第351話 『殺める覚悟 その1』
私は太刀の柄を口に咥えると、猫のように四つん這いになった。デルガルドさんに作ってもらった太刀『猫の爪』は、鉄以上の強度を誇るのに、羽のように軽い。
「アテナは、ドルフスさんを吊り橋で助けました。だから私も本音を言うと、あなたを傷つけたくはありません。だから、速攻で行かせてもらいます」
「それは同感だな。俺も誉れ高きヴァレスティナの貴族として、少女をいたぶる趣味は無い。それに俺だって、アテナの仲間であるお前を傷つけたくはない。だから、容赦なく手早く片を付けさせてもらう」
ドルフスさんが動いた。かなりの重量がありそうな金棒をブンブンと振ると、狙いを定めて勢いよく斜めに振ってきた。集中して、神経を研ぎ澄まして相手よりも早く動く!!
ドルフスさんの攻撃を避けるとともに、左右に高速で動き、バク宙から連続で跳躍した。
「なんて、動きだ!! これが獣人……っというか、アテナの仲間の実力か!!」
「はい! 私は、アテナの一番弟子ですから!!」
直地と同時に、加えていた太刀を手に持ち替え、ドルフスさんへ振った。届く!!
やった!! ……っと思った瞬間、ドルフスさんの身体から鮮血が飛び散った。
「え?」
膝をつくドルフスさん。私は先程まで自信満々に握っていた太刀を落っことした。……斬るつもりじゃ……
「うぐっ!! アテナと共にいたエルフと魔法使いの姉妹は、バケモノクラスだと思っていた。だが、こんな少女まで、この強さとは思わなかった。やるな……」
「だ、だめ!! 動いたら、血が!!」
気が付くと、私は先程まで戦っていたドルフスさんに駆け寄っていた。そして、私がつけた傷をどうにかしようとしていた。
身体が震える。なぜだか、私のカルミア村を襲った盗賊達の事を思い出した。私は、あんな思いをもう二度としたくはない。そう思っていた私がドルフスさんにこんな深傷を負わせてしまうなんて……気が遠くなった。
震えて立ち尽くす私を見たドルフスさんは、金棒を杖代わりにして立ち上がると、金棒では無く平手打ちを放った。
私の左頬に衝撃と痛みが走り、太刀『猫の爪』を落とした場所まで吹っ飛ばされてしまった。
よろよろと起き上がり、ドルフスさんを見つめる。ドルフスさんは、傷の痛みなのか私の何かが気に障ったのか解らないけど、怒っているような表情をしていた。
「人を傷つける……殺める覚悟が無いのなら、今すぐ冒険者なんてやめてしまえ。剣など持つな」
「わ、私はアテナのような冒険者になるって夢があるんです! 私はアテナのように強くなって困っている人を助けたり、心躍るような冒険がしたい!」
「悪いが死ぬだけだ。世界はお前が思っているより、意地悪で凶悪だ。もちろん美しいものだってあるが、全てではないのだ。お前のような覚悟のない者が冒険者を続けても最後には泣いて死ぬ」
「そんな事はないです! 私にはアテナやルシエル! それにミューリやファムっていう最強の仲間がいるんだもん!!」
泣いていた。なぜだか、ドルフスに言われたことに対して涙がでる。どうしてだろう?
「名は?」
「私はルキア! ルキア・オールヴィーと言います!」
「そうか。じゃあ、ルキア。お前がこの先、冒険者でいられるか証明してみろ。おおかた、ガラハッド王に息子の暴走を止めてくれと頼まれたから同情してやってきたというのかもしれないが、お前のような少女がこんな採掘場の襲撃などと言う賊みたいな事をしていたら、いつか死ぬ」
「私は死なないです! 死んでしまった家族には会いたいけれど、私は生き続けると誓いました!」
「なら、その誓いはここで潰える」
そう言うとドルフスさんは、胸に負った傷を気にもせず金棒を私目掛けて振り下ろした。私は自分の太刀を拾うと、そのまま転がって避けて距離をとった。しかし、詰めてくるドルフスさん。
「その誓いは崩れさる」
「な、なんでそんな事を言うんですか!! 私は!! 私はアテナのような強い冒険者になるんです!!」
ドルフスさんの金棒をことごとく回避して、太刀を振った。私の太刀『猫の爪』は、ドルフスさんの首を捕らえた。――このまま、太刀を振りぬけばドルフスさんの首は刎ね落ちる!!
私にはできない。ドルフスさんの攻撃を全て避けて、首を捕らえたのに太刀を振り切ることができなかった。
太刀を首にあてた所で、後ろへ跳んで距離をとる。
「アテナを師匠だと言ったか。ルキア、お前にはそれを言うだけの戦闘センスがある。修練もしっかりと真面目に積んできたんだろう。勇気もあるようだ。だが、お前には覚悟が無い」
「か、覚悟がない?」
「そうだ。覚悟とは強さだ。いざとなれば相手の命を絶つ事のできる強さ。それがなければ、いくらいい剣を持とうが山程修練しようが、結局のところで負ける。命のやり取りだとしたら、死ぬことになる」
ドルフスは、今度は捨て身の状態で襲い掛かってきた。避けなきゃって思っているのに動揺しているのか身体が動かない。
私はあの私達の村の皆や、リア……お父さんお母さんの命を奪った盗賊達のようには、なりたくない。人の命を奪える覚悟が必要で、それがないと冒険者にはなれない……剣を持つ資格がないというのなら、私は……私は冒険者にもなれないし、武器も持てない。
そして、アテナにもなれない……なれないよ……
胸倉をドルフスさんに掴まれ、そのまま持ち上げられた。苦しいと思ったけれど、ドルフスさんの胸に私がつけた刀傷からは夥しい程の出血。それに比べれば、首を絞めあげられるのなんて大したことがないと思った。
カルビが心配して駆け寄ってきたけど、私はかわらずに虚ろな目をしていた。




