第371話 『頂きのガルーダ その2』
ガルーダは、そのまま空に舞い上がるとこちらを向いて大きく威嚇した。
ピイイイイィィ!!
全身の毛が逆立つ。これは、何か大きな攻撃が来る前触れだと感じた。それを皆に伝えようと振り返ると、ボーゲンが先に叫んで知らせてくれた。
「何かヤバいのが来るぞ!! テトラは、その二人を守れ!! ミリスは俺の方へ来い!!」
「え? あっしは?」
「メイベル、お前はAランク冒険者だろ? てめーでなんとかしろ! 甘ったれてんじゃねえよ!」
「ひんっ! 冷たいでやんすね! これでも一応あっしも、か弱い女子でやんすよ」
「か弱い? お前とディストルは、そんなの関係ねえだろ。そんな事より、来るぞ!! テトラ!! そっちは任せていいんだよな!!」
「は、はい!! 私に任せてください!!」
コルネウス執政官とレティシアさんの方を見る。
コルネウス執政官は、唾をごくりと呑み込むと私の後ろへ隠れた。レティシアさんは、にっこりと笑って私の隣に並ぶ。まさに対照的な二人。
「ウフフフ。テトラちゃんには、こんなに頼もしくて楽しい仲間達がいたのね。ふーーんふーーん」
「レ、レティシアさんは、心配ないでしょうけど……それでもボーゲンに言われたので一応言いますが、私の後ろにいてください。守りますから」
「え!? 守る? 誰が誰をかしら? もしかして、テトラちゃんが私を守ってくれるって言うの? あらヤダ! 頼もしい!」
いつも目を細めて、にこにこしているレティシアさんの目が丸くなった。っもう!! 完全にからかわれている。
この人の強さは底知れない。どちらかと言えば、私の方を守ってもらう方が、理にかなっているのではないかとも思う。でもそうだとは解っていても……ボーゲンが守れって言ったからしょうがない。
ピイイイイィィ!!
ガルーダの雄叫び。次の瞬間、ガルーダは羽ばたかせていた羽の向きをこちらに向けると、まるで羽で何かを掴んで、振りかぶって投げるかのような大きな動きをした。
するとその大きな動作と共に、無数の何かがこちらに向けて飛んできた。
私は咄嗟に涯角槍を手に、それを叩き落とした。ボーゲンやメイベルも器用にそれを弾いている。もちろん、レティシアさんも。
私は叩き落としたそれが何か確認する為、視線を地面に落とした。
――羽根。
周囲には、ガルーダの羽根が無数に飛び散って落ちていた。
ガルーダは、自分の翼の羽根を武器として、私達に向けて飛ばしてきていたのだった。
「全員無事か!!」
ボーゲンが聞くと、皆大丈夫と合図を送る。私もボーゲンに大丈夫だと頷いたけど、太腿と肩のあたりにガルーダの羽根が突き刺さっていた。
ぐっと歯を喰いしばり、その羽を引き抜く。ガルーダには、鋭い羽根という強力な武器がある。だけど、毒はない。急所に当たらなければ、大丈夫。引き抜いて、後で手当てをすればいい。
「テトラちゃん!! 大丈夫!! あなた、今の羽根の攻撃を受けたのね!」
ボーゲンの後ろに隠れ、守ってもらっていたミリスがこちらへ駆けてきた。慌てて「おい! 動くな!」と叫ぶボーゲン。だけど、ミリスは私のもとに駆けてくると、羽根が刺さっていた場所に回復魔法を唱えて手当てを始めた。
ピイイイイィィ!!
「おいおいおい!! まったく、まだ戦闘中だぞ!! 致命傷でも無いのに、手当てなんて戦いが終わってからだろうが!! もう間に合わねえ、もう一度くるぞ!! テトラ、ミリスも守れ!!」
「は、はい!!」
ガルーダは、もう一度翼を激しく羽ばたかせ、自分の羽根を再び飛ばしてきた。それでも私の治療を続けているミリス。本当に、間に合わない。
「しゃがんで、ミリス!!」
私はそう言って、涯角槍を持ったままミリスに覆いかぶさった。後ろにはコルネウス執政官が身を低くして隠れている。これで、二人を守れる。
だけど、ガルーダの鋭い羽根が沢山飛んでくる。なんとか、致命傷になるような場所に当たらなければいいけど……
「テトラちゃん!! あなた!!」
「大丈夫です。そのままミリスは、伏せていてください。コルネウス執政官も同じように身を低く」
歯を食いしばって耐える。無数の羽根。それが私の身体に無数に突き刺さったと思った。
しかし、違った。コルネウス執政官の盾になり、ミリスに覆いかぶさった刹那、その私の前にレティシアさんが立った。手には見慣れた槍。え、槍?
レティシアさんの持っている槍は、私の所持している涯角槍だった。慌てて自分の手もとを見ると、やはり持っていない。今さっきまで、私が握っていたのに、いったいいつの間にレティシアさんは、私から涯角槍を奪ったのだろうか。まったく気づかなかった。
「ちょーーっと借りるわねー。ちゃんと、後で返すから心配しないでね」
レティシアさんは、私の涯角槍を器用にくるくると両手で高速回転させると、飛んでくるガルーダの羽根を見事に全て叩き落とした。ただの女冒険者と思っていたのだろう、ボーゲンとメイベルは目を丸くしてびっくりしていた。
ピイイイイィィ!!
今度は先程までとは違う。ガルーダは、再び急降下で私達の頭上近くまで接近すると、首をくるっと一回転させた。そして大きな嘴を開く。ボーガンが叫ぶ。
「まずい!! 火炎攻撃がくるぞ!! ミリス!! 何か耐火魔法を唱えてそっちにいる全員を守れえええ!!」
「え? え? そんなきゅ、急にそんな事を言ったって!!」
ミリスの身体には、私が覆いかぶさっていた。だから彼女は動けなかった。そして、ガルーダは思いきり息を吸い込んだ後、激しく燃え盛る炎を口から放射した。
まるで、辺りを薙ぐように火炎を放つ。
ボーゲンは、川へ飛び込むかのように、後方へ飛んで炎を回避した。
しかし、ミリスとコルネウス執政官を守っている私は動けない。
燃やされると思った刹那、レティシアさんはガルーダの前に躍り出て先程と同じように槍を回転させた。炎。
レティシアさんを襲う猛烈な勢いの火炎は、彼女の高速回転させる槍の前で真っ二つに分かれ、火炎が私達の所まで届く事は無かった。
レティシアさんは振り返ると、私達の無事を確認してまた目を細めてにこにこと微笑んでみせた。




