第398話 『取引』
「残念ですがガラハッド陛下はそのままで。牢から出られるのは、アテナ王女のみです」
私はゾルバに鎖を解かれ、牢から出してもらった。ガラハッド王の方へ眼をやる。
「余計な事は考えられますな、アテナ王女。この国は間もなくリザードマンに占領されるでしょう。今なら、我ら鉄球騎士団がその武をもって逃走経路を開き、クラインベルト王国まであなたを無事に送り届けてごらんにいれましょうぞ」
「陛下!!」
「行け!! 行くのだ!!」
でも、それではガラハッド王は? そう言おうとしたけど、ガラハッド王は続けた。
「かまわない、行くのだ。余の事はいい。リザードマン達が攻め寄せ、街にまで入り込んできているこの状況で、ガラードも流石に余をこのままここに幽閉してはおかんだろ? 捕らえておくにしろ、安全な場所へ移される。アテナ、そなたはその者達とここを出よ」
「解りました。でも、私はこの国が好きになりました。食べ物も美味しいし、出会うドワーフ達は皆優しい人達でした。だから、決して見捨てたりはしない。この国は私がなんとかするから、陛下も決して諦めないで」
そういうと、ガラハッド王は微笑んで頷いた。
牢を出て城の1階へ上がると、ガンロック王国でゾルバ達と交戦した時に見た二人が待っていた。外には他のゾルバの部下達が何十人も待機している。
「私の副官ガイ・メッシャーと、この娘はゾーイ・エルです。アテナ王女もガンロック王国で、お手をお合わせになられたので、ご存じでしょう?」
「知ってる」
短く答える。鉄球を蹴り込んできた前髪パッツンの女の子だ。
私が城の外の方へ歩き出すと、ゾルバ達がぴったりとあとをついてきた。
「既に公国のルイ・スヴァーリ伯爵、ポール・パーメント男爵、ドルフス、ラングレン男爵には話を通しております。この国からの脱出には彼らが我らの助けとなりて、無事逃がしてくれまするぞ」
私の義母、エスメラルダ王妃の父はエゾンド・ヴァレスティナ。ヴェレスティナ公国の公爵だ。だから、シャルロッテのお父さんであるルイ・スヴァーリ伯爵も、あのちょび髭男爵も手を貸してくれるというのだろう。
ゾルバというか、鎖鉄球騎士団自体が表向きにはクラインベルト王国の騎士団であるけれども、それは名ばかりでその実態はエスメラルダの直轄騎士団で、公国の騎士団である事を私は知っていた。
エスメラルダは、なんとしても私を王国へ連れ戻そうとしている。それに対して、クラインベルト王国の国王であるお父様に、冒険者として旅する事を正式に許しを頂いた私は、旅にでた。それでも王妃の命令で私を連れ戻そうと追って来るゾルバをこれまで跳ね除けてきた。
……だけど、この一件が済んだら、どちらにせよ一度王国には帰るつもりだった。だから……
「アテナ王女、どちらに行かれるのですか? そちらではございません!! 申し上げましたが聞こえなかったのですか? これから直ぐにこの国を脱出するのです。王妃がお待ちですぞ」
足を止める。
城の中にいても、外から大勢の人の悲鳴や雄叫び声が聞こえてくる。もうリザードマン達は、このドワーフの王国に雪崩れ込んできている。
「ゾルバ。私が脱出した後、この国はどうなるの? 私の仲間は?」
それを聞くとゾルバは、ニタリと笑った。
「そんなものは我々には、関係ありません。我々はクラインベルトとヴェレスティナの平和と繁栄にしか、興味はございませんので」
ゾルバを睨みつけた。それと、同時にゾルバは私が暴れると察知して部下に合図を送った。ガイやゾーイを含めた鎖鉄球騎士団が私を囲んだ。
「ゾルバ。あなた、ガラードと何か取引して、私を牢から出してくれたの?」
「いえ。ガラード殿下は応じないでしょうな。アテナ殿下の事を、帝国との関係を築く為の懸け橋になる大事な取引材料だと思っておられる。殿下の牢の鍵、居場所を探り教えてくれたのは、全てスヴァーリ伯爵で公国からの手引きにございますぞ。なのでガラード殿下も、帝国のヴァルターも殿下が牢から逃げ出した事をまだ知りません。急いで逃げませんと、リザードマンだけでなく彼らに見つかったとしても、面倒になりまするぞ」
「なら、仕方がないわね」
ゾルバの話で状況が十分に理解できた私は、私を今包囲している鎖鉄球騎士団の一人に向かって襲い掛かった。それに全員が反応。剣を抜いて、私を大人しくさせようと一斉にかかってくる。
しかし、私は最初に襲い掛かった鎖鉄球騎士団を背負い投げると、帯刀している剣を奪った。そして、一斉に襲い掛かってくるゾルバの部下達の攻撃を巧みにかわし、【峰打ち】で打ち倒した。
「まったくこの、お姫様は!!」
「私は私の正義を貫くわ、ゾルバ!!」
ギャギャギャーーーッ!!
ゾルバとも剣を交えようとした刹那、リザードマンの叫び声が近くで聞こえた。
ついに、城の防衛にあたっているドワーフ兵達の合間を掻い潜って、私達の今いるこの城の中にも数匹のリザードマンが侵入してきたのだ。目が合う。獲物を目の前にした爬虫類の目。
リザードマンは、ゾルバ達ではなく私に狙いをつけて一直線に飛び掛かってきた。
「本当に、街中がもう戦場になってしまっているんだ! 私が、なんとかしないと!!」
鍛冶屋のおじさん、酒屋さん、ベップさんにユフーインさん、デルガルドさん、ジボール――皆の顔が、脳裏に浮かび上がる。
「この王国は絶対に私が守る!!」
剣を向けた瞬間、反応してこちらへ飛んできたリザードマン。その首に鎖鉄球が巻き付いた。――え?
ゾルバ、それにゾーイ。二人が鎖を引くと、リザードマンは城内の壁に叩きつけられた。残るリザードマンもゾルバの副官ガイが鉄球で滅多打ちにした。
「アテナ殿下。我々と速やかにお逃げください。でなければ、このリザードマン共と同じように叩いて言い聞かせた後に、王妃のもとまで引きずって行くしかありませんな。できればそんな事をさせないで頂きたい」
言っている事と思っている事が逆だとでも証明しているかのように、ゾルバはいやらしい笑みをして見せた。しかし、私もそんなゾルバに剣を向け、負けずにニヤリと笑って見せる。
師匠が言ってたっけ。私よりも姉のモニカの方が剣の腕も武術も勝ってるって。でも、一つ私が圧倒的に勝るものがあるって。
――師匠は、私の事を驚く程ユニークだって言って笑ってた。
「ゾルバ、取引しまよう。私はこの国を助けたい。リザードマンを全部倒して、この国に平和を取り戻したい。それができる強さをこの私が持ち合わせている事は、あなたは既に知っているでしょ? もしあなた達が、私に手を貸してくれれば……この国が一件落着したら、私はクラインベルト王国へ一度戻るわ。そして、エスメラルダ王妃に会う」
「ご冗談を。そんな戯言、とても呑めませんな」
「あら、ご冗談じゃないわ。もしも今あなたがこの取引に応じないなら、私はもう手加減もせずに全力であなた達を倒し暴れまわる。邪魔をさせないようにしてから、この国を救う。でも、全面的に協力してくれるなら大人しくクラインベルト王国へ帰り、エスメラルダ王妃にきちんと会うわ」
「……王妃に会っていただけるので?」
「きっと、私に頼みごとがあるのでしょ。例のパスキア王国との縁談の話とか……いいわ。話だけなら聞くと約束する。私がそうすると決めたことは、全てあなたゾルバ・ガゲーロの手柄よ。王妃にもそう報告すればいいわ。どうする?」
「ほう、なるほど」
ゾルバはそれを聞くと、より一層いやらしく笑い私の方へと近づいてきた。
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〚下記備考欄〛
〇ガイ・メッシャー 種別:ヒューム
クラインベルト王国、鎖鉄球騎士団副団長。ソフトマッチョな体つきで、団長のゾルバとは対照的。並外れた腕力の持ち主で、鉄球を片手にそれで殴りかかる事もしばしば。
〇ゾーイ・エル 種別:ヒューム
クラインベルト王国、鎖鉄球騎士団団員。黒髪前髪ぱっつんの女の子。ボコボコとした鎖鉄球を使用し、それを投げたり蹴とばしたりする『レッキングボール』という技を使う。ゾルバには従ってはいるものの、人にへりくだる態度が大嫌いでアテナ王女に対してもそういった態度を見せる。ガンロック王国ではアテナに強力な一撃を入れて苦しめた。




