第296話 『闇夜の刺客 その1』
キャンプまで、あともう少し。
そう思える距離まで鹿をなんとか引きずってきたその時だった。嫌な気配を全身で感じた。何かがつけてきているような……そんな感覚。
鹿に巻き付けている蔓から手を離し、背負っていた涯角槍を手に取る。
――――カンテラで辺りを照らし出して、気配の正体を探る。何かがいる……何かがつけてきて、こちらを見ている。
最初はゴブリンかとも思ったけど、どうやらそうではなさそうだった。
…………緊張で額から、汗が滴り落ちる。
「だだだ、誰かいるんですか? ななな、何か私に用なんですか?」
大きめの声でそう言ってみた。だけど、返事は無い。
私の勘違い? いや、森の中に誰か潜んでいる。そして、こちらを見ているのは間違いないと思った。
それが何かはっきりさせないと、このままでは危険だと思った。もしキャンプまで戻れたとしても、この得体の知れない何かも皆の所に連れてきてしまう。
「ももも、もう一度言いますよ!! だだだ、誰なんですか!! よよよ、用があるなら出てきなさい!! つ、つけてきているのは解っているんですよ!!」
ガサササササッ!!
「ヒイイイイ!! なななな!!」
再度警告し終えた所だった。暗い森の中から、何か大きな塊が飛び出してこちらに突貫してきた。私は咄嗟に避けようとしたが、その塊は私の動きに合わせて動いてぶつかってきた。衝撃。力づくで、その大きな塊に私は押し倒されてしまった。
「うぐぅっ!!」
目を開いてそれが何か見てみると、大きな身体の何者かが私に馬乗りになっていた。ボロボロのローブを身に纏い、フードを深く被りマスクをしている。
顔が全く解らないけど、胸の膨らみを見て女性だという事は解った。
「ふんっ!!」
ローブの女は、腕を大きく振りかぶると馬乗りの状態から私の顔面にパンチを叩き込んできた。いきなり予想外の攻撃で、1発もらってしまって意識が飛びそうになった。
女は容赦なく更に左右のパンチを交互に打ってくる。幸い両腕が自由だったので、必死にそのパンチを防いだ。
「うっ!! ぐっ!!」
パンチを防いでいる腕が折れそうな程、痛かった。でも、防がないと顔面を潰される。もう一度、さっきのパンチを顔にくらって平気でいられる自信がなかった。
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
ローブの女は、必死になって防いでいる私の気持ちなど、まったくお構いなしという感じで次々とパンチを放り込んでくる。腕が軋む。……もう、駄目。
「ぐっ!! うわあああああ!!」
思い切って相手の両手を掴みにいった。そして、力を振り絞って仰け反って、馬乗りになっているローブの女の大勢を崩し身をよじって脱出した。
女は、すぐさままた馬乗りになろうと掴みかかってきた。私はその両腕を突き出して迫ってくる女の顎を蹴り上げながらバク転して回避した。身に纏っているメイド服がバサっと大きな音を立てる。
「そう簡単にはいきませんよ!! いきなり、襲ってきたりして……あなたはいったい何者なんですか?」
言いながらの、取っ組み合い。地面に転がった涯角槍に目を向ける。すると、向き合っているローブの女も同じ方へ眼をやった。まずい、奪われる。
「たああああっ!!」
自分よりも僅かに先に、ローブの女の方が涯角槍を手にしそうだった。だから、心の中でこの槍をくださったゲラルド様に謝りながらも、涯角槍を蹴飛ばした。
ローブの女は、ぎりぎりの所で涯角槍を手にできず、それを拾おうとして姿勢が低くなっていたので、チャンスとばかりに女の顔面に廻し蹴りを入れた。
「うぐっ!」
初めて声を聞いた。女は、蹴られた衝撃で倒れて転がった。ここで、追い打ちをかける!!
今度は私が馬乗りになって……そう思ったところで、別の何者かに後ろから羽交い絞めにされた。
う、動けない!! 振り向くと、そこには目前のローブの女と同じくボロボロのローブに身を包んだ何者かが、私の身体をがっちりと掴んでホールドしていた。
「あ、あなた達、何者ですか!?」
ゴブリンの一味じゃない。どう見ても人間だ。しかも、二人……あれ? も、もしかして!?
唐突にローザから聞いた話を思い出した。
ローザは、リーティック村でボロボロのローブに身を包む二人の女に襲われたと言っていた。その片方は、大柄の女でもう一人は小柄。間違えない、この二人は、ローザを襲って負傷させた者達。
小柄な方に羽交い絞めにされると、その間に蹴り飛ばした大柄の方が起き上がり、手の指をポキポキと鳴らし勢いよくこちらへ迫ってきた。
ままま、まずい!! 私の身体に生えている4本の尻尾のうち、1本が光り輝き始めた。
「いっやあああああ!!」
私は獣人だし、普通の人間よりも力がある。
思いきり、身体に力を入れて蹲る様に引っ張ると、羽交い絞めしていた小柄の方は、そのまま背負い投げされる形で前方へ飛んだ。
「ぬわあああ!!」
小柄な方の悲鳴。やっぱり声から察するに女だと思った。女二人のコンビ。この二人はいったい、何者なのか?
大柄な女は、自分の方に飛んできた小柄な女を受けとめると、そのまま横に放ってこちらに突進してきた。
その大きな身体が物語っている通り、性格も戦闘能力もかなりのパワー型だと思った。
そして大柄な女は、猛牛のように突進してきたので、私は重心を深く落として、それを正面から両手で受け止めた。
その衝撃は想像を上回る――なんとか突進を受け止める事はできたものの、踏ん張って止めた場所からそのまま遥か後方まで私の身体はズルズルズルと押されていった。




