第319話 『蟲達の親玉』
実は、こうすればいいという作戦をなんとなく考えていた。……というか、蟲の群れの進行を防ぐのであれば、この地形ならこれが一番合理的な方法だろうと思っていた。
老剣士が煙草を吸い終わり、サミュエル達も体力を取り戻したのを見計らって答えた。
「次の手だけど、一応考えている。今ボク達の前方には、水属性魔法噴水防壁を重ねて展開させ、水の壁を作って蟲達の進行を一時的に防いでいるけど、これを解除する。そして、それとほぼ同時に今度はボクらの後方、つまりロックブレイクへつながっている道を同じように噴水防壁で遮断する。そうすれば、ボクらは敵の討ち漏らしを心配しないで前だけ向いて、集中して戦える」
ガリガリガリガリ……
話している間にも大量のオオダマトゲヤスデが、水の壁を打ち破ろうと向かってきている。水の壁が打ち破れないので、地面を削って潜ってこようとしているものもいるようだ。だけど、この固い地面を掘るのは、一苦労だろう。
レインが少し怯えた声で言った。
「で、でもそれだとさ。あたしらの逃げ場なくなっちゃわないかい? 後ろに壁で、前からは大量のオオダマトゲヤスデだろ?」
「でも、そうなる事はここに来た時点で承知の上だろ?」
サミュエルがレインの肩をポンと叩くと、レインは溜息をついて頷いた。そして、声を張り上げる。
「あーーあ。もしかしたら、あたしがこの世で最後に食べたものが、あのスイートポテトになるかもしれないんだよねー。こんな事になるんだったら、もっと色々食べておくんだったよー」
「え? でもあれはかなり美味しかったよ。スイートポテトは、最高だ」
それを聞いてサミュエルとヴァスドが笑った。
「なんだ? マリンは美味しかったって言っているのに、レインは不満なのか?」
「はっはっは! スイートポテトは拙僧も好物だ」
ひとしきり皆で笑うと、サミュエルがボクの目を強く見つめた。ボクにはそれが、第二ラウンドへ突入するゴングを、ボクに鳴らせという意思表示だと解った。
「それじゃ、戦闘を再開しよう。再度確認しておく。今、蟲達を防いでいる噴水防壁を解除する。それと同時に後方に、また同じく水の壁を張り巡らせて道を塞ぐ。そしたら、一気に蟲達を駆除。これでいいね?」
ずっと黙って、ボク達のやり取りを眺めていた老剣士が尋ねた。
「魔法使いの娘。お前はそれで……噴水防壁を張り巡らせた状態を維持したまま戦えるのか? 重要な事だからな、聞いておきたい」
「問題は無い。ボクは魔法の同時詠唱もできるからね。この状態でもある程度の魔法を扱う事はできる」
それを言うと、老剣士の眉がピクリと動き、「ほう……魔法の同時詠唱までできるのか」と言って感心した様子を見せた。
サミュエルは、ラージシールドを捨てるとウォーハンマーを両手で握り直し構えた。レインも弓に矢を添える。ヴァスドは両手に装着したアイアンナックルを異常がないか確認すると、強く構えた。
サミュエルが大声をあげる。
「準備オッケーだ!! マリン!! さあ、やってくれ!!」
「解った。だけど、皆もう少し希望をもってくれていいよ。噴水防壁を解いたと同時に、ボクがオオダマトゲヤスデの数を一気に減らす」
「え? そんな事ができ……」
「それじゃ、《噴水防壁》解除!!」
そう叫ぶと、今までオオダマトゲヤスデの大群を防いでいた水の壁を全て解除し、素早く後方に新たに水の壁を展開した。例えるなら、蟲でできた波を喰いとめる堤防。
そして水の壁による隔たりが無くなった途端、塞き止められていた蟲達が嵩増しされていた事もあって、一斉に雪崩れ込んできた。凄まじい量の蟲。
皆の、悲鳴にも似た雄叫び。ボクは両手を大きく掲げると、思いきり前に突き出して叫んだ。
「これだけ密集して列になって向かってきているのであれば、一気に沢山倒せるよ!! 喰らうがいいよ!! 《水蛇の一撃》!!」
前方に翳した両手から、凄まじい勢いで水が飛び出す。勢いよく大量に放水された岩をも穿つ程の威力の水は、向かって来るオオダマトゲヤスデを大量に吹き飛ばし、打ち付けて倒した。
「やるな、マリン!! よーーし、これならいけるぞ!! 皆、いくぞおお!!」
サミュエルの声にレインとヴァスト、老剣士も続いた。ボクもその後ろから、貫通水圧射撃で迫りくる蟲を貫いて援護をする。
すると、半時もせずにほとんどのオオダマトゲヤスデを討伐してしまった。
レインが跳び上がり、サミュエルとヴァスドが歓喜の声をあげた。
「やったー!! なんとかロックブレイクを守り通したぞ!!」
しかし、老剣士は両手に持つ剣を鞘に納めずに、蟲の群れが雪崩れ込んできた先を一点に見つめ続けていた。
それを見て、ボクはまだこの棘のついたダンゴムシとの戦いの決着は、まだついていない事を悟った。群れ自体は一層したので、後方に魔法で作っていた水の壁の堤防は解除する。そして、老剣士と同じく警戒を続けた。
するとすぐに、何か大きなものが身体を引きずっているような音がしてきた。徐々に、こちらに近づいてきている。老剣士が叫ぶ。
「まだ、終わっとらん!! だが、こいつで最後だろう。ボス戦だから、気合を入れていくぞ!!」
すっかり全て討伐し終えたと思っていたレイン達は、その言葉を聞いて驚いた。そして、その驚いた顔は、すぐに引きつった顔へと変わる。
老剣士が言っていたオオダマトゲヤスデのボスが、ついにボクらの目前にその姿を現した。
その大きさは一言に巨大で、3階建て一軒家程の身体に、比例した大きな無数の棘。まず、こんなダンゴムシもヤスデも今まで見たことがない。
「こいつはたまげたな。やっぱり以前のアシッドスライムの件を聞いていたのと、この規模の群れから察して親玉は確実にいるとは睨んでいたんだけどな。大当たりだ」
「……親玉」
「そう、親玉だ。名称はデビルスパイクキングだ。気を付けろ。このサイズであの回転アタックなんてされたら、棘に串刺しにされるっつーより、その前にペシャンコだ」
老剣士はそう呟くと、剣を再び構える。そして、この巨大オオダマトゲヤスデに向かって走り出した。
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〚下記備考欄〛
〇デビルスパイクキング 種別:魔物
オオダマトゲヤスデの親玉。一戸建ての家並の大きさで、凄まじい突進力と強固な装甲板のような身体の表面をしている。通常の剣や槍では、傷をつける事も一苦労。この魔物が現れると冒険者総出で討伐に向かう。因みに好物は、ゴブリンやオークなど人型の魔物……もちろん人間も好む。
〇水蛇の一撃 種別:黒魔法
中位の、水属性魔法。魔力で作り出した大量の水を掌から一気に放水する魔法。中位魔法だが、その中でもトップスクラスに位置する威力があり、目標を凄まじい水圧で押し潰す。
〇貫通水圧射撃 種別:黒魔法
上位の、水属性魔法。指先から光線のように細い水を放水する。しかし、高圧力で発射されている水で、岩をも貫通する威力。触れたとしても、切断されるという恐ろしく殺傷能力にずば抜けた水属性魔法。




