第361話 『非情なる戦い その1』
ビルグリーノさんは、私の前につかつかと歩いてくると、ぶつかりそうな距離まで近づいてきて立った。真っ直ぐに私の顔を見る彼の迫力に、気おされて後ろに下がりかけた。
だけど、今の状況でそれはしてはいけないと感じた。だから、密着してしまいそうな距離でビルグリーノさんと向き合って立っている。
近くで見ると更に解る彼の顔の傷。それは無数にあって、隻眼である無くした片目同様に戦闘で傷ついたものだろうという事を物語っていた。
ゲラルド様と対峙した時もこういうのは、感じたけれど……こういうのを、歴戦の者が纏う凄みというのだろうか。
「テトラ、お前を潜入部隊に加えてもいいが……その前に一つ聞いておきたい」
「な、なんでしょうか?」
「お前、敵が斬れるか?」
意外な質問だった。これから敵と戦うのだ。私の頼りにしている武器は『涯角槍』という一級品の槍。斬るというか、刺す……もしくは突くっていうのが正しいかもしれないけど、この場合の答えとして考えると――――私は敵を突ける。
「つ、突き刺す事はできると思います。これまでもそうして戦ってきました」
ビルグリーノさんは、私の返答に頭をボリボリと掻いた。
「すまんなー、テトラ。俺の質問が悪ったなー。要は、お前に賊を殺す事ができるかという事だ。要は人を殺められるかという事だよ」
殺す? 殺める?
「コルネウス執政官は、必ず助け出す。彼を無事救出した後、陣頭指揮に立ってもらうのだ。そうしなければ、このメルクトは救えん。戦いは賊を殲滅する事だけじゃないからな。そのあとの国の立て直しも含めて、彼の生存は絶対なんだ」
「そ、それは解っています」
「じゃあ解るだろ? 『闇夜の群狼』その一味は、全て根絶やしにせねばならんのだよ。そりゃ、情報を得る為に生かして捕らえる事もあるが、今回はできる限りの危険を避ける為、賊全ての殲滅をしておこうという作戦だ。両手をあげて降参してきても、その敵の心臓にお前の槍をねじ込んでもらう。できるか?」
「そ、それは……」
これまでも、魔物意外に人とも戦ってきた。ルーニ様を救出に行ったドルガンド帝国のトゥターン砦では、アーサー・ポートインと死闘を繰り広げた。
あの時私は、ルーニ様を助ける為に死に物狂いで戦っていた。今、ビルグリーノさんが言っているような事は考えていなかった。考える余裕もなかったのだ。
アーサーを倒す為には、手加減なんてしている余裕はなかった。あの時は、例えアーサーやシャノンを殺めてしまう結果になっても、ルーニ様を救出するためには、かえられないと思って槍を奮っていた。
その覚悟が、今もあるのか? それをビルグリーノさんは、私に問うているのだ。
ここで、盗賊達を殺すという事は、悪の芽を摘むという事。それはここにいる盗賊達が、また他の村やこれから何処かで誰を傷つける。誰かの命を奪う。
でも……仕方なく相手の命を奪ってしまうという事はあっても、どうにかできる者……改心できる者の命も奪っていいのだろうか?
正直、私にはどうしていいのか解らなかった。追い詰められれば、相手を殺める事も仕方ないと思うけど、そこまでする必要がない場合、私に人を殺す事ができるのだろうか。悪党とはいえ、両手をあげ降参している者をこの槍で貫くことができるのだろうか。
「できる! やってやるよ」
返事に詰まる私を見かねて、ボーゲンが代わりに言った。
「ボーゲン。あんたにゃ、聞いていない。この際だ、言っておこう。覚悟がねえなら、足手まといだから、ここで待機していてくれ。俺もマルゼレータももともとはそういう人間だ。汚れ仕事などは慣れているし、お手のもんだ。だが、冒険者の方々の本業は、商人や貴族の護衛、それに魔物討伐だろう。人を一方的に殲滅するっていうのは、慣れていないんじゃねえかと思っている」
アレアスやダルカン、ミリスもそれを聞いて顔を落とす。ボーゲンが更にビルグリーノさんに喰いついた。
「だから、言ってるだろ? 相手が賊なら、俺様にだって殺れる。いつもは、逮捕して牢にぶちこむんだがな。殺らなくてはならない場合もこれまであったし、実際殺った事もある。今回は、国を救うという大義の為だ。やってやるよ!」
「私もです! 私もそうしなければならないのであれば、そうします!」
「まあまあ、もういいでやんしょ! あっしはディストルとマルゼレータがいればやれやす。テトラやボーゲンも潜入には慣れてやす。むざむざ自分から見つかるような事もしやせんでしょうし、敵を打ち倒してもらうだけでも助かりやす。別に一緒にいっても邪魔にもなりやせんでしょう」
メイベルがそう言って、ビルグリーノさんの肩を叩いた。それで、ビルグリーノさんは、まだ納得しきれていないという顔をしつつも渋々頷いた。
私は、ボーゲンと一緒にメイベル達のあとについた。
「それじゃ、行きやしょうか! トリケット村へ潜入し、まずはコルネウス執政官を探して救出しやす。そしてタイミングを見計らって合図を送りやすんで、そうしやしたらビルグリーノ達は、一斉に村へ攻め込んできてもらえやすかね」
「任された。無事、やり遂げろよ」
ビルグリーノさんは、メイベルと握手すると次にディストルとも握手をした。そんな3人を見てマルゼレータさんは、鼻で笑った。
私達5人は、トリケット村の近くまで近づいた。そこで、メイベルが手を横に振って、止まれと合図した。
「ど、どうしたんですか? メイベル?」
「ちょっと待ってくだせえ。見張りがいやす」
メイベルはそう言うと、ディストルとマルゼレータさんに目配せをした。前方、村の周囲には見張りがいる。――3人。
ディストルとマルゼレータさんは、素早くその見張りのもとに忍び寄って近づくと、持っていたナイフであっさりと見張りを刺殺した。
一人が一人を仕留め、残り一人はディストルが近づいて後ろから掴みかかると、首の骨を折った。相手は、叫び声をあげる暇も無かった。
マルゼレータさん達の手慣れた行動を見て、また考えてしまう。
不意に後ろから殴りつけるなどして、気絶させるだけじゃダメなの? そんな事が頭をかすめる。それを察してか、ボーゲンが私の腕を叩くと睨んできた。
今は、余計な事を考えずに集中しろ! そう言ってくれているのだと思った。
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〚下記備考欄〛
〇シャノン 種別:ヒューム
クラインベルトの王宮メイド。テトラとは、同僚であったが以前あったルーニ誘拐事件でルーニを誘拐した。トゥターン砦でルーニを助けるべく追って来たテトラと再会し戦うが破れる。その後は、仲間のスカーとリトルフランケに連れられて逃亡した。つまり、現在も何処かで逃亡中。また登場する?
〇マルゼレータ 種別:ヒューム
ビルグリーノの一団の一人。レイザーワルツという、スカートの裾に仕込む無数の剃刀で敵を攻撃する技を持つ。舞うように戦うスタイルがテトラと少し似ているかもしれない。見た目は線の細い綺麗なお姉さんだが、腕っぷしは相当なようで仲間の信頼も厚い。




