第430話 『私の望み……それは……』
――剣技!! 絶ち斬り鋏!!
両手に持つ剣を交差させ、まるで巨大なハサミのようにギリムのウォーハンマーを斬り飛ばした。そこから、身体を勢いよく回転させてギリムの首へ大きく打ち込んだ。
ギリムはその衝撃で、体勢を崩して地面に膝をついた。――茫然とするギリム。
それを見たガラハッド王は、決着がついたと声をあげようと立ち上がる。しかし私は、両手に持っていた剣を鞘に納めるとギリムの前に立って言った。
「これで終わり? 私を冥途の土産にするんじゃないの? ドワーフ王国の最強の戦士が、この程度で戦う事を諦めるの?」
「武器がない!! それに、もう決着はついた!! いい加減に首を刎ねたらどうだ!! さっさと刎ねんと、道連れにするぞ! この距離なら自分が本気になって、もしお前に組み付いたらお前は終わりだ」
「なるほど。徒手格闘なら自信があるって訳ね。いいよ、それじゃかかってきなさい! 今度は素手で勝負よ」
言った瞬間、ギリムがキレた。侮辱されていると思ったのだろう。でも、私は本気で言っていた。
ギリムは立ち上がると、そのドワーフならではの低い上背を利用して、身を屈め鉄塊のようになるとそのままぶつかる様に、組み付いてきた。それに合わせて、私も彼の身体を捕らえる。
ギリムに捕まれた腕がミシミシと音をあげた所で、足をかけて小内刈りを放った。そのまままギリムと共にもつれ合って倒れると、お互いに転がって起き上がる。腕力では圧倒的にギリムが上。
ギリムは、もうなりふり構わずに私にまた組みかかってきた。殴ろうが投げようが、この鋼鉄製のフルプレートアーマーには、敵わないと思っているのだろう。
私は再び力づくで組み付いてきたギリムの胸に、掌をそっと添えると瞬発的な震脚を繰り出すとともに掌を小さく高速で放った。そして同時にかつ瞬時に、体内の闘気を爆発させる。
――発勁!!
ギリムの身体はまるで何かに貫かれたように、くの字に曲がりフルプレートアーマーの掌を打ち込んだ箇所は、砕けて生身が見えた。
ギリムは大きく吐血すると、膝から崩れて倒れた。
その光景に、観衆たちは暫く言葉を失った。そして、ワーーーっと歓声があがる。
「見事だ、アテナよ。ギリムも最後にそなたのような武術の達人と戦えて満足している事だろう。そなたには、国を救ってもらった事も含めて、多く借りができてしまったな。良ければ、この場で望みを言うがいい」
私は、近くにいたドワーフ兵に声をかけると、ギリムの手当てを頼んだ。そして、言った。
「ありがとうございます。それでは、お言葉にあまえましてまず陛下。戦士長ギリムの罪は、これでお許しください。ギリムは、これからもこの国に必要な戦士です」
「まさか、はじめからこうする考えだったのか、アテナ……な、なんともそなたには、驚きを隠せぬ……」
私はにこりと笑って続けた。
「私には、まだこの国とクラインベルト王国の同盟を成し遂げるという大役も残されています。それを望まれるのであれば、尚更ギリムの助命と戦士長の復帰をお聞き届けください。それでもしもギリムが再び陛下に弓を引くような事があれば、それはもう仕方がないと思っています。ですが、これからドルガンド帝国という強大な敵を前にギリムを失うのは、どれ程の痛手か今一度お考え下さい。それこそが私の望みです」
「解った。アテナよ、クラインベルトの王女とは末恐ろしい程に聡明であるな。じゃがそれは、この国の事を憂いての願いじゃろ? 己に対しての何か望みはないのか? 外ならぬそなたの願いであれば、余だけではなくこのドワーフの民全てが納得し聞き届けるだろう」
ガラハッド王の言葉に私は、悲しい気持ちを押し殺しできる限りの笑顔でこう言った。そう……振り絞るように答えた。
「それでしたら、お花を頂けますか。大洞窟でも、これほどの街なら花の一輪くらいは手に入りそうですよね。できる限り、綺麗なお花をください。それが、今私が一番欲しいものです」
私の望みにドワーフ王国の重臣達はあっけにとられ、ガラハッド王は溜息をついた。
「まったく、ミューリやファムに事前に聞いてはいたが、クラインベルトの王女にはつくづく驚かされる。噂も耳にしていたが、こんなに変わり者なプリンセスだったとはな。解った、もう旅立つのであろう。直ぐに、花を集めさせよう」
「ありがとう存じます。陛下」
ガラハッド王は、ドワーフの王国中に使いをおくり、直ぐに美しい花を集めてくれた。私はその花を、ガラハッド王の許しを得た上で王国の出入口にある吊り橋に添えた。
この花は、偉大なるリザードマンであり、私の初めてのリザードマンの友達に贈るもの。
「ギー。助けてくれてありがとう。また、いつか何処かで」
そう言い終えた所で、ルシエルとルキアとカルビが追ってきた。ルシエルが言う。
「このまま、行くんだろ?」
「うん」
「次の目的地は、クラインベルト王国へ一度戻るんですよね」
「そうだよ、ルキア。ルキアはリアに会えるよ。楽しみだね」
「はい! 凄く楽しみです。リアに再会できるなんて夢見たいです!」
吊り橋の向こうを見ると、既に橋を渡り終えた所で鎖鉄球騎士団のゾルバ・ガゲーロ、ガイ副長やゾーイがこちらの様子を伺いながら待っている。
あまり、待たすのもあれだし――さて、行きますか。
そう思った所で、街の方からどやどやと沢山の人達が私達を見送りにやってきた。
その中には、当然ミューリとファムもいた。二人は真っ直ぐに私達を見ていた。私は、もう一度この気の合うマッシュヘアの可愛い姉妹とパーティーを組みたいと思い彼女達と向き合った。
ルシエルやルキアも、同意見のようだった。
「ミューリ、ファム。返事をもらってなかったけど、今がその時だと思う。私達と、一緒に旅を続けない?」
私は、二人に向かって右腕を差し出した。
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〚下記備考欄〛
〇絶ち斬り鋏 種別:剣術
二刀流に構えた剣を重ね合わせ、交差させてまるで巨大なハサミのように斬り刎ねる技。
〇発勁 種別:体術
相手に掌を当て、そこから体内の闘気を瞬時に爆発させて放つ。威力もさることながら、ダメージは波のように伝導し、肉体の外部だけでなく内部をも破壊する。生き物であれば、内臓にもダメージを与えるという事だが、目標が石など無機物である場合、粉々に粉砕する威力もある。




