第29話 『ハル』 (▼ハルpart)
鮮血が舞う。左足に激痛が走った。
「くっ!! しくじった!!」
トレントは、動く木の魔物だ。鬱蒼とした森に現れる事が多く、普段は獲物が現れるまで他の木々に紛れ模して隠れている。そうして、獲物をひたすらに待って、いざ獲物がやって来ると枝が腕となり根っこが足となり、襲い掛かるのだ。
あたしは、冒険者だ。ギルドの依頼で、この森へトレントを、討伐しにやってきたのだ。近くの村で5人もこいつの被害にあっているらしい。それで、トレントに討伐依頼がかけられた。その依頼を受注して、被害者が出ているのなら捨て置けんと勇んでやってきた訳なんだが…………遭遇するやいなや負傷してしまった。
トレントは、更に枝を突き出して攻撃してくる。危ないっ! なんとか避けたが、足を怪我しているので避けると同時に激痛が走る。足がもつれ、転がる。また激痛。
「くっそーー!! トレントなんぞに、あたしがやられるなんて、信じらんないんだから!!」
布を詰め込んだ油入りの瓶と、マッチを取り出した。火炎瓶だ。これで、トレントを焼き払う…………
っあ!!!!
火炎瓶に火を付けようとした刹那、トレントが枝で攻撃してきた。薙ぎ払われた枝に直撃して吹っ飛ばされる。火炎瓶は、その衝撃で近くの木に叩きつけられ割れてしまった。
「ちきしょーー!! なんで、こんなことに!!」
苦戦する相手じゃなかった。トレントは、前にも倒した事があるし、1匹だけだったから楽勝だと思った。
そしたら、こいつは通常のトレントよりも強いトレントだったのだ。しかも、木には林檎が実っていた。むしろ、それが敗因。うかつにも、その林檎に目を奪われている最中に、足を攻撃されてしまったのだ。
「林檎なんて、実っているトレントなんて初めて見たよ!! ちっきしょーーー!! 林檎さえ実ってなければ、目を奪われる事もなかったのによーー!!」
あたしは、かつてない程に後悔した。
トレントは、じりじりと間合いを詰めて来た。更に枝であたしを殴りつけるきだ。そうやって殴り続けて動けなくしたら食べる気だ。
トレントは、根っこを使ってじりじりと目の前まで近寄ってくると、大きな枝を振り上げた。足の痛み。立ち上がれない。両手で頭を覆って丸くなる。攻撃がくる。耐えろ。
「うわああああ!!」
――――枝が振り下ろされた。
っと思ったが枝は振り下ろされず、かわりにトレントの悲鳴がきこえた。いくつにも切断された枝がドサッと地面に落ちる。
ギャアアアアアアアアアア
トレントの悲鳴。くねくねと動く木の表面にある凶悪な顔が、歪む。
目の前には、透き通るような青い髪色をしたボブヘアーの可愛い少女が剣を構えて立っていた。少女は、トレントに手を翳すと魔法の詠唱を始める。
そして、あたしの後ろからも別の声がした。
「大丈夫ですか? 今、手当てしますからね」
振り向くと、そこには可愛らしい猫耳の少女がいた。あまりの可愛らしさに思わず、その猫耳をカプリっ。
「な……な……なにをするんですか⁉」
びっくりして、両耳を抑える猫耳少女。
「あっ! ごめん、ごめん。なんか、可愛らしくて咄嗟に……っつ!!」
「動かないでください。傷は、深くはないようですが出血しているようですから」
「あんた達はいったい…………」
そう聞いた瞬間、青い髪のボブヘアーの少女が魔法を唱えた。
「《火球魔法》!!!!」
ギャアアアアアオオオオオ
爆炎。少女の手から発射された火球は、トレントに直撃してその身体を焼き尽くした。
そして、そのめちゃくちゃ強い青色の髪をしたボブヘアーの少女は、回復魔法のヒールであたしの怪我した足を癒し、包帯を巻いてくれた。
「私の名前は、アテナ。そして、この子はルキア。何処にでもいる普通の冒険者よ。たまたま通りがかったら、あなたがトレントに襲われていて、怪我している様子だったから、助太刀させてもらったの」
「何処にでもって……とんでもない強さだけど…………あっ、あたしは、ハル。あんた達と同じく冒険者で、さっきのトレントを討伐しにここへ来ていたんだ。近くの村で5人も被害が出ていてさ、トレントは過去にも倒した事があるから大丈夫だって思ってたんだけど……うかつだったよ。助けてくれてありがとう。本当に助かったよ」
「そうだったんだ。そんな凶悪なトレントだったんだね」
「そうなんだ。まあでもこれで、もう大丈夫だろう」
「うん、そうだね。足の痛みはまだあるかもだけど、傷はもう塞がっているから歩いても大丈夫だよ。それじゃ、私達はこれで」
え? そう言って少女たちは立ち去ろうとしたので、止めた。
「まままま待って待って! さっき言ったけどあたしは、ギルドで依頼を受注してトレントを倒しに来たんだ。だから、この依頼の報酬なんだけど、あんたが倒したんだから……」
アテナは、首を振った。
「いい。困った時はお互い様でしょ?」
「でもそれじゃ…………せめて、山分けとか……」
詰め寄ると、アテナは苦笑いで立ち去ろうとした。だから、逃がさないように腕を掴んだ。
「待って待って待って! だって絶対おかしいじゃん!! あたし、全く活躍できてないのにさー。なのに、報酬全額あたし一人受け取るっておかしいでしょー!」
あたしにも生活があるので、それで依頼を受注したってのもあるけども、トレントが人を襲って被害が出ているので、それをなんとかしなくちゃって思いもあったんだ。正義があった。なのに、その依頼を達成できなかったあたしが、その報酬を全額受け取るっていうのはどう考えてもおかしい。
「ねーー!ねーー! 絶対おかしいってー!」
そう言ってアテナの肩を掴んで揺する。猫耳少女のルキアは、ハラハラしている。
「わかーった、わかった! わかったから」
「じゃあ!」
「依頼を受注したのは、ハルだし――――私はたまたま手を貸しただけなんだし、報酬は受け取れない。でも、どうしてもっていうなら情報だけ頂戴?」
「情報?」
「ええ。さっき、ハルが近くの村で……って言っていたけどそれって、もしかしてニガッタ村? もしそうなら、その村への行き道を教えて欲しいんだけど」
よし! それなら!
「その村は、ニガッタ村だ。どうせ、報酬を受け取りにいくのにもニガッタ村のギルドへ行くし、それなら案内するよ。そこで、飯を奢らせてくれ。それなら、いいだろ?」
猫耳少女ルキアは、あたしとアテナの顔を交互に見て、あわあわしている。
「うーー、うん。それなら…………じゃあ、よろしく頼むね。ハル!」
「それでは、案内しよう」
アテナと握手したあと、続けて猫耳少女ルキアとも握手をした。そして、握手するついでに猫耳少女の猫耳を、はむっと噛んでみた。
「なななな……やめてください! 耳を噛むのは!!」
「ごめん、ごめん。だってさー、そんな可愛い耳を目の前に出されてさー。あたしゃー、我慢できないよ」
「も……もう!」
そのやり取りをみて、アテナは大笑いした。
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〚下記備考欄〛
〇ハル 種別:ヒューム
Dランク冒険者。クラスは【シーフ】。気さくで優しい性格。最近はニガッタ村を拠点にして、周辺を荒らす魔物の討伐などを請け負っている。気ままな生活が好きで、1人で行動しているがアテナやルキアと知り合い、仲間と一緒に活動するのもいいなと思う。ルキアの可愛らしい耳に魅了されてしまい、事あるごとにハムハムしようとする。
〇アテナ・クラインベルト 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、その正体はクラインベルト王国第二王女。旅と食事とキャンプ好き。腰には二振りの『ツインブレイド』という剣を吊っていて、二刀流使いでもある。再び一緒に冒険する為、仲間のルシエルとニガッタ村で合流しようと向かっている。その途中出会ったルキアを、新たな仲間に加えて旅を再開。
〇ルキア 種別:獣人
Fランク冒険者。まだ僅か9歳だが、とても賢く気を使える少女。エスカルテの街のギルマス、バーンに冒険者登録をしてもらい、彼の持つ高価そうな特別なナイフを貰った。ルキアの頭に生えている猫耳は、とても可愛くて柔らかそうで時折ピクっと動いたりするので、その旅のハルを魅了。因みにルキアの耳と尻尾の色は、黒。
〇トレント 種別:魔物
木の魔物。獲物を見つけると、根が足となり枝が腕となる。木なので力は、物凄く強いが弱点は火。ハルは、ニガッタ村の冒険者ギルドでトレントの討伐依頼を受注したが、そのトレントには林檎が実っているSレアモンスターだった。魔物に実っている林檎なんて普通の林檎ではきっとないよね。
〇火炎瓶 種別:アイテム
戦闘能力の高くないハルが持ち歩いている戦闘アイテム。ハルは、腕力ではなく知力で戦うタイプなので、こういう自分お手製の攻撃アイテムを作って持っている。因みに火炎瓶は、とてもシンプルなものだけど効果は高い。硝子瓶に発火性の高い油を詰めて布で口を塞ぐだけ。布にマッチで火を点け、対象に投げつけると瓶が割れて火が広がる。
〇火球魔法
火属性の中位黒魔法。殺傷力も高く強力な破壊力のある攻撃魔法だが、中級魔法の中では、まず覚える一般的な魔法。魔法全般に言える事だが、威力は誰が使用しても同じという訳ではない。術者の込める魔力などで変わる。
〇癒しの回復魔法 種別:神聖系魔法
黒魔法とは異なり、怪我など癒すことができる魔法。クレリックやプリースト、シスターなどの聖職者が一般的には使用できる。
〇ニガッタ村 種別:ロケーション
クラインベルト王国内にある村。アテナのパーティーメンバー、ルシエルと合流する待ち合わせの場所。ライスが特産品。ハルという冒険者が単身活動している。




