第325話 『無謀なる挑戦』
ヘリオスさんの手料理で、お腹いっぱいになり大満足していると、ヘリオスさんは更にデザートとして林檎を剥いてくれて、食後の珈琲までも入れてくれた。
ボクは焚火の前に薪を置くとそれに腰かけて、林檎を齧ると目を細めて珈琲をすすった。
「どうだ? 美味いだろ」
「林檎も珈琲も美味しい。そして、クリームシチューも絶品だった。どうも、ご馳走様でした」
ボクはすっかりこの凄まじい剣の腕を持つ老剣士に、骨抜きにされていた。
「このノクタームエルド……洞窟世界にも洞窟世界でしか育たない果実がある。だけどな、やっぱ俺は外の世界っていうのか……たっぷりと陽の光を浴びて育ったこの林檎のような果実が好物だ」
確かにボクもそう思う。ちょっぴり酸味があるけれど、しっかりとした甘みのある美味しい林檎。ここで仕入れたのか、ここへ来る前に仕入れたのかは解らないけど、とても美味しい後味の良い林檎。
「珈琲もこだわっているんだぜ。俺はキャンパーだからな。俺ほどのキャンパーになると、朝起きた時や昼食や、夕食の後のデザートコーヒーにもちょいとこだわるってもんだ。因みに、お前に今入れてやった珈琲は俺自身が豆を選別しブレンドして、焙煎からミルで挽く所までちゃんとやっているもんなんだぜ」
「焙煎?」
「豆を煎るんだよ。こうやってな。この珈琲は厳選した豆を数種使用して焙煎した。因みに浅煎りだ。そして、そんな美味い上質な豆を大量に使用して粗挽きでドリップすんのが俺流のこだわりだ」
「なるほど。ボクは珈琲の事に関して言えば、美味しいとか不味い位しか解らないけど、この珈琲が今の説明でより上質なものだと理解したよ」
ヘリオスさんは、にこりと笑った。
そして話を続ける。
「お前な、マーリン……じゃなかった、今はマリンって名乗っているんだっけな」
ボクは眉間に皺を寄らせて言った。
「今じゃなくて、ずっとマリンだよ」
「解った解った。マロンだろ? しっかり解ってるって。落ち着けよ。ったく栗みてーな名前に勝手に改名しやがって」
更に眉間に皺がよる。
「……それでお前、これからアテナと行動しているルキアという少女を追ってドワーフの王国へ行くんだろ?」
「そうだね。ルキア・オールヴィーはドワーフの王国へ向かったと聞いたからね。ボクには、彼女に会って彼女の妹リアが確かに生存している事を伝えなければならない」
「ほう、それはお前の使命なのか」
「いや、友との約束だよ」
すると、ヘリオスさんは煙草を取り出すと焚火で火をつけて口に咥えた。大きく吸って、煙を吐き出す。
ボクは煙草が身体を害するという事は知っているし、自分では絶対に吸う事はないなと思っているが、ヘリオスさんが煙草を吸う表情は実に、美味しそうに味わっているなと思えた。佇まいもなんていうのか、絵になる。
でも、煙はボクの方にこないようにしてほしいけど。
「リザードマンっていう魔物を知っているか?」
「知っているけど、唐突だね。いきなり、別の話かい?」
「いや、同じさ。リザードマンっていうのはな、人間みたいに集まって住処を作る。そんな中には、その住処をもっと拡大させて国を作る奴らもいるんだ。恐らく、人間のマネをしているだけだろうがな。このノクタームエルドにも、いくつかリザードマンの一族がいてな。そのうちのひとつがドラゴンを目覚めさせたようなんだ」
「ド、ドラゴン? リザードマンにそんな事をできる者がいるのかい?」
流石にドラゴンと聞いて、驚きを隠せなかった。魔物の中では最上位の生物として言われ君臨しているもののひとつ。
何種類もの魔物や動物、精霊までも目にしてきたボクだがドラゴンは未だ目にしたことはない。
「地属性のドラゴン、つまり地竜なんだけどな。冒険者ギルドでは、グレイドラゴンと言っている。奴らリザードマンのボス、ザーシャって野郎が仕切っているザーシャ帝国って連中なんだがな、どういう訳かその地竜の眠っている場所を見つけだし、しもべとする術で見事に従えたらしい。俺は術っていうか、そういう竜を従わせる特別なアイテムを使用していると睨んでいるが」
「なるほど、実に興味深い話だね。つまり、リザードマン……そのザーシャ帝国は、地竜を目覚めさせて自分達の思うままに操れるように、てなづけているという事か。……村か街でも襲うつもりかい?」
それを言って、ここロックブレイクの名が思い浮かんだ。まさか、ここに攻め込んでくる。
ヘリオスさんは煙草をもうひと吸いすると、もっと衝撃的な事を言った。
「もっと大変な事になる。奴らは地竜を従えてドワーフ達を根絶やしにする気だ。もっと的確にいうと、ドワーフ達を殲滅し、国を奪う気だ」
ドワーフ達の殲滅? 国を奪う? っていう事はザーシャ帝国が攻め込もうとしているのは、ドワーフの王国という事か。ボクがこれから目指す場所で、ルキアがいるかもしれない場所。
これは大変だ。
「慌てるな。奴らは、本気でドワーフの王国を攻め落とす気だ。つまり、今はその為の準備をしている。簡単じゃない、日数もそれなりにかかるだろう。だから、マリン。お前は今日、ここで休んで明日起きてからドワーフの王国へ向かえばいい。それでも、ザーシャ帝国のリザードマン共がやって来るまでには到着できるだろうよ」
「それじゃいったい、ヘリオスさんは何を言いたいんだ?」
「地竜復活と、リザードマン共がその地竜を従えてドワーフの王国を襲う計画を知った俺は、それを阻止する為にドワーフの王国へ向かうつもりだった。色々あってあんまり、気が進まなかったんだけどな。でも、お前とここで偶然出会い、お前の実力も知ることができたし、行先も俺と同じだと解った」
ヘリオスさんは煙草の煙を吐き出すと、火を消し立ち上がった。
「俺はドワーフの王国には行かねー事にするわ。お前とアテナでなんとかしろ。ドワーフ達を助けたければ助けろ」
「ボクは、友に頼まれた約束を果たしに行くだけだよ。ドワーフの王国を救いに行く為でも、地竜を倒しに行く訳でもない。地竜自体は実に興味深く思えるが、倒すとなると別だよ。そこまでする義理はボクにはないからね」
「知っている。それはお前の自由だ。だからこそ行って見て聞いて知って、お前が判断すればいい。何にせよ、お前の実力が解りドワーフの王国にアテナがいると解った以上、俺はいかねー。アテナならなんとかするだろうし、お前……マリン・レイノルズまでいるとなるとおつりがきそうだ。それに俺は、他にやる事もあるしな。こう見えて大忙しだ」
ヘリオスさんはそう言って、ボクのテントの近くに自分のテントを設営し始めた。どうやら、ここに1泊するようだ。
ボクも蟲や老剣士との戦闘の疲れも少なからずあったので、話を終えると早めにテントへ入って休んだ。
――翌朝、起きると老剣士ヘリオス・フリートの姿は消えていた。
リザードマンの話を聞いてしまったボクは、すぐにこのロックブレイクからドワーフの王国へ向けて出発した。
それから暫くしてようやく、何かつっかえていたものがとれた。
……そう言えばボクの聞いたことがある名で、SSランクの伝説級冒険者がいた。その名は、ヘリオス・フリート。自分の事を冒険者というよりは、キャンパーと名乗っている変わり者だそうだ。
「なるほど……噂通りの男だった。……ボクが本気になっても、倒せない訳だ」
どうやら、ボクはとんでもない男と共に肩を並べて戦い、そしてそれを知らずして無謀にも挑戦してしまっていたようだ。
「プフーーーー」
そう思うと、なんだか笑いが込み上げてきた。
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〚下記備考欄〛
〇ザーシャ 種別:リザードマン
ノクタームエルドに生息するいくつかのリザードマンの群れがあり、その中でもかなり大規模なリザードマンの群れがある。その群れのリーダー。自身を帝王と名乗り、群れを率いてリザードマン達の帝国を作った。仲間を増やし、やがてノクタームエルド全域をリザードマンの帝国にしようと目論んでいる。




