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第352話 『殺める覚悟 その2』




 まだ、旅の途中なのに……冒険の途中なのに……


 やっと冒険者らしくなったばかりで、まだまだ冒険をしたいのに……


 確かに冒険には戦いがつきものだ。魔物とは、何度も戦闘し戦って私が仕留めた事もあった。


 でも……でも、殺人は犯した事がない。アテナやルシエルは、人を斬った事があると言っていた。


 ミューリやファムだって、『ウインドファイア』って呼ばれる程の冒険者ユニットなんだから、盗賊と戦ったりして仕方なく命を奪った事もあるかもしれない。


 でも、私は無かった。私の周りの人達の命を奪われた時の絶望と悲しみ、なによりそういった全てが怖かった。


 だから、この先私は人を殺める事はきっとできない……冒険者にはなれない……


 なれたとしても、薬草採取とか何かお届け物を届けるとかそういう事しかできない。それしか役に立てない。だから、到底なれない。私が憧れたアテナのようには、なれない。


 そう思うと、ふとあのカルミア村で『闇夜の群狼(やみよのぐんろう)』という盗賊団に、馬車に押し込められ運ばれていた時の事を思い出した。


 あの時、一緒に捕まって奴隷として運ばれていたレーニとモロは天国にいってしまった。だけど、その死体は時が経つとともに腐臭がし、惨たらしい姿へと変わっていった。


 私は思った。クウやミラールは、口を揃えて私やルン、それにロンに二人は天国へ行ったんだと言ったけど、腐臭を放つ二人はとても天国に行ったとは思えないような姿へと変貌していた。まるで、地獄に落ちて焼かれたように見えると――


 祈りは絶たれ、絶望が徘徊する馬車の中。首や手足は錠と鎖でつながれ、血と汗と腐臭。糞尿は塗れ流される。地獄の底の底の更に底――そんな場所に私達はいるのだと思った。


 身体から抵抗する力も消え、生きたいという意識も薄くなる。目から光が消えて、この世から早くなくなって身体に絡みつく絶望を絶ち斬りたいと願う。


 そんな死体のような状態に慣れ果てていた私達の目の前に、一人の女神様が現れた。青い眼と髪の綺麗なその女神様は、二振りの剣を巧みに使って私達を地獄に突き落とした盗賊達をやっつけた。


 私はその綺麗な青い髪と瞳の女神様を見て、すがった。気がつけば、大好きになった。できる事なら、その女神様と同じようになりたい。同じように強くなって、私達のように助けを求めている人達がいたら、助ける事ができる勇気と優しさと、それを実現する力を身に着けたいと思った。


 でも、私はここ一番の所で駄目だった。私は、どうしても人を殺められない……


 私の心の中を覗いてしまったかのように、ドルフスさんは私の身体をゆっくりと地に下ろし、絞めあげていたその手を解いた。



「ルキアよ。こんな危ない事をするのはやめろ。まだ、年端もいかんのだ。育った場所があるなら、育った場所に帰り穏やかに暮らせ。お前のような人も殺せん幼い少女が冒険者になっても、やがて死ぬだけだ」



 俯く私。駄目だ、顔があげられない。


 ドルフスさんは私の太刀を拾うと、私の腰に差している鞘へとしまってくれた。そして、肩をポンと叩いた。


 向こうでは、ルシエルが暴れて回っているのか叫び声や、何かが壊れる音などしている。ドルフスさんがそこへ向かおうとしているのに、私にはそれを止める事ができない。私には人を殺める覚悟がないから。


 力が抜けて、その場に座り込みそうになった。


 その時、ドルフスさんの声が聞こえた。



「なるほど。今度は、師匠が相手か」



 ――師匠? 私はドルフスさんの方へ振り向く。すると、そこには『ツインブレイド』を抜いて猛々しく構えてドルフスさんの行く手を塞ぐアテナの姿があった。


 アテナは、貯水槽を全て破壊したから、私の方へ助っ人に来てくれたんだ。あんなに落ち込んでいたのに、アテナの自信たっぷりの顔を見ると、癒された。なぜだろう? 元気が湧いてくる。



「ちょっとドルフス、あんまりうちの可愛いルキアを虐めないでくれる?」


「ア、アテナ!!」


「フフフ。少し聞いちゃった。思うところもあるし、私からもルキアに言わせてもらうわ」

 

「は、はい!」



 なんだろう? 心が高揚してくる。



「ドルフスは人を殺められる強さが必要だと言ったけれど、それについてはそうかもしれないとは思う。今の世の中、街を守る防壁の外を一歩出れば、危険な魔物や凶悪な盗賊達が闊歩している時代だからね。でも、ルキアが人をなるだけ傷つけたくない。むしろ、助けたいっていうのは、ルキアが持つ優しさだよ」


「や……優しさ……」


「そう! 私は、優しさは強さだと思っている。だって、強くない人が他の誰かの事を心配したり助けたりできないでしょ? 弱い者だから自身に余裕が無くて、暴力に走る者だっているんだよ」


「で、でも……」


「大丈夫。ルキアは強い子だよ。それに、このドルフス・ラングレンは太刀で少し斬られた程度じゃなんともないよ。でしょ、ドルフス?」


「な、なんともないだと!? 結構血を失って、足元が覚束ないぞ」



 それを聞いて、アテナはニヤリと笑った。



「あ、そう。じゃあ、チャーーンス。じゃあ、このまま選手交代で、ちゃちゃっと倒させてもらうね。さっさとやらないと、間もなくこの坑道は落盤して埋まっちゃうからさ」


「な、なんだと!? どういう事だ!!」


「大丈夫、大丈夫。ここであなたの命は奪わないし、借りもあるからちゃんと助けてあげる。それにちょっぴりキツイ言い方だけど、ルキアにもいい授業をしてくれたみたいだしね」


「ど、どういう事だ? ここが落盤するって! ま、まさか!」



 次の言葉を言う前に、ドルフスの金棒を剣で弾いて懐に入り、投げ技の【内股】で垂直になるほど足を跳ね上げて彼の巨体を思いきり投げ飛ばした。


 地面に叩きつけた衝撃で気絶するドルフスを横目にアテナは、言った。



「ルキア! 剣は人を傷つける事ができるけど、用途は他にもあるんだよ。私の親友のローザも言っていたけど、剣は相手を倒す以外に大切なものを守ることもできるってね。己を守り、誰かを守るそのルキアの剣は、活人剣だね」


「か、活人剣ですか……」


「そう。そう言う剣術もあるんだよ。それに冒険者になるには、何も剣だけじゃないでしょ? 私は冒険者って言うよりは、キャンパーって名乗りたいけどな」



 心地の良い焚火の音、そして温もり。暖かいアテナの料理。狩りの獲物を手にぶら下げて自慢げに武勇伝を語るルシエル。


 そう言えば、そうだった。私が憧れたのは、冒険者でありキャンプをこよなく愛するアテナだった。



「ここの一件が片付いたら、また一度クラインベルトへ戻ろうと思っているの。ノクタームエルドを出たら、また落ち着いて外の大空がある世界でキャンプをしたいね」


「はい! 私もしたいです!」


「それじゃ、まずはさっさとルシエルを助けに行きましょ」



 アテナはそう言って、気絶しているドルフスさんを空いてるトロッコに乗せようとした。カルビがアテナを手伝っていたので、私も慌てて手伝う。


 ドルフスさんをトロッコに乗せ終わると、それを3人で押した。


 するとドルフスさんを乗せたトロッコは、坑道の外へと走っていく。そのトロッコに「またねーー」と言って手を振るアテナの姿を見て、私は大笑いしていた。


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