第302話 『ミリスを追って その2』
ボーゲンは、私が見事に落ちた落とし穴を、不思議そうに見つめていた。穴の底には、2匹のウルフと1匹のアウルベアーの死体がある。
「ボーゲン! 急いで、早くミリスを助けに行かないと」
「ああ、解ってるよ。いちいちうっせーな! ちょっと黙ってろ!」
やはり、何か気にかかる事があるのだろうか?
「ど、どうかしたんですか?」
「いや、お前がアホみたいに見事に落ちた穴なんだけどよ」
「ううっ……言い方……」
「お前が落ちる前に、どうやら穴の入口に枝とか落ち葉、草で蓋がされていたようだ。言い換えればカモフラージュされていたみてえだ」
「え? それって……」
「ああ、罠だな。それに、この辺の猟師の仕業って訳でもなさそうだぜ。なんせ、ウルフとアウルベアーが一直線にこの穴に向かって来て落っこちたんだからよー!」
「つまり……誰かが、私をこの穴に落として、更にその上から魔物を追い立てて落とした……とかっていう事ですか?」
「ああ、俺様の考えではそうだ。それに、このやり口はちょっと猟師や盗賊っぽくもねえな。なんとなく、俺様のAランク冒険者としての嗅覚がそう言っているんだけどな。この手口は、俺達のような冒険者っぽい奴の仕業のような気がするぜ」
「ぼ、冒険者!? じゃあ、魔物を追いたてて私のいた穴に落としたんでしたら、その人はこの辺りにいるんじゃないですか?」
そう言って、あの私達に襲い掛かってきたボロボロのローブに身を包んだ2人組の事を思い出した。ローグウォリアーとビーストウォリアー。
まさか……
「多分奴らだな。それに、もう逃げちまってるだろう」
「そそそ、それじゃさっきの二人組、冒険者なんですかね?」
「知らん。……手口がそれっぽいと言うてるだけだ! そうかもしれねえし、そうだったのかもしれねえ。本人にでも聞いてみねーと、解らんわな。ほら、行くぞ! ミリスを取り返しに行くぞ! ボサっとしてんじゃねえ、こっちだ!」
「あ、あともう一ついいですか? ボーゲンはなぜ、ミリスが連れ去られた方角が解るんですか? もしも、別の方に連れ去られていたら……」
ボーゲンは、物凄く不機嫌な顔をすると、つかつかとこちらへ歩いてきて私のお尻を叩いた。
バシッ!!
「いたっ!!」
「アホ! ミリスを探す気が本当にあるんなら、ちゃんと周囲を見ろ! ボヤボヤしてるから、こんな落とし穴なんて、落っこちるんだぞ! このマヌケ!!」
「そ、そんな、ひどいー」
そう言って、ボーゲンは近くにあった木を指さした。その木にはナイフが刺さっていて、その幹には方角が解る様に傷がつけられていた。
「こここ、これ!! ほら、ボーゲン!! これ!!」
「アホか!! 俺様が教えてやってんだろが? それに、ここまでくる間にもあったぞ! よく見ろ、そして観察しろ! メイベルが俺達に残してくれたヒントだよ。本当に助けるつもりで、ここに来ているんだったらちゃんと見つけろ。ほら、さっさと行くぞ狐女!」
ちょっと、泣きそうになった。でも、我慢した。
泣きそうになった事は、ボーゲンがきつい物言いをするからじゃないし、お尻を強く叩かれた事でもない。言っている事、それが正しいと思ったからだった。
ハアーーー、私は駄目だなー。ルーニ様の救出や、あのアーサー・ポートインに打ち勝った事。リアとカルミア村に行き、『闇夜の群狼』の幹部であるバンパやゴルゴンスを倒して村を救った事で、己惚れていたのかもしれない。
ゲラルド様に褒められ、認められたと思って心の何処かで有頂天になっていたと思う。私にとっては、ゲラルド様……そして陛下やルーニ様に褒められた事は、何よりの事だった。フォクス村で過ごした子供の時の思い出何て、私にはまがい物としての人生しかなかったのだから。
だから、皆に認められた事が何より、嬉しかったのだ。だけど、それに己惚れていたのであれば、ミリスを救えない。
これまでの事も、私自身の力じゃなく、セシリアやマリン……それにバーンさん達が力を貸してくれたからこそやり遂げる事ができたのだから。
「おい!! ボヤボヤしてんなよ! この狐女!! おいてくぞマヌケ!!」
「は、はーーい!! ボーゲン、待ってください!!」
「チッ!! とろとろしやがって!!」
さっさと行こうとするボーゲンの後を、慌てて追いかける。そして、袖を軽く引っ張った。
「あああ⁉ ちょ、このアマ!! なんだ? 何しやがるこんな時に!!」
「まだ、言っていませんでした!」
「ああ? 何がだよ」
「落とし穴に落ちた私を見捨てないで、救ってくれてありがとうございます! ボーゲンは、やっぱりあの偉大なバーンさんの弟分なんですね! 凄いです!」
「ああ? いきなりなんだよ、もしかして落とし穴に落ちた拍子に頭を強く打っちまったのか?」
私は悪態をつくボーゲンの顔を見つめて、感謝の気持ちを精一杯伝えようと満面の笑みをして見せた。
すると、ボーゲンは一瞬気まずそうな顔をしたかと思うと、向こうを指さした。
「ほら、あそこだ!! あの洞窟、ミリスを連れ去ったゴブリンの巣だ」
それを聞いて、慌てて身を乗り出した。洞窟。既に入口付近に、何十匹ものゴブリンの死体が転がっている。
「フハハ。どうやらメイベルとディストルは、先にゴブリン共のねぐらに突入しているな。しかも、転がっているゴブリンどもの感じから言って、ついさっきだぜ。俺らも続くとしようぜ」
「はい!!」
「アホ!! 大きな声を出すな!!」
「す、すいません」
私はボーゲンの腕を掴んで、縋りつくように謝った。すると、ボーゲンは「ほら、行くぞ!」と行って身を屈めながら洞窟へと近づいて行ったので、私も直ぐにその後に続いた。




