第350話 『猫の爪 (▼ルキアpart)』
「このウルフめ! 外から入ってきたか!! まあいい、やっつけてやる!!」
「カルビ、こっち!!」
ワウウッ!!
カルビはドワーフ兵の攻撃をひらりとかわし、私の足元にきた。
ポール男爵が、私とカルビを見つけて叫んだ。
「絶対に!! 絶対に逃がしてはいけないのでございますよ!! その獣人の小娘と、ウルフを捕らえるのでございますよ!! 抵抗するようなら、痛いめにあわせてやってもかまわないのでございますよ!!」
ポール男爵の引き連れていヴァレスティナ公国兵と、ガラード殿下直属のドワーフ兵が一緒になって襲い掛かってくる。
震える足に、これは武者震いなんだと言い聞かすと、腰に差しているアテナからもらった最高の太刀『猫の爪』を抜いて構えた。この構えがどうい流派なのかも解らないけれど、あえて言うならアテナ流。
冒険者になってから、アテナに教わり続けて覚えた剣術。実践でも学んだ。
剣を持っていなかった今までは、代わりに棒や短剣を使って練習していた。だから、今こうして自分専用の太刀を握って構えるだけでも数段に強くなった気がした。
「さっさと捕らえるのでございますよ!! 近くに他の仲間もいるはずでございますよ!!」
「うおおおおお!!」
数人のドワーフ兵と公国兵が、私目掛けて一斉に囲んだ。今までの私とカルビなら、ここで捕まっていた。だけど、今は――
「邪魔するなら、怪我しますよ! やああ!!」
掴みかかろうとしてきたドワーフ兵の腕に素早く太刀で打ち込んだ。峰打ち。更に踏み込んで、打ち倒していく。
「この小娘!! このおおお!!」
ガルウウッ!!
「うわあああっ!!」
カルビは、不意に襲ってきた公国兵の足元に体当たりをする。大きくバランスを崩した公国兵の腕と肩に太刀を打ち込んだ。峰打ち。
あっという間に周囲には、ドワーフ兵と公国兵含めて数十人が転がっていた。
ふと我に返り、冷静に周囲を見ると本当に私がこの全員を打ち倒したのかと驚いた。こんなのまるで、アテナみたい。
アテナに救われてから、ずっとアテナのようになりたいと思っていた。アテナのように優しく強い冒険者になって、困っている人達がいたら全てを救いたい。自分の身を自分自身で守れる位に強くなって、旅やキャンプも楽しみたい。
そう思って少しでもアテナに近づける様に精一杯頑張ってきたけど、今初めて自分がアテナのようだと思った。私は、以前とは比べ物にならない位に強くなっている。そう実感した。
「いけーー!! いっけーーー!! 一気に畳みかけるのでございますよ!! 何をしているのでございますか!! 賊はたかだか、少女一人と子ウルフ一匹でございますよ!!」
「うおおおおお!!」
懲りずに、残りの兵達が向かってくる。
「カルビ!! 行くよ!!」
ワウウッ!
兵達に向かってカルビと一緒に駆けると、合図を送った。返事をしたカルビは、一瞬身を屈めた私の背、肩と順に飛び乗って思いきり跳躍すると敵の方へ飛んでいきちょび髭男爵ポールの顔に張り付いた。
「ぎゃああああ!! ま、前が見えないでございますよ!!」
「ここだ!! 申し訳ないですが、倒させてもらいます!!」
ポール男爵が悲鳴をあげ、暴れてもカルビは決して張り付いている顔から剥がれようとはしなかった。カルビの方も必死にしがみついている。なんとも異様なその光景に、兵達が目を奪われている隙を狙って走り込み、迫ってきていた全員を打ち倒した。
すると、カルビを顔から剥がそうと必死に走り回ったりしているポール男爵も足を滑らせ転倒し、気絶した。それでようやく、ポール男爵の顔からカルビが剥がれた。
やった! 私とカルビだけで、ポール男爵達を倒すことができた。まだ心臓がドキドキしていて、興奮が覚めやまない。
「なぜアテナがこんな獣人の少女を連れているのかと思っていたが、納得がいった。その動き、獣人の俊敏さではあるがアテナによく似ている」
振り返ると、後ろにドルフス・ラングレン男爵が立っていた。
その向こうでは、アテナが複数の兵達と戦い、更にその向こうの高台ではルシエルがシャルロッテとキョウシロウと戦っている。今、あの二人に助けは求められない。
でも、今の私はあの『闇夜の群狼』とかという盗賊団に捕まり奴隷として売り払われかけていた頃とは違う。ただ泣いて、絶望していた私じゃないのだ。戦える。
「ドルフスさん!! ここは、危険です!! 引いてください!!」
「ほう、どう危険なんだ?」
ドルフスさんは、金棒を手にどっしりと構えた。この人はかなり強い。でも、この人とアテナが吊り橋で戦ったのを私は見ている。だから、ある程度どういう攻撃をしてくるのかとか想定して戦えると思った。
「兎に角、ここにいるのは危険なんです! どうしても従ってもらえないのなら……」
「実力行使しかないとでも言うのか? あまいな。お前達の事は嫌いじゃない。大人しく拘束されるなら怪我させないが、抵抗するなら骨の一本二本は覚悟してもらう事になるぞ」
ドルフスさんはそう言うと、私目掛けて思いきり金棒を振ってきた。私は跳躍し回避すると、ドルフスさんの肩を狙って太刀を放った。
ギイイン!!
金属音!! 私の太刀は、ドルフスさんの金棒で跳ね上げられた。その勢いで『猫の爪』は、私の手を離れ宙へ飛んだ。回転している。
「えものを失ったな!! もらった!!」
今度はドルフスさんが金棒を勢いよく突き出してくる。連続突き。なんとか、獣人特性の動体視力と俊敏さで攻撃を回避し、思いきり跳躍して太刀『猫の爪』をキャッチする。
着地と同時に、太刀を連続で打ち込んだがドルフスさんはその全てを金棒で防いで見せた。
絶対に私の方が早さは上だと思っていたのに……吊り橋での戦いを見ていたけど、見るのとやるのとでは随分と違うという事を思いしらされた。
ドルフスさんとの対峙は続く。




