りたくない。頼りたくはないけど、今はその力が必要だと思った。




