第385話 『魔法の石鹸』
キャンプに戻ると、レティシアさんは首を長くして私の帰りを待っていたようで、私の顔を見るなり抱き着いてきた。でもレティシアさんは、顔をしかめる……
「テトラちゃん、ちょっと臭いわ……これ、血のにおいね」
そう言われるのも無理もなかった。あの凶悪な猿達に襲われ泥だらけになった挙句、ペリュトンの解体をしたのだ。私の来ていたメイド服は、泥や血で散々に汚れていた。
「い、色々ありまして……」
「ウフフフ。そういうことね。なんとなく想像はつくわ。それじゃ、とりあえずご飯の用意をするからテトラちゃんは、そこの川で身体を綺麗に洗ってきてくれるからしら? そのメイド服も一緒にね」
「え? でも、私このメイド服しか着るものを持ってないんですけど……」
「駄目よーダメダメ。絶対綺麗にしてもらわないと、駄目よ。女の子は、清潔を保たなきゃ。はい、これ」
レティシアさんはそう言って、物凄くいい香りのする石鹸を私に手渡してくれた。
「これは、特別な石鹸なのよ。ある魔法の効果も付与されている高級石鹸で、たとえ血がついた汚れでも綺麗に落としてくれるし、そのメイド服の洗濯にも使えるのよ。川や湖で使用しても環境に優しい素材で作られているから大丈夫だし、優れものなの。結構なお値段はするけどね。これを使っていいから、その血と泥に塗れたメイド服と身体を洗ってらっしゃい」
「で、でも今から川に浸かるって物凄く冷たいんじゃ……もう夜ですし……」
「駄目よー。まあでも私もこれから晩御飯の支度をしなきゃだから、問答もする気はないわ。さっさと川に入って、服と身体を洗ってきなさい。そのあと、焚火で温まればいいわ」
「で、ですから、着替えが……」
そう言おうとした瞬間、レティシアさんは私の懐に一瞬で踏み込んで服を掴み上げるとそのまま背負い投げた。
「うっぐ!!」
地面に叩きつけられるやいなや、レティシアさんは目にも止まらぬ素早さで私の服だけでなく、下着まで脱がそうとした。それでも、パンツだけは死守しようと頑張ったけれど、頑張れば頑張る程、レティシアさんがパンツを引っ張るので、このままじゃ破けてしまうと思って手を離した。
私は素っ裸にされると、レティシアさんの前で受け取った石鹸を片手に蹲った。
「まあまあまあ。生まれた姿のテトラちゃんね。いいわー、とてもいいわー」
「ヒ、ヒイイイイ!!」
レティシアさんは私の周囲をあっちへこっちへと移動し、素っ裸の私の姿を眺めて回った。私は真っ赤になって、大事な所だけはなんとか隠して動けないでいると、アローは溜息を吐いて目を細めた。
私は思い切ってアローに手を伸ばすと、彼を鷲掴みにして川の方へ走って行った。後ろの方でレティシアさんの「あらあらあらあら」という声と、笑い声が聞こえてきた。は、恥ずかしい!
裸のまま川まで行くと、やはり一気に水には浸かれず立ち止まってしまった。右手には石鹸、左手にはアロー。
「ちょっと、いいですか?」
「ななな、なんですか?」
「なぜ、僕は君の水浴びに連れてこられているのかな? それって絶対におかしいですよね」
「お、おかしくないです!」
「おかしくない? それはまたなんとも不可思議な話です」
「だ、だって、こんな暗い森の川……また何か魔物が出てくるかもしれないし、怖いじゃないですか。アローがいれば、灯りも出してくれるし何かあっても助けてくれそうです。あと……フワフワだから暖かいかなって……」
「あ、暖かいって……君ね、僕みたいなボタンインコで、暖を取ろうとしているなら、何にもならないよ。僕の発している熱量なんて、微々たるものだよ」
それでもいて欲しかった。レティシアさんは、同じ女の人だけど私の身体を見ようとしてくるし、アローなら鳥だし安心だと思った。
「ふう……仕様がない」
アローはそう言うと魔法を唱え始め、ペリュトンを解体したあの場からこのキャンプまでの道を照らしてくれた火の玉を、4つ出現させてくれた。それを方々に飛ばして、水浴びしようとしている川を照らし出してくれた。
「これでいいだろう。さあ、さっさと川で入浴し服を洗いなさい」
アローが作ってくれた火の玉に照らし出される川を見る。渓流。夜である事を除いても、川の水はとんでも無く冷たそうだった。足が前に出ない。
「そのまま裸でいるつもりかい? レティシアを見たろ? ちゃんと服と身体を綺麗にするまでは、きっと許してくれないだろう。明日もそうだし、ずっと裸でいなくちゃならなくなる。僕は鳥だし、その上に紳士だから、君の裸を見ても別に欲情すら湧かないが、見ていると凄く寒そうなんだ。それが伝わってくるんだよ。だから、もう覚悟を決めてさっと済ませてしまえばいい」
うう……確かにこのままじゃ、風邪を引いちゃう。
「ええいっ! こうなったら、思い切って!!」
ザブーーンッ
私はそう叫ぶと、川に入った。凍り付くような水の冷たさに、飛び上がりそうになった。だけど、我慢。
「ずっと傍で見ててあげるから、ゆっくり洗えばいいさ」
「よよよよ、夜の渓流に入浴するなんて……ゆゆゆ、ゆっくりなんてしてたら、凍死しちゃいますよ!!」
寒さでカチカチと歯が鳴る。水に浸かると、レティシアさんから受け取った魔法の石鹸で身体を洗う。ついでに顔や髪も。川に入り続けていると、だんだんその冷たさに慣れてきた。いや、これはあまりに冷たくて麻痺しているのだとも思った。
身体と髪を洗い終えると、今度は来ていたメイド服や下着も洗った。この魔法の石鹸は服にも使用できると言っていたので試してみると、驚く程綺麗に汚れが落ちた。泡。――いい香り。
周囲の茂みから、虫の声がする。
身体も服も綺麗に洗い終えると、川から上がって洗ったメイド服と下着をしっかりと絞った。寒気。
私はアローをまたむんずと掴むと抱き締めて、急いでレティシアさんの待つキャンプの方へ駆けた。アローは「ぎゃ!」っと言ったけど許して。
すると、キャンプの方からとんでもなく食欲を掻き立てられるにおいが漂ってきた。
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〚下記備考欄〛
〇魔法の石鹸 種別:アイテム
高級な石鹸。高級素材に魔法を使用して作り上げた石鹸で、身体に優しく清潔に優れいい香りがする。身体を洗うだけでなく髪も綺麗にしっとりと洗えるし、少しもったえないが服なども綺麗に洗える。王族や貴族、金持ちの商人などに人気がある。




