第310話 『マリンの笑いのツボ その2』
「ジャイアントアントだ!! 皆戦闘に加われええーー!!」
後方でサミュエルの、そう叫ぶ声が聞こえた。しかし、ボクはまたそのジャイアントアントの繰り返されるアントという言葉に反応してしまった。なんて、愉快な言葉だろうか。
「プフーーーーー!」
ギャーーーーッス!!
笑った瞬間、目前まで迫ってきていたジャイアントアントが一斉にボク目掛けて襲い掛かってきた。なるほど――暗闇が広がり、一面岩に囲まれたこの世界では、この数の大きな蟻に一斉に襲われたら並みの冒険者ならかなり危険な状況に陥るだろう。
でも、ボクは並の冒険者ではない。
このボクが嫌っているメロにも言われたが、ボクは『アクアデビル』とも呼ばれて恐れられている。
魔物と言っても集団で行動し、大きいだけの蟻と『水の悪魔』では、勝負は見えていると言っても過言ではない。
ボクは、襲い来る蟻たちに向けて両手を翳した。
「まとめて仕留めよう!! 喰らうがいいよ。《水玉散弾》!!」
水の弾丸を生成し、迫りくる大量の大きな蟻に向けて放つ。水の散弾。無数の小さな水粒が蟻達を打ち抜いた。
ギャーーーーッス!!
しかし蟻達は、予想通りに数に頼ってきた。前衛にいた者達が水の粒で打ち抜かれ倒れると、その屍を踏みつけてその後衛の蟻達が今度は前に出て、束になって襲い掛かってくる。
でも、同じ事を繰り返すまで。そうすれば、いずれ尽きる。
そう思って両手を再び翳した。すると、ボクの後ろから3つの人影が走り抜け蟻達にぶつかった。その影はサミュエル、レイン、ヴァスドだった。
「ぬおおおお!! 皆かかれええええ!!」
「倒し損ねた蟻は、あたしが全部射貫くよ!!」
「接近戦闘は、拙僧にお任せを!!」
「いやいや、別に助けてもらわなくてもボク一人で……」
そこからはあっという間だった。サミュエルが、ハンマーで蟻達を殴り倒し道を作るとそこへヴァスドが入っていき、得意の拳法で突いて蹴り倒した。レインも上手く二人の背後に移動して、見事な援護射撃を繰り出す。
迫りくる全てのジャイアントアントを倒すと、サミュエルが皆の状態を確認した。
「大丈夫か、皆?」
「おう!」
「なんともないさね」
「ボクもなんともない」
「どうやら皆、怪我はないようだな」
「でもさ、マリン。あんたが一人で歩いてって、その向かってる方の暗闇から、沢山の向かって来る蟻を見た時にゃ、あたしは肝が冷えたよ。確かに凄い水属性魔法だったけど、マリン……本当に大丈夫だったかい? かなり至近距離で魔法を放って戦っていたけど、あれってウィザード本来の戦い方じゃないだろ?」
ウィザード本来の戦いをする程の相手でもなかった……そう思ったけど、口には出さなかった。そもそも本当の事を言うと、ロックブレイクまでは道案内が一人いてくれればボク一人でも十分だった。
でも皆の親切な気持ちは、嬉しく思う。だからロッキーズポイントで縁があって知り合った、サミュエル、レイン、ヴァスドの厚意にあまえる事にした。メロだけは、除いてだけどね。そのメロが今度は、歩み寄ってくる。
「おおー、流石が最強ウィザード! 我らがマリンだね! お仲間の方々もめっちゃ強い!! ロックブレイクまでは自分も用事があってね、その理由もあってマリンについてきたんだけど、こりゃあ安全にたどり着けそうだね。あははは」
どうせ、もう何を言ってもついてくるだろうしメロの事は無視をした。
「もう、ちょっとマリンー! 自分の話、聞いてくれていますかー? おーーい、もしもーーし」
「知らないよ」
「まあまあ。じゃあ、とりあえず危険も去った事だし、再びロックブレイクを目指そうじゃないか」
ボクはサミュエルの言葉に頷くと、再びロックブレイク目指して出発した。
そして、再び暗闇が広がり長く続く洞窟の中を歩いていると、ふとさっきの蟻の事がひとつ気になって隣を歩いているレインに聞いてみた。
「あのさ、レイン。ひとついいかい?」
「あん? 煙草かい?」
そう言って、レインはポケットから煙草を取り出してボクに差し出した。でも、ボクは煙草を吸った事もないし吸いたいとも思った事はなかった。
「いや、煙草は吸わない。ちょっと気になることがあってね、もし知っていたら教えて欲しいんだ」
レインは、ボクのその言葉にキョトンとすると差し出した煙草を一本咥えるとマッチを擦って火をつけ吸い始めた。大きく吸って、ぶーーーーっと煙を吐き出すとボクに言った。
「え? なにさ? 何をききたいのさ?」
「さっきジャイアントアント……アント……プフーーーーー!」
「え? またそれ?」
駄目だ。もう流石に慣れてきたと思っていた所だったんだが、急におかしくなるな。なんて言ってもアントって言葉が二回続くのだからな。傑作この上ないよ。
あーーあ。テトラやセシリアなら、この面白さを解ってくれるかもしれないのにな――なんて思っていると、レインがもう蟻でいいだろ? っと溜息交じりに言ったので頷いた。
「さっきの蟻なんだけど、大量にいただろ? いちいち倒した数まで数えてはいなかったけど、思い返してみれば50匹はいたんじゃないかなと思う? どうだろうか?」
「ああ。いたんじゃないか」
「それでその倒した蟻達の死骸を、ボクたちはそのままに放置してきたじゃないか」
「そうだが、それがなんだい?」
「……いや、ね。端的に言うとね。さっきの蟻と戦闘をした場所は、これから他の冒険者や旅人が通る事もあるだろうし、あのまま倒した蟻達の死骸を放置したらこの洞窟の中、あの数の蟻の腐臭も充満するかもしれない。通行の妨げにもなるだろう。それは、冒険者のマナーとしていいのかなってふと思ってね。その辺、どうなのだろうか?」
すると、レインは酷く面倒くさそうな顔をしてボクの顔を見た。
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〚下記備考欄〛
〇水玉散弾 種別:魔法
下位の、水属性魔法。小さな水の弾を無数に生成し、一斉に放って目標を撃ち抜く。水と言えど、その小さな粒は弾丸のように固く感じる。散弾なので、逃げ回る相手や複数の敵にも有効な魔法で、下位魔法に位置づけされはいるものの、物凄く優秀な魔法。




