第414話 『老いた伏兵 その3』
一つの影が走った。
何とか再び立ち上がったブラワーが、ギブンさんの動きを止めようと後ろから飛び掛かり羽交い絞めにしたのだ。
「い、今だあああ!! ルキア、このままやっちまえ!!」
「ブラワーー!!」
「こ、これは驚いたのう!! まだ動けよったか!!」
「早く、ルキア!! 仕留めろ!!」
私は頷いて太刀『猫の爪』を力いっぱいに握り絞め、ギブンさん目掛けて走る。
打ち込もうとした刹那、ギブンさんは背後から自分を羽交い絞めにするブラワーに手を伸ばし、腕力のみでブラワーを正面に引っ張り込んで、大きく地面に叩きつけた。衝撃で石畳に亀裂が走り、割れる。ブラワーは吐血し動かなくなった。
「やあああああ!!」
それでも私はブラワーの助けを無にしないように斬りかかった。でもギブンさんは、冷静に両手に持つ手斧で私の一撃を受け止める。蹴り。
「うぐうっ!!」
お腹に蹴りを喰らった瞬間、猛烈な吐気と痛みに襲われて地面に転がった。それでも、我慢して転がりながら立ち上がり距離をとる。
ギブンさんはこれ見よがしに先程飲んで見せた液体の入った瓶を左右に振る様にして見せた。チャプチャプという音。まだ、半分程残っている。
「これはのう、ロックブレイクで儂やミューリやファムに、キノコ採取の依頼をしてきた女から報酬のおまけだと言ってもらった薬じゃ」
「あの、マイコニッドが沢山いた場所……それにキノコに操られているゾンビがいた場所に生えていたキノコ……」
「そうじゃ、お前さん達が手伝ってくれて集めたキノコ。依頼主が言うには、あの五種のキノコも材料に使われとるらしい。まあ儂は魔法は使えんのだが、魔力も含めた身体能力などを一気に向上させ肉体強化させる劇薬らしい。しかしのお、年老いた儂には危険みたいでの。一度に使用するのは、半分にせえと言われたわい。じゃが、半分でこの力じゃ。とんでもない、パワーアップポーションじゃ。ふぉっふぉっ」
まさか、あのキノコ採取の依頼……こんな物凄い薬を作れる材料だったなんて思ってもみなかった。
でも……それでも、やるしかない。
私が不安になっているのをよんでいるかのように、ギブンさんは口元に笑みを浮かべる。
「どうじゃ、降参するか?」
「しません!! 私は、あなたを倒してルシエルのもとに助けにいくんです!!」
太刀を再び構えて走る。再びギブンさんに纏わりつくように左右に身体を移動させながらも太刀で打ち込む。
しかし今度は、ウォーハンマーでなく両手に持つ二本の手斧。武器が軽くなった上に能力強化されているギブンさんは、私の攻撃を軽々とあしらうように受け止める。
それでもスピードは私の方が上なのに!!
ガルウウウッ!!
背後からカルビが跳んだ。しかし、ギブンさんはカルビの身体を手斧で斬りつけると、続けてもう一方の手斧の背で、思い切りカルビの背を叩きつけた。カルビは、悲鳴をあげて地面に叩きつけられブラワーのように血を吐いた。
ギャンッ!!
「カルビ!!」
「おっと、これはまずいぞ! 力が体内から溢れてくるのはいいがコントロールができん! うっかり、やってしまったわい。早く降参してこの使い魔の治療をしてやらんと直ぐに死んでしまうぞ! もう諦めて降参せえ」
カルビに目をやると、とても苦しそうだった。どうしよう、カルビが死んじゃう!! 目から涙が流れた。すぐに降参して、カルビの治療をしないと……
「諦めるなーー!! ルキア!!」
叫び声。辺りを見たが、誰も立っていない。だけど、この声には聞き覚えがある。ゴーディの声。
彼は、今立ち上がる事もできない程のダメージを追っているはず。それでも、倒れたままの状態から意識を取り戻し、私の為に声を張り上げてくれる。
「で、でも私……このままだとカルビが死んじゃうよ……」
「だから諦めるなって!! 戦闘民族ドゥエルガルがなぜ、お前に助けを求めたか忘れたか!! お前が冒険者だからだ!! お前がなんとかしてくれる冒険者に見えたからだよ!! 冒険者は、色々な危険に直面してもあらゆる可能性から活を見出すもんだって前に旅人に聞いた!! それを見せてくれよ!!」
あらゆる可能性から活を見出す……冒険者は諦めない……そう言えば、ギブンさんも初めて会った時は、あんなにほんわかして人がよさそうだった。でも今は、冒険者としてやるべきことに徹している。
私も……
「もう言葉も喋れない程には痛めつけたつもりじゃったが、まったく……ドゥエルガルというのは、儂らドワーフよりも遥かにタフだというが本当じゃな」
ギブンさんがそう言って目線をゴーディの方へやった。私はその一瞬をついて、再び彼に斬り込んだ。
「ふぬ!! まだ、やるのかルキア!! このままじゃ、本当にその使い魔は死んでしまうぞ!!」
苦しそうなカルビ。でも!! 今、降参してもカルビが助かるかも解らない。回復ポーションを探しているうちに死んでしまう可能性もある。
決断するには勇気がいるけど、何かあったのなら絶対にカルビ一人にはさせないからね!! 私がついている!!
「ええい!! 往生際の悪い!!」
ギブンさんの二本の手斧を避けるのは、ウォーハンマーの時よりも更に至難だった。でも神経を研ぎ澄まし、これまでにない位に集中し身体を動かした。
「だあああああ!!」
「ぬああああ!! あまいわい!!」
ギブンさんは手斧を十字に構え、それで私の太刀をからめとって跳ね上げた。
太刀『猫の爪』が宙に飛んで回転する。私はあきらめずにギブンさんに突進する。しかし、再び蹴られて転がされた。
「武器もなくなったぞい! さあ、降参しろ!!」
「うくっ! でも、やった!」
「な、なぬ!? ルキア、お前!!」
蹴り転がされた私は、そのまま転がり転がってカルビのもとへ。そして、ギブンさんからかすめ取った薬……彼が身体強化に使った薬を、満身創痍のカルビに飲ませた。
すると、カルビの傷は忽ち塞がり目にも力がもどる。立ち上がった。
しかも、薬の効果はそれだけでなくカルビの身体はどんどんと大きくなり、小屋一軒位の大きさになった。
「な、なんじゃこれは……嘘じゃろ?」
「カ、カルビ……? あなた……」
ガルウウ?
どんどんと、大きくなるカルビ!!
ズモモモモモモ……
巨大になったカルビは、不思議な顔をすると私をひと舐めする。更に鼻の頭で私の身体を押して、ひょいと突き上げるように持ち上げて宙へ放った。その勢いでカルビの背に乗った私は、あまりの驚きでギブンさんと共に暫く硬直していた。
でも、我を取り戻すとバーンさんから頂いた、破邪の短剣を抜いてカルビとともにギブンさんと向き合った。
ギブンさんは、とんでもなく不味い事になったという顔をしている。明らかに動揺している。
私は、彼の不安を気にする素振りもなくカルビに言った。
「さ、さあ、いくよカルビ!! このままギブンさんに勝って、ルシエルを助けに行こう!!」
ワオオオオオンッ!!
カルビが機嫌よく返事をすると、やっと私はカルビが元気を取り戻した事を実感して、涙がまた溢れてきた。今度は、嬉しい時に流れる涙だった。




