第323話 『水の悪魔vs老剣士 その2』
老剣士ヘリオスは、これ見よがしに人差し指を立てて見せた。
「一つ、アドバイスしてやろう。お前が水魔法で作るレプリカは、極めて精巧で本物と見分けがつかん程にレベルが高い代物だがな、これじゃまずジリ貧突入間違えなしだ。まず、本物のお前が前に出て戦わなければ、間違いなく俺に傷一つつける事はできないな」
そう言われたボクは、もうすでに作っていたレプリカを消した。レプリカはただの魔力を帯びた水になり、バシャアっと音を立てて崩れる。その後ろから本物のボクは、老剣士の前にその姿を現した。
「ほっほー。お前が本体かー。こんな時、初めましてって言うのかな?」
「簡単に言ってくれるね」
「いや、ちゃんと理解しているよ。最上位魔法高位認識阻害魔法だろ? 驚いたよ。自分の姿を透明化し、認識阻害の効果を発動させて気配を消し去るというなかなかお目にかかれない魔法だ。いや、最上位でなく特位魔法だったか? それとも大魔法だっけか? 魔法は詳しくねーからアレだが、兎に角すげー魔法だ。こんなの使えるなんて、とんでもねー天才だろうなって事は解るぜ。流石、ラダンの孫だな」
「……まさか、こんな魔法の事まで知っているなんて……正直、驚きを隠せないよ。じゃあ、ボクからも一言。ヘリオスさん。あなたが何者か知らないし、どんな冒険者かもしらないけど、ボク本体をここへ引きずり出してしまったら、もうあなたに勝ち目はないよ」
「へえ、そうなのか。そりゃおっかねえな……じゃあ、試してみるか」
最上位魔法【高位認識阻害魔法】の魔法を知っているだけでなく、見破るなんてもうAランクどころじゃない冒険者だという事は解る。だけど、調子に乗って本当のボクを引きずり出すだなんてのは、馬鹿げた行動だった。まもなく、この老剣士は、そう思うだろう。そして、そうなればもう後悔しても遅い。
何にせよ、ボクの事を色々と知りすぎているだろうし、得体がしれないこの男は、ここで消してしまった方がいいのかもしれない……
「水よ、集え!!」
右手を挙げて魔法を詠唱する。この空洞――エリア内の地面から水が湧き出る。それと共にボクと老剣士を中心に囲んで、大きな水の壁が出来上がった。
地から湧き出る水は、水の壁で作った囲いの中で増え続け、あっという間に満たし老剣士の腰の位置にまでになった。しかし、腰まで水に浸かっている老剣士と違って、ボクの方は水面に立っている。
これも、水属性魔法を極めし力。
「おいおいおい。こりゃもう、下着までびっしょりだぜ! ちょっと、力を見てみるつもりだったが、突っつきすぎたか。こりゃ、とんでもねえ魔法を放つ気だろ? 俺はもう年寄りだぞ。老いぼれ相手に、使う魔法かよ」
「いや、もうボクの中であなたの脅威度を再修正している。あなたは、ボクが過去に戦った事が無い程の強敵だ。最強の敵――」
老剣士は、ふっと笑って頭をかいた。
「……敵ね」
「それじゃ、覚悟はいいかな。これ位じゃ死なない事も知っているし、本気でいくからね。いでよ! 獰猛なる水のしもべよ。我に仇名す者を殲滅せよ! 《鱓達の狂宴》!!」
「おいおい、嘘だろ?」
魔法詠唱を終えると、ボクが集めた周辺に湧き上がる大量の水が、柱のように噴水し無数の巨大なウツボへと化した。そして、うねり叫び暴れると、老剣士に狙いを定め一斉に襲い掛かった。
老剣士は水でできたウツボに喰われる瞬間に、剣を振りそのウツボの首を見事に刎ね飛ばした。そして、水の中を飛沫をあげながら逃げ回りながらも、次々襲い掛かるウツボの首を刎ねていく。
「はっはっは。いくら倒しても無駄だよ。そのウツボは水でできているのだから、倒した所ですぐに次の獰猛なウツボが生まれてあなたを襲う。これで、勝負がついたようだね」
二刀流。左右の剣を振り回し、次々とウツボを倒す老剣士。ボクは最後の駄目押しに、更に魔力を消費しウツボ達を強化した。ウツボ達は今まで以上に、大きくなり激しくうねり力強くなった。
しかし、ボクの予想に反して老剣士の表情は相変わらずで、恐怖の欠片も見つける事ができなかった。なぜ?
そう思った刹那、老剣士は左右に持つ剣を同時に地に突き刺して叫んだ。
「破!!」
老剣士が剣を指した場所から白く輝く光が放射状に広がり、周囲に舞う無数のウツボだけでなく発生させた水や水の壁共々を吹き飛ばし消し去った。
老剣士はなんでもなかったように、二振りの剣を引き抜くと、鞘にしまった。
「ふう……もう十分だ。マーリン……は、嫌なんだっけな。マリンの実力なら大丈夫だと解った」
「何がだ!? 何が十分なんだ? まだ、ボク達の決着はついていないだろ?」
「おい、いい加減にしないと怒るぞ。身の程を知れ。俺はヘリオス・フリートだぞ」
その名なら、さっきも聞いた。そんな事よりも、普段ずっと冷めているボクがこんなにも熱くなっている事の方が重大だった。この老剣士……ヘリオス・フリートとボク。どちらが優れているか、決着をつけたい。そんな衝動にかられていた。
それは、実に興味深い事。
ボクの心の中は、この男に勝ちたいという欲求でいっぱいだった。なのに、老剣士ヘリオス・フリートは振り返ると、ロックブレイクの方へ引き返し始めた。
「おい! 何処へ行く? ボクらの決着は?」
「だーかーらー、身の程を知れっていったろ? 俺が本気を出せば、本当にお前は死ぬぞ。自分が一番強いなんて幻想は持つな。そう言うのを、己惚れっていうんだよ。お前より強い奴なんて、山のようにいるぞ。なんなら、順に名をあげていってもいい」
ボクよりも? 魔導都市マギノポリスで、天才と言われたボクよりも強い奴が山のよう? フ……フフフ。面白い! 実に、面白いよ!!
はぐらかすようで、核をついてくるようなヘリオスの言葉に怒りを通り越して笑ってしまっていた。
「おい! もういいだろ? それより、腹が減った。とりあえず、何か喰いものを調達してお前のテントへ行くぞ。それで、まだ暴れたりなければ、特別にまた遊んでやる。しかし、もうだいたいお前の力も解ったからな。面倒くさいのも嫌いなんで、次はさっきのように優しくはないからな。ほら、こい。行くぞ」
さっきのように優しくない? なんなんだろう、この男は。
しかし、圧倒的に強い。ボクの水の結界を一瞬にして吹き飛ばした時に、一切の魔力を感じなかった。……という事は、単純に剣の腕だけでこの強さということ?
ボクは老剣士ヘリオス・フリートの後を追いかけてロックブレイクへと戻った。そして、食糧を買い込むと、自分でレンタルしたテントがある場所へヘリオスと共に向かった。
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〚下記備考欄〛
〇高位認識阻害魔法 種別:黒魔法
最上位黒魔法。自分の姿を透明化し、認識阻害の効果を発動させて気配を消し去る。
〇鱓達の狂宴 種別:黒魔法
最上位の、水属性魔法。周囲に水の結界を発動し、大量の水で満たす。そこへ複数の水でできた巨大なウツボを召喚し、目標を攻撃させるというとんでもない水属性の黒魔法。




