第395話 『闇からの使い』 (▼ギーpart)
――――少し時を遡る。
ノクタームエルドの遥か端に位置するリザードマンの住処。そこにはリザードマン達の帝国があった。その名もザーシャ帝国。およそ5000匹を超えるリザードマンがそこには住んでおり、そのリザードマン達を見事にまとめ上げている帝王ザーシャがいた。
リザードマンの帝王ザーシャは、遥か先祖よりノクタームエルド自体をリザードマンの帝国とする為に、その中心であるドワーフの王国を奪い取ろうとしていた。
しかし、ドワーフ達は、その亜種族である戦闘民族ドゥエルガルと共存し幾度となく攻め寄せたザーシャの大群を撃退した。
それからは一進一退の戦いが続き、やがて小競り合いのようになっていった。リザードマン達の先帝達は、もはやドワーフ達の戦力には敵わないと心のどこかで悟ってしまっていたからかもしれない。
しかし、ドワーフとドゥエルガルの間で問題が起きた。種族の違いによる問題。
比較的温厚なドワーフに比べドゥエルガルは乱暴だった。だから、ドワーフ達はその王国からドゥエルガル達を追い出し王国外へ追いやった。ドゥエルガルは、ドワーフを大きく恨んだ。
リザードマン達は、これはチャンスだと思った。戦闘能力に秀でたドゥエルガルがいなければドワーフの王国を陥落させるのは容易い。奪い取るなら今をおいて他はない。
ザーシャ帝国はついに決断し、この時とばかりにドワーフの王国へ攻め込んだ。しかし、結果は散々なものだった。考えてみればドワーフは、あのドゥエルガルを王国から追い出したのである。それ程の力を身に着けていたのだ。
ドワーフ達は、王国近郊に眠る宝石や魔石、金銀を発掘してはそれを売買し大きな力を手に入れていた。しかもそれに加え、クロム鉱石やマグマンド鉱石、オリハルコンにミスリル、鉄鉱石等々を採掘し武器や装備を作り上げて戦力を増強していた。
もはやドゥエルガルだけでなく、リザードマン達にもドワーフの王国を攻め落とす事は何か大きな力が作用でもしない限り不可能となっていた。
しかし、大きな力は作用した。
ザーシャ帝国、ザーシャの前に一人の魔導士が現れた。名はギデオン。魔導士というには巨躯、そして暗黒とも言える黒いローブに身を包みフードを被り、生白い肌に紫色の唇をしていた。狂気を帯びた赤い眼、ヒュームにしては、そう思えないようなその容姿にリザードマン達は得たいの知れないものとして、気持ち悪がった。
残虐なリザードマンはギデオンを見るなり、殺そうとする者もいた。しかし、1匹のリザードマンがギデオンに襲い掛かり、槍を思い切り突き刺すと想像だにしない事がおきた。槍は、ギデオンの身体を確実に貫いたのに彼は笑って見せ何事もなかったかのように振る舞った。
その光景を見たザーシャは、ギデオンの話を聞く事にした。
ギデオンは、ザーシャに言った。近年魔物達の動きは活発化し、それだけでなく魔物本来の力を取り戻してきていると。
そして、それはリザードマンも例外ではなく、やがてはこのノクタームエルドだけでなくリザードマンはこのヨルメニア大陸全土に広がり、繁栄すると。
ザーシャは笑った。ドワーフの王国も先祖代々から戦い続けて攻め落とせないのに、ヨルメニア大陸全土などと――――
しかし、ギデオンはザーシャに言った。リザードマンは、竜の一族ではないのかと。偉大なる竜の一族。ザーシャは然りと即答する。
竜の一族であれば、竜を巧みに操りその力をもってすればドワーフの王国を攻め落とすなどの事は容易い。それをなぜしないのかとギデオンはザーシャに詰め寄った。
ザーシャの側近が帝王に近づく怪しげな魔導士を突き離そうと槍を構えると、ギデオンはあるものをザーシャに差し出した。ギデオンの手の爪は黒く、恐ろしく伸びている。やはり、ヒュームではないのか?
ギデオンを気味悪く感じながらも、ザーシャはそれを手に取った。これは、なんだ?
ギデオンはまたも、ザーシャがそういう事を解っていたかのように即答する。それがあれば、竜を従える事ができるのだと。リザードマンの選ばれし偉大な者だけが使用できる、竜を従える事ができる魔導のアイテム。
ギデオンは流れるように続ける。
ザーシャ帝国、これよりすぐ近くの深い岩に埋もれた場所。その場で地竜が復活する。直ちにその場所へ向かいそれを従えれば、忽ちドワーフの王国を焼き払い、リザードマンの為の帝国を作り上げる事ができるだろう。
ザーシャは、その魔導のアイテムをギデオンから受けとると、直ちに軍をあげその場所へと向かった。そして、地竜を目にしその譲られた魔導のアイテムで地竜を従えた。
リザードマン達の帝王ザーシャは、住処に戻ると全リザードマンを集め、宣言した。
地竜を従えた今こそ、ノクタームエルドは我らリザードマンの帝国に生まれ変わると。それを可能とできる力をついに手に入れたと。リザードマン達はこの時を待っていたのだ。
そう告げると、ザーシャを賞賛する大勢の大きな雄叫びがザーシャ帝国に広がった。
ザーシャは即刻、ドワーフの王国を攻め取る準備を進めた。5000を超える軍を編成し、それを4匹の将軍に任せる。ザーシャ自身は、地竜を従えドワーフの王国へ向けて進発した。
グオオオオオオオオオオ!!
ドワーフなど、踏みつけるだけで殺してしまえる。それ程の大きさと、まるで岩のような皮膚と身体をもつ地竜。その雄叫びは、ノクタームエルドを震わせるだけでなく、ザーシャ帝国のリザードマン達の魂と闘志をも奮い立たせた。
ザーシャはドワーフ王国へ向けて、進軍中にギデオンがいなくなっている事に気づき探させたが、いつの間にかいなくなったギデオンを見つける事はできなかった。
禍々しく闇そのもののようなギデオンを、ザーシャは闇からの使いだと思った。
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〚下記備考欄〛
〇ザーシャ 種別:リザードマン
ザーシャ帝国の帝王。ギー達の主。ノクタームエルド内のドワーフやドゥエルガルなどを皆殺しにし、リザードマンの帝国の拡大を目論んでいる。鍛冶技術や採掘能力はないので、武器防具に関心はあっても鉱物資源に興味はない。
〇ギデオン 種別:?
黒いローブに身を包む、薄気味悪いウィザード。その身体は、巨躯で爪はドス黒くて長くとても人間には思えない。禍々しい気配を纏っており、ザーシャも恐れている。1匹のリザードマンがギデオンの身体を槍で貫いたが殺すどころか何も起きなかった。
〇ザーシャ帝国 種別:ロケーション
ノクタームエルドにいくつかあるリザードマンの部族の一つが更に大きくなり、ザーシャというリーダー格のリザードマンが帝王を名乗った。帝国というが、大洞窟のある一帯に巣を作りそこで寄り集まって暮らしている。その数は5000を超える。もちろん、それ程の規模のリザードマンの集団は珍しい。




