第382話 『危険な森の薪拾い その3』
何処からか私のもとへ飛んできた、ずんぐりしたカラフルな鳥は、片方の羽を自分の胸に当てると頭を深々とさげた。
「お初にお目にかかります。僕はボタンインコのアローと申します。よろしければ、貴方のお名前をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
魔物が喋っている……そう思った。確かに、人の言葉を話す魔物もいる。だけど、こんな掌に乗るような小さな鳥の魔物が喋るなんて、驚きを隠せなかった。
「レディ? お名前――差し支えなければ伺っても?」
「ははは、はい! わわわ、私、テトラといいます。テトラ・ナインテール」
「ほう、テトラ・ナインテール。素晴らしい程、耳障りの良い名前ですね。ふむふむ。それじゃ、親しみを込めてあなたの事は、テトラと呼んでも?」
「え? ええ! それはいいですけど、あなたはいったい……」
「コホンッ。念の為、言っておきますが、僕は魔物じゃありません。先に申し上げました通り、ただのボタンインコです」
「え? 嘘? だって、人の言葉が喋られる鳥って……」
話せば話すほど、アローと名乗る鳥の事を不思議に思った。
もしこの喋る事のできる鳥が魔物でないというのならば、これは夢かもしれない。私はあの木から、猿達に落とされ地面に叩きつけられた。その時の衝撃で実はまだ気を失っていて、夢でも見ているのかもしれない。そう思った。
「ああ、その僕を見る目。まだ信じてない? まあそう考えるのは致し方ないですが、これは夢ではないですよ。紛れもなく現実です」
「でも、人の言葉を喋って……」
「ああ、なるほど。それで、そんな目で僕を見ている訳ですね。訳が解りました。ですがね、そもそも鳥って人の言葉を喋る事もできる生き物なんですよ。知ご存知ない?」
え? いや、でも確かにそんな事聞いたような……そう言えば、まだ私がクラインベルト王国王宮メイドをしていた頃に、城に一羽のインコが飛んできた事があった。
その時、ちょうどその場にシャノンがいて、そのインコ相手に言葉を教えていた事があった。結局、インコはまた何処かへ飛んで行っちゃったけど、確かにその時にシャノンは、インコに言葉を教えれば喋るんだよって言っていた。
「知りませんでした? 驚いちゃいました? でもこれってリアル。鳥って喋るんですよ。まあ、そう言っても実際は、僕のように話したりはできません。言葉を発していても、それは真似ていたりしてね。ですが僕は違う。言葉の意味も理解しているし、多くの事も知っている。だから、あなたや他の誰かとも会話が成り立つのですよ」
「そ、それで、あなたは……」
「アローと」
「それで、アローはどうして私のもとへ?」
「それは――なぜだか解らないが君が大勢の猿に虐められて大変な事になっているから、差し出がましいと思いつつも助力しにきたという事ですかね。いやなに、僕は女性には親切で通っていますからね。僕は鳥だから、白馬に乗ってとまではいきませんが、それでも助けに駆けつけた訳です。くくく、それにしても鳥が白馬にまたがるなんて傑作ですね」
信じられないと思った。ようやく、この喋る鳥……アローが現実のものだと認識できてきたのに、今度はこんな小さなインコが私を助けてくれるのだという。
ウキッキッキーー!!
アローとの会話。それを木の上から眺めていた猿達が、私達に目掛けて石や薪などを投げつけてきた。
「危ない!! アロー!!」
こんな小さな鳥、石礫一つでも直撃したら大怪我をする。私は咄嗟にアローを両手で覆って守ろうとした。だけどアローは、その手をかわして飛び上がると何か言葉を発した。
「風よ! 我のもとに集いし、その力をもって巻き上がれ!!」
私とアローのもとに風が集まりうねると、竜巻となり飛んでくる石礫や薪だけでなく木の上にいる意地悪そうな顔をしている猿達をも空に巻き上げた。
「ア、アロー! あなた、魔法が使えるんですか?」
「ええ。しかも、僕みたいな鳥が、風属性魔法を唱えるだなんて気が利いているとは思いませんか?」
ずんぐりした色鮮やかでカラフルな色のボタンインコ、アローは正直言うと風よりも火とかの方が似合うと思った。だけど、それは黙っておいた。
「な、なぜ鳥が魔法を使えるの?」
「ふむ、それじゃあなぜ君は魔法を使えないのだろうね?」
「そ、それは……」
魔法の才能が私には無いからだと思った。アローは、私がそう思った事をまるで見透かしたように続けて言った。
「そう、君は魔法の才能がないからだね。僕にはある。君にはない。簡単な事ですね。例えばエルフは圧倒的な魔力を生まれながらに有しているようですが、ヒュームや獣人はそれに適した者と適さない者がいる訳で……それは魔物や動物だって一緒という訳です。因みに僕は、その魔法の才能が大いにある鳥……とでも言っておきますか。しかも、知識もあって喋る事もできる。流暢に喋る事ができれば、当然に魔法を発動させる詠唱もできるという理屈です。つまり僕が魔法を使えるという事は、なんてことはない事なのですよ」
言われてみればアローのいう通り。確かに、魔法を唱える事のできる人間がいれば魔物だっている。それは、魔法を使用できる条件が整っていれば可能だからだ。考えてみれば、当然。つまり、アローのような鳥でも条件さえそろえば魔法を発動できる。
私は魔法の才能も無いし、知識もないけれどそれ位は理解していた。
「猿達も逃げてしまったようですね。できる事なら、君があの猿達を追っ払えれば良かったんだろうけど。とても見ていられなくて、僕がやってしまった。それにあのまま見ていたとしても、君は猿達に串刺しにされてしまいそうだったからね。か弱い女の子が残虐非道に殺されてしまう位に、つらいものはないですから」
そうだった。もう少しで、お尻に杭を……思い出すと、ぞっとした。
それから身体を起こしてみると、起き上がる事ができたので棒を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がる。すると、私の肩にアローがとまった。
私は周辺からあの凶悪な猿達が完全にいなくなった事を確認すると、集めた薪を担いでレティシアさんが待つキャンプへ戻ろうとした。
しかし、私の集めた三束の薪は無くなっていた。
いったい誰が……
信じられなくて周囲を見回したが誰もおらず、薪の置いていた所には、何か文字が書いてある紙とそれを押さえる小石が置いてあった。




