第435話 『ファニング家の姉妹 その2』
ノーマの事が許せなかった。村長も、村の皆も許せない。なぜなら、皆で寄ってたかって僕とファムの大切なお父さんとお母さんを見殺しにし、その亡骸を無残にも焼き払ったから。
僕達は決して、皆を許さないと思った。
「ミューリ……お腹減った」
「ちょっと我慢して、ファム。どうするか考えるから」
いくら村の皆を許さないと言っても、幼い僕らにはどうする事もできなかった。だからと言って、村長や村の人のお世話にもならないと生きてはいけない。だけど、お父さんやお母さんを殺した皆に助けてもらうなんて事はできない。憎むべき相手に助けてもらわないとだなんて、絶対にありえない。
あの日、突如村にやってきた【ウィザード】のノーマ。……両親を無惨な死に追いやった彼女を許さない。
あの時、僕らは小屋に閉じ込められて魔法で結界を張られていたが、もう安全だとノーマは結界を解除した。僕らはその隙をついて、勢いよく飛び出してこの山に逃げ込んだ。
ノーマが「待て」と言ったが、僕らの親を死に追いやっておいて、どの口がそんな事を言うのかと思った。
――山。なぜ、ここを選んだのかというと、単純明快。ノクタームエルドに連なる岩山の中にあるこの草木の豊富に生えた緑溢れる山には、食べ物も沢山あって子供の僕らのにも工夫をすれば、どうにか生きていけると思ったからだった。
隣国のドルガンド帝国は、国民全員が帝国至上主義で恐ろしい国だと聞いていたので、踏み入る勇気はなかった。
お腹を鳴らし、喉が渇いたと呟くファムの手を握り山道を歩く。
ファムがついにへたり込んでその場に座り込もうとした時に、目の前に小さな湖を見つけたのでそれを指さして、ファムに水があるよと言った。
「ファム! 湖があるよ! あそこに行けば、水が飲めるよ!」
「本当に? あっ。本当だ! お水がある!」
ファムの手を引いてその小さな湖に駆け寄った。
「ミューリ、このお水、飲んでもいい?」
「待って! 一応、まず僕が調べてみるね」
まずは湖に顔を突き出して、湖の水が飲めるか観察する。すると、水は底が見えそうな程に透き通っていて、少し離れた所には水草も沢山生えていた。
あの水草には見覚えがある。
昔、兎を狩りにお父さんとここじゃないけど、近くの山に入った時に同じように小さな湖があって、この水は飲めると教えてくれた。そう、あの水草があれば大丈夫だって――あの水草は、汚れた水を綺麗にしてくれるんだって教えてくれた。あの時は、それが何の役に立つのだろうと思ったけど……
両手で水を掬って、口に近づける。そして、ごくごくごくと一気に飲み干した。ファムが、相当喉が渇いているのか、「どう? 大丈夫?」と僕の顔を落ち着き無く覗き込んでくる。
僕はそんなファムの顔を見ると、唐突に両手で自分の喉を押さえてその場に転がる。顔を歪めて苦しそうな声で呻いて水を吐いた。
「うぐうっ!! く、くるしい……ファム、助け……」
「えええ!! ど、どうしたの? ミューリ!! やめて!! そんなの嫌!! ミューリも死んじゃうなんて嫌ああああ!!」
「ぐはあああっ!!」
僕はそのまま、ひっくり返ってうつ伏せになり動かなくなった。ファムが慌てて僕の身体をゆすり、泣き叫んだ。
「ええええーーーん!! 誰か!! 誰かミューリを助けて!! いやあああ!! ファムを一人にしないでええええ!!」
ファムの必死な声。僕は、もう我慢ができなくなって笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。気づいたファムが、大声をあげる。
「嘘だったの!? 具合が悪いふりをしていた!! 信じられない!! ミューリ、酷い!!」
「プハーーーアッハッハッハ!! ごめんごめん、冗談だよ」
「もーーーう!! 信じられない!! ファムは本当に心配したのに!!」
「アッハッハッハ!! 本当にごめん!! 湖の水は美味しいよ」
そう言うとファムは、僕の事を睨みつけて、湖に飛び込むかというような勢いで水を掬って飲んだ。
「ハアーーー。とりあえず、喉の渇きは潤せたね」
「お父さんやお母さんがあんな事になったのに、ミューリは洒落にならない事をする。信じられない!!」
「ごめん、ごめんなさいってばー!!」
そう言ってファムに抱き着いた。僕はファムのお姉ちゃんだ。お父さんやお母さんがいない今、肉親はファムだけになってしまった。
他は皆は、酷い奴。僕だって泣き出してその場に蹲りたいくらいの気持ちだった。でも、お姉ちゃんである僕がしっかりしないと。ファムの面倒をちゃんと見ないと、お父さんやお母さんに怒られる。
「ほら、ファム! あそこ見て!」
「誤魔化そうとしている! ミューリは、ファムにとても酷いことをしたのに、もう誤魔化そうとしている!」
「いいから、あれ見てみなって!」
ファムの顔を掴んで無理やりに見せた。小さな湖の近くに洞穴がある。
「あそこを僕らの住まいにしよう。ここなら水も豊富にあるし、あとは食べ物をなんとかすれば生きていける。もう、あの酷い村の人達にたよらなくてもね」
「で、でもあの洞穴……魔物とか住んでないかな?」
「まったくファムは臆病だな。それじゃ、僕がちょっと行って中を見てきてあげるよ」
行こうとすると、僕の身体にファムが抱き着いてきた。
「駄目!! もし、何かいたら……ミューリに何かあったら、ファムはもう生きてはいけない!!」
「大丈夫! 目と鼻の先だから。ファムは、ここから様子を見ていて。何かあれば、目の前の湖に飛び込めばいい。泳ぎはあまり得意じゃないけど、水の中へ飛び込めば、追ってこれない……と思うし。それに、こんな所でキャンプしたら、きっと楽しいよ」
「キャ……キャンプ?」
「そう、キャンプ。あの時、ファムはまだ駄目って連れて行ってもらえなかったけど、僕はお父さんと一度行ったんだよ。あの時……ファムも行きたがっていただろう?」
「う、うん……」
そう言い宥めると、ファムはようやく僕から離れた。僕は、にこりと笑うとその辺に落ちていた木の棒を護身用として手に持ち、洞穴に近づいた。
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〚下記備考欄〛
〇ノクタームエルド 種別:ロケーション
連なる沢山の岩山。その下には大洞窟が広がっていて、ドワーフの王国がある。
〇ドルガンド帝国 種別:ロケーション
ノクタームエルドの北にある軍事国家。軍事侵攻による世界征服を目論んでいる。
〇洞穴のある湖 種別:ロケーション
ミューリとファムが生まれて初めて姉妹二人でキャンプをした場所。思えばこれが、二人の冒険者になる第一歩だったのかもしれない。




