第295話 『鹿』
カンテラで辺りを照らしながら、森の中を徘徊していた。陽も完全に落ちて、辺りは不気味なほど暗黒の世界になっていた。
何処からともなく聞こえる獣の声。獲物は何処かに潜んでいる。
ガサガサッ
「ひ、っひい!!」
驚いて尻餅をついてしまった。すると、草葉の陰から1匹の鹿が顔を出した。
「え、獲物!!」
長めの棒にナイフを縛り付けて作成した槍でその鹿を仕留めるべく、急いで立ち上がる。そして、槍投げの体勢をとる。すると、危険を察知したのか鹿は、ガサリと再び草場に潜り何処かへ走り去ってしまった。
「え? ま、待って!!」
私は急いで鹿が潜りこんだ草場へ飛び込んで鹿を追いかけた。でも、鹿は物凄いスピードで逃げる。
考えてみれば私は、その鹿を狩ろうとしているのだから当然と言えば当然だと思った。
「きゃっ!!」
泥。足が滑った!! そのままゴロンゴロンと暗闇の森の中、坂を転がっていく。
「ぎゃっ!!」
遥か坂の下の方まで転がっていくと思った刹那、目の前に突如現れた木に張り付くように直撃した。顔面を強打し、大きく後ろへ倒れ込む。
「いったーーーい。……あ、あれ? 灯り? 灯りは何処?」
しまった! 転がった拍子に手に持っていたお手製の槍と、カンテラをその辺に落っことしてしまったようだ。辺りは真っ暗。
虫の鳴き声。
そう遠くない距離で、獣の遠吠えのようなものも聞こえた。私は急に怖くなって、背負っていた涯角槍を手にした。
「うう……どうしよう。とりあえず、カンテラを探さないとこんな暗い夜の森の中じゃ危ないし、キャンプまで戻れない」
転がった拍子にカンテラやお手製の槍を放り出してしまったのだから、とりあえず今転がってきた坂を上がっていけば見つかると思った。それにカンテラは光を放っているので、暗闇の中では逆に目立って見つけやすいはず。
「よ、よーーし。怖くない、怖くない」
自己暗示。そう言えば、ルーニ様の救出をするべくセシリアと旅を始めた時にもこんな事があったなと思い出した。
夜にキャンプした時に、セシリアが急にいなくなっていて、必死で探したら川で水浴びをしていた。あの時も、暗闇が広がる夜の森の中を一人で駆けていた。
パンパンッ!
両手で頬を挟むように叩いて気合を入れる。よしっ!!
さっさとカンテラとお手製の槍を回収して、さっきの鹿を追わないと。あの鹿を狩ってキャンプに戻れば、ボーゲンもきっと私の事を見直してくれるはず。
「で、でも本当に……ど、何処にいっちゃったんだろう? 確かここを……」
転がってきた坂を登っていく。すると、近くで物音がした。また鹿かなと思ったけど、咄嗟に身を隠した。
ギャギャ……
鹿ではない。気配。魔物の声がする。
私はその声のする方へゆっくりと近づくと、草場の陰からこっそりとその声がした方を確認してみた。
すると、そこには灯りがみえた。松明を持ったゴブリンが4匹いる。そのうちの1匹は、私の落としたカンテラと私が作ったお手製の槍を手に持っていた。
ギャギャギャ!
こんな所でゴブリンに遭遇するなんて……もしかして、また私達に夜襲を仕掛けようとしに来たのかもしれない。
どちらにしても、ここで倒しておいた方がいいと判断した私は、勢いよくゴブリンのいる方へ飛び出した。
驚くゴブリン。しかし私は、ゴブリン達が武器を構える前に、涯角槍をまず一番近くにいたゴブリンの脳天に振り落とし、そこから流れる様に残り3匹を打ち倒した。
「えいっ!! やあああ!!」
ギギャーー!!
お手製の槍とカンテラを、倒したゴブリンから回収する。
「どうしよう。さっきの鹿を追いたいところだけど、夜襲しに来たゴブリンも気になる。まさか、この4匹だけって事もないだろうし、もう少しこの辺りを調べてゴブリンがいたら倒してしまった方がいいのかもしれない」
姿勢を低くし気配を消して、周囲を調べて回った。
ピィイイイイーー!!
「え!? なに、この獣の声?」
かなり近い場所からだった。何があったのか行って見ると、そこにはゴブリンが6匹いて鹿が倒れていた。
さっき、私が追っていた鹿――身体にはゴブリンが放ったと思われる矢がいくつか刺さっていて、槍も背中に突き刺さっていた。鹿は絶命していた。
ギャギャギャ!
ゴブリン達で何かを話している。いい獲物が狩れたとでも、言っているのだろうか。
私は先程と同じく、ゴブリン達の死角に素早く移動するとそこから飛び出して、2匹3匹とできる限り素早い動きで倒した。6匹全部倒した所で、もう一度周囲を確認してから、鹿へ近づいてみる。
鹿に刺さっている矢を全て引き抜いてから、深く刺さっている槍も引き抜いた。なんとなく、ゴブリンから獲物を横取りしているような感覚もしたけれど、ここに放っておいても……もったえないし……
近くの木に巻き付いていた蔓を引っ張って剥がすと、それを鹿に巻き付けた。それで、ちょっと引っ張ってみる。
ずずずず……
「うっ! お、重い!」
だけど、キャンプまで運べないというものでもない。頑張ればいける!
王都でメイド業に勤めていた頃は、小麦粉やら豆やらと重いものもよく運んでいた。だから、これくらい……
私は自分で作った槍を解体しナイフを回収すると、涯角槍を再び背負いカンテラを手につ。
キャンプに戻る支度が整うと、鹿に巻き付けた蔓を力いっぱいに引いた。
「うぬぬぬぬ……うっうーー!!」
考えるとつらくなるので、とりあえず何も考えずに、周囲にゴブリンがいないかだけ警戒しながら、鹿をキャンプまで運ぶ事にした。




