第33話 『その魔物、ウルフ その3』
辺りも暗くなってきた。歩き続けていると、せせらぎが聞こえてきたので道から外れ、そちらへ行ってみた。
ほら、やっぱりあった。小川を発見したので、そこでキャンプする事にした。
キャンプする周辺は、林になっていた。その辺には、枯れ落ちた木が沢山あって薪には困らない。早速、集めてくると焚火をした。着火には、マッチを使う。風以外に炎の魔法も使えるのだが、オレが使える魔法といったら精霊魔法なので、こういう事に使うにはあまり適さない。強力すぎるのだ。それに、火おこしに魔法を使ったりしないのは、キャンパーとしてのこだわりがあるからなのだ…………フフフ。
焚火ができたら、テントの設営。慣れたもんだ。もう、手間取らなくなってきたぞ。
手頃な平たい石を見つけてきて、その石を川で洗う。そう、調理台にするのだ。
「本当は、グレイトディアーかビッグボアでも獲れれば良かったんだが……まあ、でも量は確保できたし……いいか」
道中見つけて狩った、鳥2羽と兎3匹を解体する。こういう時に、アーチャーで良かったと常々思う。比較的簡単に肉を調達できる。
羽をむしり、皮を剥いで内臓を取り出す。サッと小川で洗うと、骨と肉を切り分けた。
「ふう……あとは、調理するだけだな。料理上手のアテナがいるともっと美味いものを作ってくれるんだがな。オレは焼く位しかできん。ははは」
笑って作業していると、周囲に無数の殺気を感じた。弓矢を手に取り、焚火から片側だけ火のついた薪を拾い上げて辺りを照らした。
ガルウウウウウウウ
「またウルフ共か⁉ まったく、しつこいやつらだ」
20匹近くはいるし囲まれてしまっている。そうだ。そう言えば、うっかりテントを張る前に周辺に魔物避けの聖水を撒くのを忘れてしまっていた。と言うか、聖水自体を持ち歩いていない。
「しまった。うっかり、エステカルテの街で聖水を購入すること自体、忘れてしまっていたな。キャンプする時に聖水を撒く事は、教えてもらっていたが、これまでアテナに任せっきりだった上に、アテナもちょくちょく忘れていたからな」
ガルウウ!!!!
2匹が飛び掛かってきた。避ける。避けると同時に、火のついた薪を押し付けた。ウルフはギャンっという悲鳴とともに跳ねのいた。残りのウルフにも、矢を撃ち込んだ。わざと、殺さないように怪我だけさせてという攻撃を続けていると、オレを囲っていたウルフ達は逃げ出していなくなった。そう、1匹を除いて…………
「またおまえか……」
あの子ウルフだった。
「ここで、おまえを殺ってもいいがそうなると、血のにおいで他の魔物がよってくるかもしれん。それに、オレはここでもうキャンプを設営してしまっているし、辺りも暗い。…………今更移動したくない。だからといって、殺したウルフの骸を今から何処かへ捨てに行きたくもないし――――食ってしまうにしても食糧は十分に足りている」
………………
「…………つまり、何が言いたいのかというと、オレの気がかわらないうちに何処かへ行けって事だ。……わかるな?」
子ウルフは、距離をとってじっとこちらを見ている。そう言えば、さっき集団で襲ってきたウルフ達の中には、いなかったような気がする。一緒にここへ来たのかもしれないが、隠れていた。隠れていて、他のウルフ達が去ったあとにひょっこり現れたという感じだ。
………………
かわらず、じっとこちらを見ている。一定の距離は、保っている様子だが唸り声も威嚇もしてこない。なんなんだ、おまえは…………
気にしていても仕方がないし、あんなの襲ってきた所で何も怖くはない。大型のボスウルフだって別に余裕なんだ。襲ってきたウルフ達もあれだけ、痛い思いをしたんだから今日はもうやってこないだろう。
――うん。こんなのは、気にしないでさっさと晩飯の準備を進めよう。腹も減ったし、明日はアテナと会える。
ザックから、ミャオの店で値切って買ったフライパンを取り出して、火にかける。そこに油をひいて、切り分けた肉をのせる。ジュジュジューっと肉の焼ける音と、におい。ついでに、香草を入れた。
「いいにおいだ。今日は、エスカルテの街を出てから色々な事があったし、途中サンドイッチは食ったが、それ以外はずっと歩き詰めだったからな。ペコペコだ」
肉の片側が焼けると、ひっくり返した。そして、塩をふった。
「そろそろ食べごろかな」
鳥と兎。まず、鳥肉の方を枝で作った箸でつまみ上げ食べる。
「うまい!!!! やっぱり、肉を食べないとな!!」
アテナは、エルフが肉を食べるなんてと驚いていたが、あんな里の連中みたいに、豆とかでタンパク質を補うなんて、考えられない。パワーを付けるには、肉を食わないとな。肉を!
続けて、今度は兎の肉を口へ放り込んだ。美味い。美味いが……そうだ、あれがある。そう思って、ザックから瓶を取り出した。中には、肉によく合うタレが入っている。アテナが使っていたもので、ラスラ湖でバーベキューの際に美味いと言っていたら、別れ際に分けてくれたのだ。
瓶の蓋を開けて、こんがりと焼けた兎の肉に中のタレを垂らす。そして、食べると……うまいっ!!!!
…………何か視線を感じるような気がして、その方向へ振り向くと、もう1メートル位の距離にさっきの子ウルフが接近してきていた。そして、こっちを見つめている。
「おおっ!! 近いな!! びっくりした!!」
腹が減っていて、食事に集中していたので子ウルフが、こんなに接近して来ている事に気が付かなかった。
「あっちへ行け!!」
言ったが、変わらずにこちらを見つめている。その目には、敵意はもうないように思えた。
「いいか! もう一度言うけど、あっちへ行け! オレは、別に魔物を殺す事になんの躊躇いもない! 魔物は、オレのような冒険者にとっては討伐対象だからな。さあ、解ったらオレが食事している間に何処かへ行け」
しかし、子ウルフは動かずこちらを見ている。……いや、少し……また少し20センチ程近づいてきている。焚火の火が怖くないのか?
ぐぐーーーーーーっ
なんだ? 嘘だろ? 子ウルフの腹の音⁉
「はあーーーーー。まったく…………」
肉を一切れ、箸で挟んで子ウルフの顔の前に差し出した。すると、子ウルフは、その箸から肉を食べた。
もぐっもぐっもぐっ――――ぺろりっ
子ウルフは、肉を食べきると何度も口の周りをぺろっとしながら、更に距離を詰めて来た。もう、隣にいる。
そして、その体制はお座りの状態で目を丸くしている。チラチラとフライパンにのっている肉を見るが、奪おうとせず様子を伺っている。あの数のウルフやボスウルフをあっさりと倒したのも見ているだろうから、奪うような事をすればあっさり殺されると、思っているのかもしれない。…………だとすると、なかなか利口なやつだ。
「もっと、食うか?」
更に肉をやった。あっという間に、平らげる。どうやらこの子ウルフも、相当空腹だったようだ。残りの肉は、子ウルフと分け合って食べた。
「はあーーー。美味かった。さてと、お湯でも沸かすかな」
アテナがいれば、ここで食後の茶か珈琲を入れてくれるのだろうが、生憎と持ちあわせていない。今日は、お湯を飲んで満足するしかない。小川から水を汲むと沸騰させて飲んだ。子ウルフも、水を飲みに付いてくる。
後片付けも終わり、そろそろ寝ようと思い、テントに入ろうとすると焚火の横で丸くなっていた子ウルフが一緒にテントの中へ入ろうとした。
「おいっ! どういうつもりだ? もう、十分肉をやっただろ? ここは、オレの寝床だぞ。そろそろ、自分の仲間のもとでも何処へでも行け」
しかし、子ウルフはテントに入り込んだ。
「おいっ!!」
テントに入ると、子ウルフはその隅の方で丸くなっていた。
「まったく…………」
まあ、いい。こんな子ウルフがもし、寝首をかこうとしたところで簡単に返り討ちにできる。全く脅威ではない。それに、こいつ……オレの毛布のある所ではなく隅で寝るつもりなんて、一応立場は理解しているのかもしれない。
はあーー。しょうがない、一日だけだ。一日だけ。
そう思って、今夜一晩はこのテントでこの子ウルフと一緒に寝る事にした。
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〚下記備考欄〛
〇ルシエル・アルディノア 種別:ハイエルフ
アテナのパーティーメンバー。Fランクの冒険者で、クラスは【アーチャー】。精霊魔法も得意。外見は長い髪の金髪美少女だが、黙っていればという条件付き。弓の名手でナイフも良く使う。アテナと合流する為、単身ニガッタ村へ向かう。途中、戦闘になったウルフの群れにいた子ウルフの事が、自分と少し境遇が似ているかもと気になっている。
〇グレイトディア― 種別:魔物
鹿の魔物。お肉が美味しく、多くの人に好まれている。王族や貴族は、普段食べる肉は基本的に豚、牛、鶏、羊など養殖されたもので、魔物の肉を汚らわしいと思って食べない。セシル王やアテナは、美味しいものをよく知っている。
〇ビッグボア 種別:魔物
猪の魔物。魔物には、同種でも大型のものやボスクラスのも、キングサイズのものがいる。そして亜種や希少種も存在するのだが、ビッグボアにもビッグウリボウという種が存在するそうだ。大人になれずに、身体だけ大人以上になってしまったビッグボア、それがビッグウリボウ!!
〇ウルフ 種別:魔物
狼の魔物。森や草原、荒地、雪山と至る所に出没する魔物。集団で行動し、集団で獲物へ襲い掛かる。
〇子ウルフ 種別:魔物
狼の魔物、ウルフの子供。脅威度は極めて低い。他のウルフと共に行動を共にしているようだが、その力の低さから仲間から相手にされていない。ルシエルに、追っ払われてからもその後をつけ回す。こんな所も少し、ルシエルと似ているかもしてない。今回もルシエルにストーキングするが、他のウルフ達と同様にルシエルを襲いに来た訳ではなさそうだ。
〇マッチ 種別:アイテム
爪楊枝程の棒の先に、火薬のついた火つけアイテム。箱に収納されており、その箱の側面にマッチを擦る鑢がついている。これがあれば、簡単に火を点けられるが、雨の降る場所や、湿気ていると使えない。キャンプの良さを知ったルシエルは早速ミャオの店によった時に、購入した。
〇聖水 種別:アイテム
街のアイテムショップ、教会、冒険者ギルドにて販売している。グレードがあり、その効果も違う。その辺に撒くと、魔物を寄せ付けない効果があり、アンデッド系や悪魔系の魔物に対してはダメージを与える事もできる。冒険者の御守り的なアイテム。しかし、アテナもルシエルもキャンプなどで魔物避けに事前に撒いておくのを忘れがちになる。とっても不思議。




