第324話 『色合い鮮やか、野菜たっぷりクリームシチュー』
ロックブレイクへ戻ると、レイン、サミュエル、ヴァスドが待っていた。
そして、3人に別れを告げられた。どうやら3人は、ラコライからまた新たに仕事を頼まれたようだ。
こう見えても、ボクも冒険者だ。何も用事が無ければ、レイン達ともう少し行動を共にしてもいいと思った。だけど、ボクには果たさなくてはならない役目がある。リアのお姉さんのルキアに会って、リアの事を伝える。
…………でも、それについては一つ反省点ができた。
ボクには、リアやテトラ達に任された役目があるのに……ボクは老剣士ヘリオス・フリートと命を賭けて勝負をしもかまわないと思い、先程まで戦っていた。感情が先走ってしまった。
だからリアだけでなく、テトラやセシリアにも心の中で何度も謝った。ボクは、こんなボクの事を友人だと思ってくれているテトラ達の力になりたいと思っていたのに――――もう少しで、どうなるか解らなくなるかもしれない所だった。反省――――
「じゃあね。なごり惜しいっていうか――本音を言うと、あの蟲達との大戦闘の直後だから、もっとゆっくりしたいんだけどさ。依頼内容が、他の冒険者からの救援要請らしいから、早く行ってあげないと。だから、この辺でいくよ」
「ここまで道案内ありがとう。ボクに役目が無ければ、喜んで手を貸すつもりだけれどね。……いや、違うね。君達とは、もう少し一緒に冒険したかった。少しの間だったけど、一緒にパーティーが組めて楽しかった」
サミュエルが笑った。
「はっはっは。まあその友人の頼みも無かったら、マリンはこのノクタームエルドに来ていたかどうかも解らんし、そうするとワシらとの出会い自体も無かったかもしれんしな。こうして、知り合えばまたいつか出会って再会の喜びを分かち合える」
「言われてみれば、確かにそうであるな」
ヴァスドも頷いている。
ボクはロッキーズポイントで出会ったこの親切な3人と順番に握手を交わし、最後にレインに抱き着いた。レインは驚いた顔をしたが、すぐに照れ臭そうに笑った。
「じゃあまた何処かで」
「じゃあ、幸運を! そして、良い旅を!」
ロッキーズポイントで知り合った3人は、ボクをこのロックブレイクまで送ってくれた。なんとなく、このまま4人でドワーフの王国まで行くかもしれないと、期待をしていなかったと言えば嘘になるが、どうやら皆との旅はここまでのようだ。
でも、ここまででも案内してくれた事は素直に嬉しい。そして楽しかった。
ヘリオスがボクの肩を叩く。
「感動の別れも済んだし、そろそろ飯にしよーや」
ボクは呆れた声で「うん、わかった」と言った。
テントに戻る前に、ロックブレイクの露店エリアで、食糧を買い込んだ。この拠点にいる者は皆、あの大量のオオダマトゲヤスデを撃退したのがボク達であると知っていた。だから、結構おまけをしてくれた。
なるほど、人を助けるとこういう風に食べ物を沢山もらえたりもするのか。これは、因果律を見事に操作し幸福を得ていると言っても過言ではないな。……フフフ。
テントに戻ると、ヘリオスが早速イソイソと何かを準備し始めた。
「謎の老剣士……」
「いったろ? ヘリオス・フリートだ」
「ヘリオス……」
「ヘリオスさんだ。こっちはお前の何倍生きていると思ってんだー? 年長者に経緯を払え。そうすれば、ちっとは利口に見えるぞ」
そう言ってヘリオスさんは焚火を熾すと、その火を利用して咥えた煙草に火をつけた。
――そして、煙。……煙いし、臭い。煙草を吸う人間の気が知れない。
「それで、ヘリオスさんは何を作っているんだね」
「いちいち、なんか喋り方が上からだなー、お前。まだガキだろ? 手が空いているなら、手伝え」
「う、うん、いいよ」
「おい、なんだ? 嫌そうだなー」
ヘリオスさんは料理を始めている。やれやれ、仕方がない。ボクも食べるんだから、まあ手伝うのは当然と言えば当然だろう。
馬鈴薯を洗って、皮をむいた。人参、南瓜、茄子、それに見たこともない地底の野菜? それらを一口大に切ってヘリオスさんに渡す。
ヘリオスさんはそれらの食材を受け取ると、フライパンにオリーブオイルを垂らし満遍なく油を行き渡らせると、先程皮をむいてカットした野菜を入れて、焚火を使って炒め出した。
ある程度、食材に火がとおり、焦げ目が少しつく程度の所でそこへ今度は水筒を取り出して、中に入っていた液体を投入した。
「え? これはなんだい? 白い液体?」
甘くていい香りが鼻を通り抜ける。こ、これは……ミルク?
ヘリオスさんは、ニヤリと笑うと、自分のザックから革袋を取り出した。そして、そこからなにやら白い固形物を取り出すと、フライパンの中へ入れた。フライパンの中は、色鮮やかな野菜たっぷりの真っ白いスープになっていた。
「マリン。これをカットしてくれ」
「い、いいよ……」
鶏肉を渡される。これも露店で購入した。
ボクは言われるがまま、食べやすいサイズに鶏肉をカットする。すると、ヘリオスさんはボクがカットしている間にナイフを取り出すと、器用に薪を使用して串を作っていた。その串に鶏肉を指して、直火で少し焼く。
肉が焼け、それを食べる事ができるのかと思ったら、ヘリオスさんはそれをフライパンに入った白いスープの中へ入れた。更に、塩と胡椒、パセリだろうか……ハーブのような何かの粉末も入れていた。
更にとどめにバターをひとかけら落とした。それを見てしまったボクのお腹は、もうずっと鳴り響いてとんでもないことになっていた。まさに、腹減りオーケストラ。
そこからまた暫く煮込んで、ようやく完成。
ヘリオスさんは、器にその白いスープを入れると、買ってきたパンと一緒にボクへ差し出した。
「ほいっ。出来上がり。とびっきり美味いぞー」
「こ、これは?」
「ああ。普通に店で売っていたパンと、俺特製のクリームシチューだ。美味いぞー。本当ならな、ブロッコリーも入れたかったんだが、手に入らなかった。残念だ。それでも、これは美味いぞー」
す、すごい美味さを押してくる。それだけ味に自信があるという事か。ふむ。
ぐーーーーーーーっ
「おっ。もうさっきから、腹が鳴りっぱなしだろ? 食えよ、遠慮すんな」
ボクは頷いた。それじゃ、まずはパンをひとかじり。
……むっぐむっぐむっぐ、ごくん! うん、これはなかなか。
ヘリオスさんが、珈琲を入れてボクの手元に置いてくれた。ボクは、礼を言うと今度はそのクリームシチューなるものをスプーンで掬って口に含んでみた。そして、野菜を咀嚼し液体と一緒に飲み込む。
「う、うまい!! これは美味い!! これは、物凄い料理だよ! 甘いし、野菜と肉がスープと上手く混ざり合って絶妙にまろやかで……そう、例えるならこのドロっとしたクリームシチューのように、溶けるような味わい」
褒めたつもりだった。それ程に美味しかったのだ。
だけど、ヘリオスさんはムスっとした表情をしていた。なぜ? 味の感想が、もしかして気に入らなかったのかもしれない。でも、これは本当に絶品だと思って食べているのは事実だ。
そう思っていると、ヘリオスさんが言った。
「おいおい、違うよ。違うってば」
「え? え?」
「ちょっと待てよー、まいったなー。いいか? 教えてやるからよく聞けよ。そのパン、次に齧る辺りの部分をクリームシチューに浸してみろ。たっぷりだぞ。いいな、たっぷりだ。でもたっぷりだけど、齧る部分だけつけるんだ。そうして、齧ったらまたパンを浸すんだ。やってみろ」
「え? う、うん。なるほど。それじゃ試してみよう」
言われた通りの食べ方で試してみた。
それで、どれ程美味しくなるのだろうか? 確かこのヘリオス特製クリームシチューは絶品である事は間違いないが、パンに浸したからと言って別に……
パクッ
――後光が差した。
ボクは、その美味しさに驚きを隠せず、ヘリオスさんに縋りついてお代わりのパンを更に10個おねだりした。
でも残っているクリームシチューの割合から言ってあと、4個位が限度だろうと言われ、ボクは天国から一気に真っ逆さまに地獄へと落とされた感覚に陥った。この料理は絶品! 美味い。
ボクは、こんな美味しい料理を作る事のできるヘリオスさんはきっといい人なんだと思った。
ついさっき、殺し合うつもりで向き合っていた相手だったが、ボクの敵意はこのクリームシチューで、すっかりスカスカに抜き取られてしまっていた。
「いいか、マリン。美味いものを食うっていうのは、生きている喜びを噛み締める事でもあるんだ。だから、美味いものを食うと、何事においてもまた頑張ろうと思うんだぜ」
「な、なるほど」
ベテランキャンパー、ヘリオス・フリート。バケモノレベルの強さを持つこの男は、人の心も読み取ることができるのかと一瞬思った。




