第367話 『隙があれば、触ってくる』
「やめてください!! ちょ、ちょっと、やめてください!! 私、急いでいるんですよ!! この国のコルネウス執政官が、盗賊達に捕らえられて連れ去られてしまったので、助け出さないといけないんです!! このままじゃ、執政官は殺されてしまうかもしれない」
すると、私の身体を触り続けていた女冒険者の手が止まった。そして、腕を組むと唸り出してポンっと手を叩いた。
「うんうん、緊急事態って訳ね。それじゃ、しょうがない。特別にこの私が、あなたに手を貸してあげるわ」
「え? 本当ですか?」
巨漢ホルヘットを、あんなにあっさりと倒した。そして、あの尋常ではない身のこなし。彼女が助けてくれるのなら素直にありがたいと思った。
1人でなんとかしようとか、意地とかそういうものも関係ない。今一番重要な事は、一刻も早くコルネウス執政官を救出する事。
このとんでもなく強い女冒険者が力を貸してくれるというのであれば、縋らない訳にはいかない。
「でもねー、私もこの山でキャンプをしている途中だったのよねー」
「ど、どうすればいいですか? はっきり言ってください!」
「じゃあ事が上手く解決したら、一日だけ私とキャンプしてくれない? それとその感、あなたは私の言いなりになって欲しいの? 別に変な意味じゃないわ。私は、可愛いものを愛でるのが趣味なの。あなたみたいな可愛いお耳と尻尾の生えた子と戯れられるのなら手を貸すのも悪くないわ。いえ、むしろいいわ。最高だわ! だから喜んで手を貸すわ。ねえ、いいでしょ?」
まるで今にも口付けを交わそうとしている程に、顔を近づけてくる女冒険者。
……一日キャンプ……キャンプはセシリアやマリンとも楽しい思い出はあるし、嫌じゃない。だけど、私は今このメルクト共和国を救うという使命の真っ最中だった。
だけど……コルネウス執政官を確実に救出する為には、今はこれが確実である事には間違いない。彼女のこの尋常ならざる強さは、絶対に期待できる。この国の平和を取り戻せるのなら、私の事なんて次でいい。
「じゃ、じゃあ、一日ですよ! 一日でしたら……」
「やったーー!! イエーーイ、イエーーイ! ピース、ピース! 約束よ、約束! もう、無効にはできないからね!ウフフフフ」
「きゃあ!」
女冒険者は、両手でVサインを作りながらも私に抱き着いてきた。そして、抱きしめられると、そのままお尻を触られたのでなんとか逃げ出そうとした。
……だけど……この人の胸に抱きしめられると、物凄くいいにおいがした。綺麗な草原に生えている花のようなにおい。そして、優しい感触と温もり。
私は「はっ!」っと我に返ると彼女の手を振り払って距離をとる。
「そ、それじゃあ、お、お願いします! 手を貸してください」
「ウフフ。いいわよ。でも、あたなが言うこの国の執政官を救う前に、自己紹介してくれていいかしら?」
「はい。私はテトラ・ナインテール。クラインベルト王国の王宮メイドです。よ、よろしくお願いします!」
「テトラ・ナインテールというのね。テトラ……なんて、可愛い名前。きっと尻尾が四本もあるから、テトラってお名前なのね。可愛いわー。ウフフフ。そして、クラインベルト王国の……そう。でも、不思議。クラインベルト王国のメイドさんが、なぜこんなメルクト共和国なんかにいるのかしらね」
「ちょ、ちょっと待ってください。私の事ならそのキャンプの時になんでも答えます。だから!」
「はいはい。そうね。急がないとね。私の名前はレティシアよ。レティシア・ダルク。見ての通り、冒険者……といいたいけれど、何よりキャンプを愛するキャンパーかしらね。ウフフフ。兎に角、女冒険者のレティシアよ」
「それでは、レティシアさん。お願いします。コルネウス執政官を追いましょう。コルネウス執政官を連れ去った盗賊達は、このモロロント山も山頂付近まで逃げていると思います」
「そう、山頂付近にまでねー。そうなの」
何か含みのある物言いをするレティシアさん。
「あの……何か?」
「ううん。まあ、なんとかなるでしょう。……それよりも、急ぎましょうか」
「は、はい!」
コルネウス執政官を追ってモロロント山に私一人で登った所から、救出は一人で頑張らなくちゃいけないと思った。もしかしたら、ボーゲンが後を追いかけてきてくれると思っていたけど、いっこうに現れない。
私がさっき戦った盗賊のホルヘットも、覆面女剣士も強敵だった。きっとボーゲンも強敵に囲まれて今頃、苦戦しているのかもしれないと思った。
ミリス達やメイベル、それにビルグリーノさん達もそうだと思った。
だから何としても、私一人でもって必死になっていたけど、まさかコルネウス執政官を追って山を登り、盗賊と交戦している時に、こんな心強い味方が増えるなんて……
これならなんとかなる。そんな事を思いながらも、涯角槍を手に山を登り続ける。
すると、どんどんと山頂に近づくにつれ、坂がきつくなってきた。息が乱れるし、ホルヘットに投げられたダメージを抜きにしても、足が……足が披露している。
「頑張って、テトラちゃん。ほら、ガンバレー、ガンバレー。もう少しで頂上よ、ウフフフ」
こ、この人はスタミナも化物かと思った。足腰もだけど……体力には自信のあった私。戦闘の緊張と強敵との連戦で、息は乱れ足取りもおぼつかない。
そうだとしても、こんな急な坂を急いでスピードをあげて登り続けているというのに、この人は息一つ乱れておらず表情はずっとにこやかで余裕そのものだった。
「そ、それにしてもレティシアさん、武器はあるんですか? いくらあんな凄い投げ技が使えるといっても、この山にいる盗賊は強敵です。武器があった方がいいんじゃないですか?」
「一応、ナイフは持っているけどね。そうねえ、折角テトラちゃんが私を気遣ってくれているのだし、そう言う事なら用心しようかしら」
レティシアさんは、そう言ってナイフを取り出すとその辺に生えている枯れ木を斬った。そして枝を落とし、棒を作るとそれを手に持った。
「ウフフフ。伝説の剣のできあがりー」
満面の笑みのレティシアさん。あっけにとられていると、レティシアさんが急に私を突き飛ばした。
「え? きゃああ!!」
突き飛ばされた私は山の斜面を転がった。
いったい何が起きたのかと考えを巡らせる間も無く、私は悲鳴をあげながら岩山を転がり落ちて行った。
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〚下記備考欄〛
〇レティシア・ダルク 種別:ヒューム
モロロント山で偶然出会った女冒険者。テトラでも勝てなかったホルヘットをあしらうように簡単に倒す。テトラの事を一目見て気に入っているようだけど、なにもテトラの外見だけで気に入った訳ではないようだ。
〇伝説の剣 種別:武器
レティシアが即席で作ったただの枝。でもレティシアは、伝説の剣だと言い張っている。街の武器屋に持って行っても枝としかみなされないだろうことは明白。




