第413話 『老いた伏兵 その2』
ギブンさんは、ミューリやファムのように魔法を使う訳でもない。ルシエルのように素早い動きで翻弄するといったような動きでも、アテナのような洗練されたキレのある攻撃でもなかった。
だけど、ゴーディやテディ、ブロワーもその重く扱いづらそうなウォーハンマーで叩きのめされた。
「はあ、はあ、はあ。そ、そんな……」
「流石に4人とウルフ1匹をいっぺんに相手するのは、骨が折れるわい。じゃがもうルキア、お前さんと使い魔のウルフだけじゃな。お友達は動けんようじゃぞ。どうする? 抵抗するなら痛い目に合わせる事になるが」
横たわるゴーディ達に目をやると、苦しそうに呻いている。でも、大丈夫だと視線をくれた。良かった、なんとか無事みたい。
ウォーハンマーなんかで思い切り叩かれていたから、一瞬3人がどうにかなるんじゃないかと怖くなった。でも、生きているのなら……あとは、私とカルビでなんとかする。
「ギブンさん、あなたやミューリやファムの敵は、ガラード王子でしょ! 一緒に王様を救出して、ガラード王子の蛮行を止めましょう!」
「ふう。そんな危ない賭けはできんよ。より確実な方を選ぶ。それに、儂は何もお前さん達と戦いたいとも思ってないわい。なんせ、命を助けられた事もあるし一緒にも共闘した仲じゃしのう。じゃが、それよりも儂はミューリ達を優先する。それが仲間というもんじゃからな。お主もアテナやルシエルが困っていたら、助力するじゃろ」
「……解りました。それじゃ、どうあってもギブンさんを倒して私はルシエルを助けに行きます! それが仲間ですから!」
「ふぉっふぉっ。お前さんのようなひよっこ冒険者にそれができるかのう。この3人のドゥエルガルの少年は、元気で結構強そうじゃが儂にはかなわんかったじゃろ? なぜじゃろうと思ったじゃろ?」
確かにそれは、思った。動きも早い訳ではなく、お年寄りのドワーフなのに。そのドワーフ一人に5人がかりでかかっても勝てなかった。
「経験が、洞察力が、年季が違うのじゃよ!」
「それでも、ここは私が勝ちます!! いくよ、カルビ!!」
ガルウウッ
私は、太刀『猫の爪』を抜くと、それを口に咥えて猫のように四つん這いになった。カルビに目配せし合図すると、同時にギブンさん目掛けて飛び込んだ。
「ほう、やはりあきらめんか。小粒であっても、あのアテナやルシエルの仲間というだけの事はある」
ギブンさんの正面まで一気に距離を詰めると、彼は私とカルビを同時に薙ぎ払えるように大きくウォーハンマーを振って来た。
不思議な事に、ウォーハンマーのリーチが把握していたよりも長いように感じられた。狙いを絞らせないように、カルビとそれぞれ別に左右へ跳んでかわす。
「カルビ!!」
ガルウウウッ!!
カルビがギブンさんの腕に噛みついた。やったと思った。しかし、ギブンさんは、全く動揺する事も無く腕に噛みついたカルビを地面に叩きつけ、その後すぐに私の攻撃をウォーハンマーで受けて防御した。
ギャンッ!!
ギブンさんは再び足元に忍び寄るカルビのお腹に大きく蹴りを入れると、私の方へと向かってきた。カルビは大きく弧を描くように吹き飛んでいき、地に落ちた。
「カルビーーー!!」
「儂も命がけじゃ。容赦なくいくのは当たり前じゃぞ。お前さんも抵抗するのなら、それなりの覚悟をするべきじゃ」
頭上にウォーハンマー。後ろへ跳ぶ。すると、ギブンさんはここぞとばかりにぶんぶんと私目掛けてウォーハンマーを連続で振って来た。
「フンフンフン!! まったく、すばしっこいお嬢さんじゃ!! じゃがその小さく細い身体じゃ、儂の攻撃が一発でもでも入れば終わり。ノックダウンじゃな!」
――息が乱れている。ギブンさんの息が乱れているのが解った。
いくら私よりも老練で遥かに経験値が違うとしても、お爺ちゃんだからスタミナがもたないのだろうと思った。
私がギブンさんに圧倒的に勝っているのは、若さ! スピードとスタミナなら圧倒的に私の方に分があると思った。
やっぱり、そう。ギブンさんの攻撃は、荒々しく雑になってきた。ここだ!
私は大きく跳躍し空中でくるくるっと回転する。そこから反り返る程に太刀『猫の爪』を振りかぶって、ギブンさんに振りおろした。
ギィイイン!!
大きい攻撃なので、どうせ当たらないだろうとは思っていた。でも、その攻撃を皮切りに私の連続攻撃が始まる。ギブンさんがこちらを向くと、右へ。またこちらを向くと左へ。
――左右左左右左右右!! 翻弄するために高速で、動く。
「うおおおおお!! なんちゅうスピードじゃ!! これが、獣人の身体能力!! しかもこりゃ覚醒してもうとるわ!!」
「やあああ、降参してください!! ギブンさん!!」
「ゼエ、ゼエ、そ、それはできんと言うとるじゃろがあああ!!」
ギブンさんは、何とか私の動きの先の先を呼んで対処しているが、このまま続ければスタミナ勝負で私が勝つと思った。
でも、それよりも先にチャンスは訪れた。いつの間にか起き上がってギブンさんの背後まで忍び寄っていたカルビが彼の足に思い切り噛みついた。
「いででーー!!」
「やあああああっ!!」
ズバアアッ!!
太刀『猫の爪』がギブンさんを捉えた。ギブンさんの装備する鎧の胸元に大きく刀傷が入る。私は更にそこからくるっと身体を回転させると同時に太刀をも反転させて、思い切りギブンさんの首に峰打ちを打ち込んだ。
「ぐふうう!!」
大きく崩れるギブンさん。
やった、私達はどうにかギブンさんに勝つ事ができた。
そう思った束の間、ギブンさんはまた立ち上がってきた。目は赤くなり、身体からは何か魔力のようなものが漏れ出して立ち昇っていた。そして、手には何か液体の入った瓶が握られている。
どうやら彼は気を失う前に、ポーションか何か薬を飲んでそれで復活したようだった。でも、普通のポーションじゃこうはならない。明らかに、目が血走っている。
「ふう、危ない所じゃった。礼を言うぞ、メロディ・アルジェント。お前さんの薬はなかなか強烈なもんじゃわい。じゃがこれで、儂は負けずにおれそうじゃ」
「薬……メロディ・アルジェント……」
「気にするな、お前さんには関係ないわい」
ギブンさんはそう言うと、ウォーハンマーを投げ捨て背負っていた2本の手斧を手にした。
薬の効果は、回復に加えて肉体強化の作用も見てとれる。目は血走り、身体からは魔力のようなものが漏れ出す。そんな彼の姿は、まるで鬼のように見えた。
こ、こんなの……
「さて、こうなってしまったからにはもう手がつけられんぞ、お嬢さん。降参せえ」




