第384話 『ボタンインコ』
九尾の力を使えば、ペリュトンを丸ごとキャンプまで運ぶことは可能だとは思った。だけど、そこまでするのもどうかと思ったのと、レティシアさんと二人では鹿肉全てを食べきれないなと思った。
だから、その場で頑張ってペリュトンを解体した。
お陰で、メイド服はペリュトンの血などで汚れてしまった。でもそのお陰で、美味しそうなペリュトンの肉は沢山切り出す事が出来た。
ペリュトンの肉を例えるなら、まさに上質な鹿肉のようだった。
ゴブリン達が身に着けて、アクセサリーにしていた何処かの誰かの人間のパーツ。それに血。それを目にし、嘔吐もしたのでペリュトンを解体中、血のにおいを嗅いでも内臓を見ても、幸い特に何も感じなかった。きっと麻痺していたのだと思う。
今晩と明日の朝の分だけあればと考えながら、解体作業を終わらすとそれ以上に肉ができていた。
これらの肉をこのままここに放置して、他の魔物か何かが食べに来ればいいけど、そうでなくただ腐らせるだけだというのならペリュトンが可哀そうだと思い、頑張って全部をキャンプまで運ぶことにした。
残った肉は、レティシアさんがまた後々食べるなり、もしくは街か村で売るなりしてもいい。ペリュトンの肉ともなると、もしかしたらかなりの値段で取引されるかもしれない。
その辺で見つけた大きな葉で鹿肉をそれぞれ包んで、蔓で縛って固定。切り出した肉全部を背負うと、身体が傾いた。一回り大きな鹿一頭分の肉なのだから、かなりの重量。足が地面に沈みそうな感覚。
レティシアさんの待つ、キャンプへ戻ろうと思い辺りを見回した。
あれ? どっちだっただろう? しかも、すっかり辺りは暗くなり、余計に自分が森の何処にいるのかさえ全く解らなくなってしまった。
「どどど、どうしよう! 道が解らない……しかも、暗くて辺りが見えない……」
カンテラを持ってくるべきだったと思った。でも、もう後の祭り。
私はこの暗闇が広がる危険な森でどうすればいいか解らず、焦った。その証拠に額や背中など、冷汗が流れている。すると、すぐ私の頭上から声がした。
「差し出がましいかもしれないけれど、もしよければ僕が手を貸すという妙案がありますよ。どうですか?」
「え?」
掌を前に出すと、頭の上からそこへアローが移動した。そして、私の顔を見る。ずんぐりした体型のボタンインコの彼を見て、こんな時なのに可愛いと思ってしまった。
「ほ、本当ですか? あなたに助けてもらえ……」
「僕の名は、アローね」
「アアア、アローに助けてもらえるんですか?」
聞くと、ボタンインコのアローは、得意げな顔をして見せた。
「いいですよ。僕は、こう見えてナビゲートに優れていると自負していますからね。差し出がましくてもいいというのであれば、助けてあげるのも吝かではないですよ、レディー」
あの凶悪な猿達や、人を襲うゴブリンなど生息するこの恐ろしい森。レティシアさんの待つあのキャンプへ早く戻りたかった。アローがそこまで、案内してくれるのならすがりたい。
「そ、それじゃあ助けてくれますか? 案内をお願いします」
「ふむ、いいでしょう。でも、その前に僕が君を助ける為にひと肌脱ぐのだから、君も僕に対してちゃんとそれなりの礼を尽くすべきじゃないですか?」
「れ、礼をですか?」
確かにその通りだと思った。
だけど、それを言っているのが今、私の掌に乗っているボタンインコ。そのずんぐりとしたカラフルで可愛いボタンインコが私に礼を尽くせというこの状況が、滑稽に思えた。すると、その事を感じ取ったのか、ボタンインコのアローは頬を膨らませそっぽを向いた。
「はいダウトー!」
「えええ!! ななな、なんですかそれ!?」
「君は今、僕の事を軽んじたよね。僕はあの凶悪な猿達から白馬に乗った王子さながらに君を助けたし、それに加えてまた助けてあげようとしているのに、君は僕みたいなインコに礼を尽くすことを馬鹿らしく思っている。違うかい?」
「いえ! そ、そんな……」
「そんな? え、なに?」
図星。アローから目を背ける。そして、再び合わせ謝った。
「ごめんなさい。アローの言う通りです。助けてくれてありがとうございます。あなたに、凄く感謝しています」
「はい、じゃあいいですよ。手を貸してあげましょう。でも、その前にちゃんと気持ちを込めて僕に礼を尽くしてくれるかい?」
「も、もちろんです! どうか、私に力を貸してください」
私はそう言うと、アローに深々と頭をさげた。すると、アローは私の掌でくるっと一回転すると右頬を突き出してこう言った。
「はい、もう一度。口づけと共にね。おしとやかに、嫌らしくなく一人の可憐なレディーとして。素敵な君になら、その気になればそれは容易にできるだろう?」
アローの言葉に驚いたけど、それを見せるとまたすねそうなので、普通を装いながらももう一度お礼を言ってアローの頬に口づけをした。
すると、アローはにっこりした。
あれ? インコって笑ったりする事ってできるのだろうか? そんな事を考えていると、アローは私の掌で魔法を詠唱し始めた。
「火よ。我の力となりて、辺りを照らし出せ」
ボウッ!
アローが魔法を唱えると、目の前に火の玉が現れた。火の玉は、小さいものだけど暗闇に包まれた森の中、私達の足元を照らし出すには、十分な灯りだった。
「あちらに向かいましょう。だいたい距離にして徒歩20分の距離に、レティシアの待つキャンプがあります」
「え? 本当ですか!!」
「ええ、もちろんです。僕がこんな時に、冗談を言うボタンインコに見えますか? もしそうだとすれば、心外ですよ。まあこれで無事、レティシアの待つキャンプまで戻れると言う訳ですね。それじゃ、僕があなたをエスコートしますからキャンプへ戻りましょうか」
「はい!」
本当に、アローはキャンプの場所まで把握していた。
灯りも魔法で作り出してくれたし、本当に助かった。
もしも、アローとここで出会っていなければ、私はこのまま一晩中真っ暗なこの森の中で、今も彷徨い続けていたかもしれない。でも、これでようやくレティシアさんの待つキャンプに戻れる。
その事を思うと、背負っている何十キロっていう肉も、大して重いと感じなくなってきていた。足取りも軽くなる。
………………
あれ?
ひとつの疑問が浮かび上がる。
今、レティシアさんの名前をアローが言ったような気が?
それがかなり不自然に思えて、キャンプに向かって歩きながらもアローの方を見た。すると、その視線に気が付いたのか、アローは私の視線が刺さる事のない、私の頭の上へと羽ばたいて移動した。
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〚下記備考欄〛
〇魔法の灯 種別:黒魔法
火属性の下位黒魔法。メラメラと燃える火の玉を掌に生成し浮かせる。辺りを照らすのに使用するのが主だが、着火にも使える。アローが、テトラの為に辺りを照らした魔法。




